連理の枝たち

 はるかはるか、遠い世界。

 この世界には、雄大な自然を奔る魔力の流れが存在する。

 流れはいくつにも分かれ、再び寄り集まって満ち満ちた魔力は、時に獣の姿となって現れた。

 その獣たちは"召喚獣"と呼ばれた。

 また、自然に満ちる魔力を操って自ら召喚獣を呼び出し、呼び出した獣と共に戦う魔術師たちの存在もあった。

 他の魔術師とは一線を画す秘術を扱う彼らのことを、人々はこう呼んだ。

 ――――"召喚士"、と。


 召喚士の極意。

 それは己の召喚獣と心を通わせ、人と獣が一蓮托生となる、"連理の境地"に至ることとされる。

 故に召喚士は、他の魔術師と異なり、いたずらに魔力を使用しない。

 召喚獣に秘められているのは、自然が生み出した大いなる魔力そのもの。

 召喚士とは、大地に眠る膨大な魔力を乱さず、壊さずに御し、人と魔力の穏やかな共存という新たな可能性を目指した、稀有な魔術師たちなのだ。

 召喚士の歴史において、連理の境地に至った者がいたという記録は僅かに残っているが、それらはほぼ伝説といって差し支えない。

 ただ、修行の末に召喚術を会得し、その境地への一歩を踏み出した者は少なからず存在した。

 更なる高みを目指して歴代の召喚士たちは果てなき修練を積み、その教えは連綿と受け継がれている。

 特に当代においては、修行の中で召喚獣を操る力を開花させた者が二人いた。

 一人は、風の魔術を得意とする少女。

 未だ修行の身ではあるが、自らの魔術に召喚獣の力を乗せることができ、風の竜との調和を成し遂げた。

 もう一人は、彼女の兄弟子にあたる青年。

 杖を用いて魔力の流れを操り、召喚獣を顕現させる才に長けていた。

 水の精霊・炎の獅子・大地の巨人という三種類の召喚獣を同時に御するに至った彼は、当代で最も連理の境地に近いと目されている。

 ひとつの時代に比類なき才を持つ召喚士が二人も現れ、さらにはその二人が歴史に新たな伝説を刻むかもしれないという事実は、召喚士の未来に希望をもたらした。


 


 召喚士の長い歴史は、一冊の書物にまとめられている。

 それには、連理の境地についてや歴代の召喚士の修練方法といったものが記されているが、それだけではない。

 過去に召喚士の在り方を巡って起きた争いの記録も、事細かに残されていたのだ。




 かつて召喚士としてその才を磨き、ただひたすらに強さを求めた一人の魔術師がいた。

 召喚獣を粗雑に扱う彼の術は、召喚獣との調和を目指す者の姿とは程遠く、まるで召喚獣を力で従わせているかのような術だった。周囲の者は、いくら技術が優れていても調和の心が伴わない彼の在り方を、いつしか"魔王"と称するようになった。

 やがて魔王は、連理の境地とは異なる道である"唯我の境地"を唱えるようになる。召喚獣と調和を図るのではなく、己が力として取り込み、究極の魔術師を目指す修羅の道。その思想は、自己を高めるためであれば、自己の召喚獣を使いつぶすことすら厭わないものだった。あまりにも異端すぎる考えに同調する者はおらず、程なくして彼は召喚士の里から追放される。

 かくして"魔王"と呼ばれた男は、それ以降の召喚士の歴史から姿を消した。

 召喚士たちにとって召喚獣とは、己が強くなるための道具ではなく、共に生き、共に成長する相棒である。

 それゆえに、唯我の境地の否定は必定であり、己を律して召喚獣と向き合うことは、重要な戒めの一つとして後世の者へと受け継がれた。


 ――――あの魔王のような過ちを、二度と犯してはならない――――

 

 召喚術を会得するということは、過去の召喚士たちが繋いできた志を受け継ぐことでもあるのだ。

 ――――しかし、その過去に切り捨てられたはずの闇は、突如として若き召喚士たちの前に現れた。



 針のように逆立つ黒髪。

 額から伸びる二本の大角。

 至る所が酷く破れた汚らしい魔導着から見える肉体は、黒鱗に塗れたおぞましい異形と化していた。

 それは、かつて自身の召喚獣だった黒龍を取り込み、己の力にした体現。

 さらに全身から放たれる禍々しい気迫。

 もはや人であった頃の面影など消え去ったその姿は、まさしく"魔王"であった。

 それは恩讐によるものか。

 はたまた、自らの道を証明せんとするものか。

 そのどちらかは分からない。

 あるいは、その両方であったかもしれない。

 生命の輪廻を外れし悠久の時を経て、再び人世へと現れた魔王。

 召喚士唯一の汚点から、当代の召喚士へと挑戦状が叩きつけられたのだった。

 これ以上召喚獣の力を悪用させないためにも、召喚士たちはこの戦いに応じるしかなかった。

 悪しき伝承によってのみ知る魔王に対し、少女と青年、そして彼らの召喚獣たちによる以心伝心の連携攻撃が叩き込まれる。

 だが、その苛烈な攻撃を浴びた魔王は身じろぎもしない。

 魔王は魔術で応じるまでもなく、強靭な肉体のみでそれら全てを受けきったのであった。

 



 ――魔王は去った。

 少女と風の竜が繰り出した風の魔術や、青年の操る召喚獣たちが放つ会心の一撃。

 それらは魔王を僅かにたじろがせたものの、倒すには遠く及ばなかった。

 戦いは召喚士たちの敗北に終わった。

 否、それは戦いですらなかったのだろう。

 魔王にとっては、鬱陶しい羽虫を素手で払うのに等しかった。

 しかし、召喚術を悪用し、召喚獣の力を吸い尽くそうとする魔王を、このまま見逃すことなどできない。

 必ずや再戦し、あの魔王を打ち倒さねばならない。

 当代の召喚士たちは、その希望を才ある若き二人に託すことを決める。

 そして、召喚士の長は、これまで告げていなかった二つの真実を少女と青年に語り始めたのだった。


 一つは、魔王の力の正体について。


 ――彼が取り込んだ召喚獣は、闇の魔力を抱いている。怒りや悲しみから生まれし闇の魔力が渦巻く地が、どこかに必ず存在する。それが魔王の力の源であり、その場所を突き止めることが、かの男の行方を追う重要な手掛かりとなるだろう――


 そしてもう一つは、召喚士たちの聖域にして禁足地である霊峰についてだった。


 ――召喚獣と真に調和する資格を得た者が訪れた時、連理の境地へと至る一歩を踏み出せる。闇の魔力と対峙した今の二人ならば、光の魔力を持つ龍がその姿を現し、更なる力を与えてくれるだろう――


 そうして二人は里を離れ、召喚士たちの聖域へと足を踏み入れた。

 幾多の苦難を乗り越えて辿り着いたこの場所で、二人と彼らの召喚獣は力を合わせ、自らの資格を示す。

 すると、二人がこれまでに操ってきたどの召喚獣とも異なる、強大な魔力を秘めた光の龍が彼らの眼前に現れた。

 凄まじい覇気を放ち、自分たちをいとも容易く蹴散らした魔王。

 再び相対した時にはおそらく、更に禍々しい闇の力で襲い掛かってくるだろう。

 それに打ち勝つためにも、光の力を得て、より強くならなければならない。

 己が決意を胸に秘め、二人の召喚士は修練に臨むのだった。



 彼らの戦いの行く末は、また別の物語で紐解かれていくことだろう。

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