機械仕掛けの少女

 はるかはるか、遠い世界。

 その世界に、一人の人形師がいた。

 彼が作る機械人形たちは非常に美麗で、どれも本物の人間のようだった。

 どの機械人形も精巧に作られていたが、その中でも、とりわけ美しい顔立ちをした人形がいた。

 淡い紫の長髪に、水晶で作られた青い瞳。

 磁器を思わせる滑らかな白い肌は、見る者の目に艶やかに映る。

 愛らしい少女の姿を模したその人形の名は、ラルカ。

 かの人形師の最高傑作にして、"自我持つ機械人形"である。


 


 ラルカは働き者だった。

 来る日も来る日も工房に籠る人形師のそばを片時も離れず、時には彼の作業を手伝い、時には眠り落ちた彼を寝室まで運んだ。

 正確無比な手つきで作業を進めていく人形師に対し、繊細な作業に慣れないラルカは、幾度も失敗を重ねた。

 失敗する度、その顔に悲しみと再起の念を浮かべるラルカ。

 機械仕掛けの身でありながら、その言動は実に人間らしかった。

 子供がいなかった人形師は、そんな彼女を実の娘のように深く愛した。



 


 多くの月日が流れ、やがて人形師は床に臥すことが多くなった。

 老いていく父と、変わらない娘。

 日に日に衰えていく自らの身体を見て、彼は決意する。

 この命が潰える前に、娘に己の全てを託そう――――と。

 ラルカを自らの後継者に選んだ人形師は、彼女を弟子として徹底的に鍛えた。

 師匠の厳しい指導にも、ラルカは決して挫けなかった。

 父がどれだけ人形を愛していたか、知っていたから。

 その愛を一身に受けてきたから。

 父の想いを繋ぎ、絶対に一人前になる――――その思いひとつで、ラルカは一心不乱に技術を磨くのだった。


 


 


 修行が始まって何度目かの春。

 ついにその日は訪れる。

 自らが持ちうる全てをラルカに託した人形師。

 その命は、もはや風前の灯火だった。

 床に臥す彼の震える手を、そっと握り返すラルカ。

 球体の関節がむき出しとなっている彼女の手には、不思議と温もりが宿っているように見えた。

 顔つきは少女のままだが、どこか大人びた雰囲気を醸し出すラルカ。

 その表情を見た人形師は、娘の成長を身に染みて実感した。

 そして、安堵した彼の手は――――静かに力を失った。

 機械人形に全てを捧げた人形師。

 その死に顔は、この上なく穏やかであった。

 ラルカは、涙という表現手段を持たない。

 だが、悲しみそのものは人間と同様に感じる。

 涙を流せない彼女は、果てしない喪失感と共に、顔を大きく歪めるのだった。

 作者と作品。

 父と娘。

 師匠と弟子。

 傍から見れば、奇妙な関係だったかもしれない。

 しかし、そこには確かに深い愛情があった。

 何者にも穢せない、人の強い想いがあった。

 



 以後、ラルカは彼の名を継ぎ、人形たちを作り続けている。

 機械人形に大きな愛情を注いだ父。

 彼が愛した人形を作ることで、彼女は父の存在を感じられるような気がした。

 人形師がくれたかけがえのない愛は、絡繰りに満ちた彼女の心で、今も生き続けている。

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