幽玄なる月下竜

 はるかはるか、遠い世界。

 その世界には、遠い昔から語り継がれる伝説があった。

 満月の夜。

 煌々と光り輝く明月に祈りを捧げし時、天から舞い降りるとされる月下竜の伝説。


――聖なる竜は、いと美しき望月の夜に現れる。その御姿みすがたは白磁のように透き通るほどつややかで、その碧眼へきがんは一点の曇りもなく澄んでおり、如何なる心の真贋も見抜く。かの竜は、善なる者には大いなる祝福を授け、悪しき者には邪気を退ける聖なる光をもたらさん――


 親から子へ、子から孫へ。

 聖なる竜から祝福を授けられるように、清く正しく生きてほしい。

 そんな願いが込められ、先祖代々語り継がれている伝説。

 何も知らぬ人々にとっては、単なるおとぎ話でしかない。

 しかし、その伝説には隠された真実があったのだ。









 伝説に秘された真実。

 それはいにしえより続いた、天界と魔界の戦争である。

 この世界では太古の昔より、人世じんせいを乱す魔族の存在があった。

 ある魔族は人々を堕落の道へと誘惑し、またある魔族は人々の魂を奪い取った。

 悪しき魔界の軍勢によって、罪なき多くの人々が苦しめられていたのだ。

 天界の兵はこれに応戦するも、無尽蔵に地中から湧き出る魔族たちの勢いが衰えることは無かった。

 ある満月の夜、救世を願った無辜の民と天界の兵が月に祈りを捧げたその時。

 彼らの聖なる祈りに応え、月明かりの下、天より輝かしき竜が降臨した。

 幽玄なる白竜は、人々を救うためにその力を存分に振るった。

 また、竜は人々の中から気高き心を持つ者たちを選定し、自身の力を与えた。

 竜に選ばれし人々は、その竜の御心みこころに従う騎士として天界より武器を与えられ、竜と共に魔族を祓う役目を担った。

 白銀に輝く聖鎧を纏い、白き剣で邪を祓う騎士。

 その者たちは"月影げつえい騎士きし"と呼ばれ、月下竜伝説の一節にその名を残している。



 かくして魔界の軍勢は、竜と騎士たちによって灰塵と化した。

 久遠くおんの平和を得た現世にて、伝説の真相を知る者は、もはや誰一人として存在しない。この先どれほど長い時を経ようとも、人々は何も知らぬままに伝説を語り継いでいくのだろう。

 天から舞い降りし竜と騎士たちの戦いの軌跡。

 その暗闇を照らす燦然たる明月の輝きに、聖なる祈りと感謝を込めて――――

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