怨嗟の黒騎士

 はるかはるか、遠い世界。

 その世界では、古くから一つの怪談が人口に膾炙かいしゃしていた。

 かつての王国跡地。

 その城下町の巨大な広場に、怨嗟に満ちた首無し騎士が現れる、と。

 黒き甲冑に身を包むその騎士は、広場の中心で夜一夜よひとよ佇んでおり、携えし剣で眼前の愚者を悉く切り伏せるという。

 亡霊騎士の噂を聞きつけ、肝試しや力試しと称して広場に赴く者が後を絶たないが、そこから戻ってきた者はただの一人もいない。

 亡霊となり常闇に生きる、輪廻から外れた幽世かくりよの黒騎士。

 彼を現世にとどめし未練とは、いったい何なのか。

 話は、王国の最盛期までさかのぼる。







 黒騎士がまだ人間であった頃。

 彼は、かの国の王に仕える忠実な騎士だった。

 誠実な人柄と比類なき剣の腕を持つ彼は、多くの民の羨望の的となった。

 彼が身に着けていた黒い鎧は、その生涯で一つも傷がつく事は無かったという。

 また、黒騎士が仕えし王もたいそう腕が立つ剣士であり、王と黒騎士はいつしか、立場を超えた絆を育むまでの仲となっていた。

 そんなある日のこと、黒騎士は王に決闘を申し込まれる。

 主と家臣の関係ではなく、一人の好敵手として彼に勝負を挑んだ王。

 そこには確かに、剣士としての誇りがあった。

 黒騎士は王の意思を汲み取り、これを快諾。

 かくして、当代随一の剣士を決める戦いが、日没に執り行われることとなった。

 しかし、王と雌雄を決する決闘の前日、黒騎士は何者かの陰謀によって人を殺めた罪に問われ、観衆の前で処刑されるという最期を迎える。

 処刑場となった広場では、かつて自身に声援を送った民や自身を慕っていた子供達、更に親友と呼び合う仲だった王すらも、誰一人として彼の無実の訴えを聞かず、裏切り者、卑怯者と罵り続けた。


 どうして。

 どうして誰も信じてくれないのか。

 私は王との決闘を望んでいただけだったのに。


 信じていた者たちの裏切りにより、騎士の心は次第に悲嘆と憎悪に囚われる。


 許さん。

 許さんぞ。

 王国に呪いあれ、王国に災いあれ!


 怨嗟の心に囚われたまま首を刎ねられた彼の死に顔は、まるで怒りと悲しみが綯い交ぜられたかの如く歪んでいた。

 後年、この一連の騒動は「もし王が敗北すれば王族の威厳に影響が出る」と考えた家臣たちの魔術による洗脳が原因だったと判明した。

 人々が家臣たちによって洗脳されていく中、王は最後までただ一人、彼の無実を訴え続けていた。自ら亡き後に国を支える存在とまで騎士を評していた王だったが、騎士の活躍を快く思わない家臣によって王もまた洗脳され、彼を処刑させる様に操られてしまうのだった。





 失意のままに亡くなった黒騎士。

 しかし、処刑直前に彼の心を支配していたのは、怨嗟のみではなかった。

 それは、後悔。

 もちろん国に対する恨みもあったが、それ以上に友との決闘を反故にしてしまったことが騎士の唯一の心残りだった。

 彼の死後、怨念と未練は炎のように渦巻き、やがて彼の黒鎧に降り積もる。

 自らを貶めた者への報復と、友と交わした決闘の約束。

 成就を求めて積もりし悲願は、いつしか鎧を動かし始めた。

 これが、首無し騎士の亡霊の誕生秘話である。





 幾年も幾年も、眼前に現れる雑輩を切り捨てながら、今日も彼は友を待つ。

 あの日の約束を守るために。

 亡霊と化した現在でも、その鎧に傷は一つもついていない。

 鎧袖一触がいしゅういっしょくの実力を持つ彼を打ち倒し、彼の魂を鎮められるのは、主にして終生の友であった、彼の王ただ一人のみだろう。

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