第9話 神獣キュアキャット

「ただいま」


 俺は逸る気持ちで自宅へと戻った。

 早く街を襲った魔物を倒したことを、Bランクの冒険者になったことをトアに話したい。

 トアは喜んでくれるだろうか? トアならきっと喜んでくれるはず。

 俺はトアの笑顔を見れることを期待して、部屋のドアを開ける。


「トア、セリカさん、ソルトさん⋯⋯」


 俺は今日あったことを報告しようとするが⋯⋯


「トアちゃんこれを飲んで!」


 部屋の中ではセリカさんが叫び声を上げ、トアは苦しそうにしていた。


「ソルトさんこれはいったい!」

「先程からトア様の容態が悪化してしまい、今セリカがポーションを飲ませているのですが⋯⋯既にトア様に飲み込む力がなく⋯⋯」


 この世界のポーションは身体の体力を戻したり、傷を治す効果がある。トアの身体はそんなに弱っていたのか。せっかくジョブを手に淹れたのにこれでは⋯⋯


「トア! トア! お兄ちゃんが絶対にトアの身体を良くする方法を探して見せる! だからかんばるんだ!」


 しかしトアは視線をこちらに向けるが、既にその目には力がなく、今にも閉じてしまいそうだった。


「トア! トア!」


 俺はトアに触れるため側に近寄ろうとする。


「ユート様ダメです! もしトア様がウイルスや細菌に感染してしまったら、それこそ⋯⋯」


 ソルトさんの言葉が止まる。その先の言葉は一番考えたくないことだ。


「俺は妹が苦しんでいるのに⋯⋯何も出来ないのか。トアはまだ九歳だよ⋯⋯幼い頃から外で遊ぶことも出来ず⋯⋯ずっと身体を治すために頑張ってたのに⋯⋯こんなのあんまりだ」

「ユート様⋯⋯」


 俺は絶望に打ちひしがれ、床に膝をつき俯く。

 女神様はトアを見捨てたのか!

 カードマスターなんてジョブをもらっても、結局トアの役に立たなかった。

 こんなものがあっても何も⋯⋯


「ユ、ユート様!」


 普段冷静沈着なソルトが、突然慌てたような声を出す。

 俺は何があったのか顔を上げると、そこには宙に浮いた古文書があった。


「僕は何もしてないよ」


 古文書は俺がアーカイブと口にするか、皇帝時間インペリアルタイム中にしか出てこないはず。

 何故今出てきたんだ。

 俺は古文書に目を向けると、以前と一つだけ違うことがわかった。


「表紙の数字が前回はⅠだったのにⅤになってる」


 恐る恐る古文書を開くと、最初のページの枠が五枚から六枚に変わっていた。


「もしかしてグリフォンを倒したから、レベルが上がったのかな」

「「グ、グリフォン!」」


 セリカさんとソルトさんの声が部屋に響くが、今は気にしている暇はない。

 そして二枚目のページを捲る。

 すると先日見ることが出来なかったページが開いた。

 この瞬間、突如頭の中に情報が入ってきて、俺はこの二枚目のページの意味を理解する。


「ここは常時発動型のカードを入れることができるみたいだ」


 このページにセットしたカードは常に発動状態になり、戦闘中でも通常時でも効果が現れるらしい。

 二枚目のページにある枠は一つ。

 ここにもしパワーブースターのカードをセットすれば、常に身体強化がされた状態になるというわけか。

 だけどこれは俺が今望むものではない。

 俺は再びページを捲るが、捲れる所は最後のページしかなかった。


 ここにセットされているのはパワーブースター、フォースブースター、真実の目、それと大岩⋯⋯だけのはず。しかしそこにはもう一枚のカードがセットされていた。


「もしかしてジョブレベルが上がったことで、手に入れたカードなのかな?」


 俺はそのカードを手に取り、記載されている内容を見てみる。


「これならもしかして⋯⋯神獣キュアキャットを古文書にセット!」


 俺は神獣キュアキャットを二枚目のページの枠に収めた。

 すると一匹の可愛らしい白猫がこの場に召喚される。


「そして神獣キュアキャットの効果発動! 癒しの波動により、周囲にいる者の体力や傷を治すことができる」


 トアにはもうポーションを飲む気力がない。

 この神獣キュアキャットの効果でなんとかなってくれ!

 俺は祈る気持ちでトアへと視線を向ける。


「お兄⋯⋯ちゃん⋯⋯」


 するとトアは癒しの波動の効果があったのか、閉じそうだった目を開き、俺の名前を呼んでくれた。


「よ、良かったあ」


 俺は安堵の息をつき、その場に座り込む。


「どどど、どういうことですか! この可愛い猫ちゃんはなんですか。トアちゃんの容態が良くなっていますけど」

「もしかしてユート様が使ったカードが関係しているのですか?」

「ソルトさんの言う通りです」


 神獣キュアキャット⭐3⋯⋯効果は小さいが、召喚することで側にいる者を癒す効果がある。


 これはポーションのような物のようだ。

 効果が小さいというのは気になったけど、これならもしかしてと使ってみた。

 このカードに一縷の望みをかけてみたが、何とかなって本当に良かった。


「このカードを使うことで、トアには常に回復の効果が得られるようになったんだ」

「そんなんですか。何とかなって本当に良かったです。でもこのもふもふ猫ちゃんがいないと、トアちゃんへの回復効果が切れてしまうってことになりますよね。もうユート様は外に行くことが出来ないことに⋯⋯」


 セリカさんが現実を口にすることで、この部屋にいる者達の表情が暗くなる。


「そんなことないよ」

「本当ですか!」

「うん。これは常時発動することができるから、僕が離れてもキュアキャットはここに置いておけるよ」

「そうですか⋯⋯良かった。本当に良かったです」


 セリカさんの目から涙がこぼれ落ちる。そしてよく見るとソルトさんの目からも光るものが見えた。

 二人共本当にトアのことを心配してくれたんだな。

 俺が生まれた時から二人は仕えてくれているけど、俺にとってはセリカさんとソルトさんは家族のようなものだ。

 改めて二人がこの屋敷にいてくれることに感謝する。


「ミャーミャー」

「お前もありがとう。そしてトアのことをよろしく頼むな」

「ミャー」


 キュアキャットは返事をすると大人しくトアの側に座り、眠りについた。


「ありが⋯⋯とう⋯⋯」


 トアは声を絞りだし、キュアキャットに礼を言う。


「お兄ちゃん⋯⋯も⋯⋯ありが⋯⋯とう⋯⋯」

「必ず僕がトアの病を治してみせるから。だからもう少しだけ我慢して」

「うん⋯⋯」


 そうだ。トアの病はまだ治った訳じゃない。このまま良くなるかもしれないけど、俺には病の進行を食い止めているだけに見える。

 だからトアの身体を完全に治す方法を探すんだ。


 俺は改めて決意し、自室へと戻るのだった。



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