第二十七話 神衣という男
神衣俊司。
眩しい金髪に、燃え盛るような炎を秘めた緋色の瞳。
その容姿は極めて整っており、柊夜を氷と評するのなら、俊司は炎と形容すべきだ。
しかし、それを考えるよりも早く、彼の持つ異様な、灼熱の業火の中にでも放り込まれたように思える、凄まじい威圧感を受ける。
並の人間ならこの威圧を受けただけで、一歩でも動けば、呼吸すれば、一瞬で燃え尽きてしまいそうな錯覚を覚えるだろう。
そんな彼が、急に馬鹿でしょ、などと言ったことで、辺りがしんと静まり返った。
全員が、どうしてそのようなことを言われたのか分からないと顔に書いてあるくらいに、戸惑いを隠せなかった。
俊司は固まった五人を置いていき、話を進めたが。
「リベルタスの行動が不可解? そんなわけ無いでしょ。リベルタスの目的なんてまず間違いなく、こっち側の戦力を利用した魔物の殲滅。これ以外無い」
「……つまりリベルタスは、この情報が漏れることを想定して、いや、利用して計画を立てていると」
俊司の確信を持ったような口ぶりに、オリバーが確認するように問いかけた。
その目はどうしてそう言い切れるのかという疑問に満ちていた。
また、いきなり『馬鹿』などと罵倒されたことに対しての若干の腹立ちも感じていたが、それに関しては決して表に出すことはない。
いきなり馬鹿にした俊司が異常なのだ。
「そんなもん決まってるでしょ。リベルタスに送り込んだ刺客はバレた奴から処刑されている。なのに一向に尽きる気配がないんだから、自分たちの情報が筒抜けになっていると考えて当然。なら、自分達が魔物をおびき寄せる手段を得ていることに関しても知られていると考えるでしょ」
「それならいっそのこと、我々の戦力を利用しようと?」
「そうそう、なにせうちの国の夏祭り、毎年各国のお偉いさんが訪問するでしょ。そうなれば護衛の魔法師もいて当然。そのタイミングで魔物の侵攻があったら、さすがの護衛といえども魔物に対処するしかない。現状、魔物に対する唯一の有効手段は魔法師の魔法なんだから」
俊司の言う通り、日本が開催する夏祭りには、毎年各国の王侯関係者も招待され、そして訪問している。
その際に、当然ながら警備も厳重になり、お偉方は魔法師の護衛を何人も抱えて訪れることになる。
だが、もし魔物が大規模な侵攻を開始したとなれば。
自分達だけ護衛を付けて安全な場所に避難するなど、民衆の目から見れば自分から率先して逃げる頼りない姿であり、支持を失いかねない。
それにだ。
「それと、こうして僕達に情報を流せば、民衆の安全の確保のために警備に魔法師を大量に用意する必要がある。まさか警備不足で、夏祭りに来ていた観光客に死者を出しました、なんて言えるはずもないしね。僕達日本は、魔法師の質で国民から信頼を得ている。それなのに人的被害なんて出そうものなら、その信頼も、まとめて権威も失墜する。そうなることを、腐った上の連中が認めるはずもない」
リベルタスは、目的遂行の為ならなんでも利用する。
決して、『俺達が魔物を殲滅するんだ!!』などと自分たちの手で全てを遂行しようなどとは微塵も考えていない。
だからリベルタスは、まず間違いなく情報が漏れていると確信した上で、国側が警備の魔法師を大幅に増員することを見越した上でこの計画を立てた、と俊司は考えた。
考えた、とは言っているものの、これは間違いなく真実だと俊司は思っている。
もし、魔物をおびき寄せる手段を手に入れたのなら、今すぐにでも使ってしまうのがリベルタスという組織なのだ。
それがまだ後数週間はかかる夏祭りまでその手段を使わないなどと、何かしらの思惑が絡んでいることは確実だ。
さも当然と、そして理路整然と根拠を語る俊司は、誰に対してか分からないが呆れたようにため息を付いた。
しかし、やれやれと、頭を振るその姿はまず間違いなく他の五人を小馬鹿にしているので、全員が額に青筋を浮かべながら声を出すのを我慢した。
「どの道僕達は、夏祭りの警備に回す魔法師を増やすしか方法は取れない。もう、準備は殆ど整っているんだ。今更中止しようものなら、リベルタスだけじゃなくて民衆にもいらない勘ぐりをさせることになる。魔物をおびき寄せることができるからといって、まだ夏祭りでその手段を取ることが確定したわけじゃない。ただでさえリベルタスは一般人からしてみれば気味の悪い理解不能の集団だ。もし中止したら、日本はその気味の悪い集団に屈したと思われる。上の連中がそれを認めることは絶対にない」
「だが、もし民間人に被害を出したら、それこそ元も子もないのではないか? やはり、安全策を取ってここは中止――最低でも延期すべきだと思うが?」
俊司の中止することはないという言葉に対する、アルベルトの言い分も、至極もっともなものだ。
一般人に被害を出すわけにはいかないと言っておきながら、一番の安全策である夏祭りの中止ではなく、あくまで魔法師の警備の増員。
アルベルトからしてみれば他国の事情だが、その祭りにはブラジルの大統領も訪問する予定なのだ、もしも身に危険が及ぶ事態になるのは絶対に避けたかった。
「そんなことに意味はないね。最低でもその魔物をおびき寄せる手段が何なのか判明して、それを未然に防げるだけの対策ができないと、何度でもリベルタスは同じことを繰り返す。そう、魔物を殲滅するまで」
「……なら、日本で一度どのような手段を取っているのか、確かめようということですか? ですが、それは訪れた観光客の人達を危険に晒す行為で――」
「なら、君達の国で、リベルタスが同じことをしたらどうする? 僕はね、これ以上魔物被害を出さないために、わざわざ日本が実験台になってあげると言っているんだ。そう何度も魔物の大侵攻を繰り返さえるなんてたまったもんじゃない。どの道、どこかの国が生贄になるしかない。だったらそれは、魔法師の質でどこよりも優れている日本の役目だ。厳重な警備を施せば、被害者を出さずに魔物を殲滅、あわよくば魔物をおびき寄せる手段だって判明するかもしれない。そうだろ?」
俊司は、言い換えれば日本がリベルタスの実験台第一号になるから、感謝こそされど文句を言われる筋合いはない、と言っている。
それを、他の五人も分かっているからこそ、強気に出ることはできない。
リベルタスがその手段を持っている限り、魔法師が集められたところでそれを使われるのはほぼ確実なのだ。
だからこそ、それを防げる可能性が最も高い日本を犠牲にするしかない。
「結局僕達は、先手を取られる状況にあるんだ。いつその手段を取られるか分からない状況で、だけど今はいつ使われるか判明している。この機を逃すわけにはいかないってことくらいは理解できるでしょ」
「……分かった。貴殿がそう言うのなら、我が国から魔法師を派遣しよう」
「私も、そうしましょう」
この他に取れる手段がないと分かったからか、オリバーとルイーズは観念したように、自国から戦力を派遣することを約束した。
当然、それは国の防衛に支障が出ない範囲に留まるが、魔法師はただでさえ絶対値が少ないので、多少だとしてもそれは日本にとってありがたかった。
「ですが、どのくらいの魔物が押し寄せるかどうかも不明なのですよ。数百なら良いとしても、数千レベルになると流石に厳しいのでは……」
林が、懸念していたこと、それは魔物をおびき寄せることのできる数だ。
現在、人類の活動領域外の魔物の総数は未知数。
どうやって魔物が増えるのかも未だ完全に明らかになっていないのだ、ろくに調査もしていない外の魔物がどうなっているのか、分かるわけがない。
数百なら、質のいい魔法師が百人ほどいれば全員無傷で事を終えることができる。
だが数千以上になるのなら、必要になる魔法師の数は百単位じゃきかない。
千人を超える魔法師を、他の地方の警備を無視してまで集めることなど、絶対に不可能なことだった。
だが、そんなことは俊司にとってあまり問題ではなかった。
「林さんとやら、僕の異名は知ってるだろ? 数は大した脅威じゃない」
その言葉に、林は俊司が何と呼ばれているのかを思い出した。
烈日の魔法師、それはかつて、WEUで起きた最悪の魔物大侵攻の際に、光の雨で全てを貫いた男の異名。
その事件から、俊司は世界最強と謳われるまでに至った。
「そうでしたね、烈日の魔法師に、数は武器になり得ませんね」
「そういうこと。だけどね、僕が警戒しているのは魔物の質だ」
「魔物の質、だと?」
今度は、アルベルトが疑問を口にする。
その表情は、何を言いたいのかさっぱりわからないと言いたげだ。
「別にE級D級C級程度なら問題ない。でも、B級以上が数百単位で来ちゃうとちょっと困るんだよね。B級ともなれば、熟練の魔法師が一対一でなんとかなるレベル。A級になっちゃうと、どうしてもそこに人員を割かないといけない。僕が行けば良いんだけど、どっちかというと僕の真性魔法は雑魚の殲滅用だからさ」
「……なるほど、確かにそうだな。我々の国は領土も広くその分魔物の数に目が行きがちですが、日本では数ではなく質に目を向けている。魔法師の数が多く質も非常に高い日本ならではの考え方だな」
「なら、一体どうするのか? そうと分かっていても夏祭りを開催する以上、何かしらの対策があってこそのことだろう?」
今度はルイーズが、策があるのだろうと俊司に問う。
それはどこか確信を持ったような口ぶりであり、この男が無策で挑むとは考えられないという心情が表れていた。
「あの国には、彼がいるからね」
「――彼、ですか?」
「そう。僕の、たった一人になってしまった、可愛い弟子さ。こと、対人戦闘に関しては、既に僕を凌駕しているよ、三年前にね。それに、継続戦闘能力も非常に高い。もう数年会っていないけど、きっと成長しているだろうし、彼なら、たとえ馬鹿げた数の魔物が相手でも負けたりはしないさ」
「その弟子とやらは、貴殿が信頼するだけの強さを持っていると?」
「そう、なにせ彼は――」
そこまで言って俊司は一息ついた。
その表情は、どこか誇らしげで、自分の弟子を自慢しているのだなと、この場の全員が思った。
「いずれ僕を超える、最強になるために生まれたんだから」
しかし俊司の言葉は、誰もが予想しなかった――否、ただ一人を除いて予想しなかった言葉だった。
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