第二十六話 国際会議
国際魔法師連合。
魔物が出現し、それに呼応するように表舞台へと現れた魔法師を国家だけで専有するのではなく、もし他国が魔物の脅威により存亡の危機に陥った際には、あらゆる国家間に取り交わされた条約、同盟を無視して危機の排除のために協力するために全世界の国家の名のもとに設立された。
もし魔物の脅威から他国を救ったとしても、決して見返りを求めてはならず、必ず経費度外視で努力できる最大限の援助をすることになっている。
また、そういった非常事態以外でも、魔物の脅威に対する対策などを講じるなど、国家の枠組みを超える今では世界最大の組織だ。
常任理事国は、日本、WEU、ロシア連邦だ。
この国――WEUは国家のまとまりのようなものだが――は、魔物が発生した当初比較的被害が少なく、かなり早い段階で対策システムを構築している。
元々、魔法師が現れた数というのが、国民の割合に対して多かったのも要因の一つとなっている。
特に日本は、どこの国とも合併、または吸収したりされたりしていないので、他の国と比べて人口が少なく、それでも魔法師の数は並び立つほど有していたのだ、常任理事国という立場も頷けよう。
さて、現在国際魔法師連合、通称国魔連の大きな目標として、アフリカ大陸の石油資源や希少金属産出地であるナイジェリア、コンゴ民主共和国の跡地の奪還のために様々な計画が予定されている。
各国から優秀な魔法師のみを選抜し、莫大な経費をかけてバックアップをして、僅かでも該当地域の魔物を排除して拠点を建造しようというものだ。
現在、石油資源に頼りすぎない、核分裂炉を用いた発電が主流となっているが、それでも全てを電気エネルギー主体のものへと切り替えるのは相当な時間がかかる。
前世紀、石油の一大産出地であったロシアは自国の強化のためあまり他国に回す余裕がなく、それ以上の供給量を誇っていたアメリカ合衆国は、魔物被害が他国と比べて尋常ではないほどに大きく、石油の産出にまで以前のように手が回っていない。
希少金属に関してもそうだ。
情報端末や発光ダイオード、防錆のための添加剤など用途は多岐にわたる希少金属は、今でこそリサイクル技術が確立しており、効率よく再資源化できているものの、当然廃棄される部分がゼロになっているわけではない。
この先、今までの産出地の多くの割合を占めていたアフリカ大陸の諸地域を奪還しなければ、いずれ枯渇してしまうだろう。
その影響は、日本に大きく及ぶ。
日本は、伊豆や小笠原など海底資源は豊富にあり、それを採掘する技術も理論的には可能となっている。
当然、技術確率当初は、様々な企業がこぞって採掘へと挑んでいた。
――だが、その全ては失敗に終わった。
海の底は、陸の魔物よりも巨大で強大な海棲魔物が蔓延る魔境だったからだ。
流石の魔法師といえど、当然人間の機能を逸脱するような、海中で無呼吸のまま生体活動を続けられるわけではない。
海中では陸のように思うように動くことができず、深くなればなるほど水圧による負荷で更に活動が困難となる。
当然、水分子を酸素と水素に分解する魔法も存在する。
しかし、そのような分子同士を分解する魔法は超高難易度の、行使可能な魔法師は世界でも一握りしかおらず、特別な才能を持った魔法師でしか扱えない。
そのような希少な才能を持つ魔法師をわざわざ生きて帰ってこられるかも分からない魔境に送り出せるはずもない。
しかも、分解魔法は非常に広い範囲の術式構築領域を専有し、必要な霊子量も膨大となる。
そのようなリソースを圧迫する魔法を連続で、途切れることなく行使し続けながら、その状態で海棲魔物を倒すための魔法を行使しなければならない。
海では、流石の日本といえど、陸のように魔物を倒せるわけではなかった。
そのため、鉱産資源に乏しい日本は是が非でもこの奪還計画を成功させたかった。
そう、世界最強と謳われる、日本の最高戦力とも呼べる男を、この計画の会議に出席させるほどに、熱意にあふれていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
WEU、旧ドイツ首都ベルリンの存在していた場所に、その会議場はあった。
旧、とはついているものの、WEUはあくまで西ヨーロッパの国々を統一した際につけられた名称であり、地名ではない。
そのため、ドイツという国はWEUとなったものの地名は残されており、その首都ベルリンは今でも健在している。
その会議場は、都市の中心にあり、ドーム状に建造されている。
周囲を取り囲むように警備兵が置かれ、重苦しい雰囲気を醸し出していた。
その会議場、国際魔法師連合本部大会議場では今、人類の存亡を左右する、地球がもたらした資源を回収するための大規模な計画について検討されていた。
されていた、つまり過去形である。
結果は、全会一致での計画の可決。
会議に参加した全ての国の代表が、この計画に賛同し、協力することとなった。
しかし、その計画についてだけでは終わらない。
なにも直近の脅威は、人類だけではないのだ。
「それで、リベルタスが日本の夏祭りを魔物殲滅に利用しようとしているのは本当なのか? 確かに理解できるが、魔物をおびき寄せるなどできるのか?」
厳かな空気が漂う、大会議場の中でも一番厳重に警備されているそこは、その広い空間なのにもかかわらず、六人の代表者とその通訳、秘書官と数少ない人数で会議が行われていた。
議題は、日本の夏祭りを利用した、リベルタスの魔物殲滅計画について。
リベルタスには、人数こそ少ないものの、情報を探るためにスパイが送り込まれている。
連日スパイ行為が露見した者は処刑されていくが、そうでない優秀な者が、自分の国のために日々情報を送っていた。
播磨が柊夜にもたらした、リベルタスが星丘高校に潜入しているという情報もこの送り込んだスパイから受け取ったものである。
そのスパイがつい先日、リベルタスが夏祭りを利用した魔物の殲滅を計画しているという情報をもたらしたのだ。
そのスパイは組織内でもかなり上層部に食い込んでおり、その情報の信憑性は確かなものとなっている。
だが、そうと分かっていてもなお、俄には信じがたい情報だった。
そのことを、NAUS――北アメリカ合衆国の略称――代表の、NAUS国防総省直属魔法師団筆頭魔法師、オリバー・クラーク(Oliver・Clark)が口にした。
NAUS国防総省直属魔法師団は、国防総省直属の魔法師のみで構成された部隊で、NAUS内の魔法犯罪や魔物の侵攻に対する最後の砦だ。
彼はその団の筆頭魔法師であり、実力もさることながら、こうした会議などに出席するなど上からも部下からも信頼が厚い。
軍人らしい屈強な肉体と、実直を絵に書いたような容姿の、トップに立つに相応しい男だった。
「ほう、我々の部下が命がけで入手した情報が信用ならないと」
次に口を開いたのは、スクエアメガネを掛けた欧米人らしい顔立ちの男だった。
疑問を口にしたオリバーに対して不満を言うところからも分かる通り、この情報を入手したスパイはこの男――ルイーズ・ランバート(Louise・Lambert)の部下だった。
ルイーズ・ランバート。
WEUが保有する戦力、複合統合遠征軍所属魔法師部隊、ソレイユの副隊長にして、総隊長の補佐を務めるエリート中のエリート。
「そうは言っていない。リベルタスが、わざわざ夏祭りを利用してまで魔物を殲滅するなどと。元々そんな魔物をおびき寄せる手段があるなら、最初から使っているはずだ、と思っただけだ。信用できないわけではない」
オリバーは、ルイーズの敵視するような鋭い視線に臆することなく、飄々と、そして疑念を含んだ言い方で答えた。
その言い方は、まるでルイーズを馬鹿にしているような、優等生が劣等生にそんなことも分からないのかと言っているような口調だったので、ルイーズは更に、親の敵でも見るような目付きへと変わっていく。
これだけ見るとNAUSとWEUの仲が悪いように思ってしまうかもしれないが、決してそんなことはなく、むしろ他の度の国よりも友好関係にある。
だが、たとえ国の仲が良かったとしても、この二人はどこか馬が合わずいつも反発しあっている。
それはまさに『喧嘩するほど仲がいい』と表現すべきものなのだが、二人は絶対に違うと断言するだろう。
このいがみ合いを放っておいても良かったのだが、流石にこの場でそんな事ができるわけもなく。
「お二人とも、睨み合いもそこまでにしていただけませんか?」
「そうだ、ここは協力と話し合いの場だ。いがみ合いの場ではない」
中華人民解放軍総参謀本部直属魔法師陸軍総司令補佐、林雨桐(リンユートン)と、ブラジル陸軍地上作戦司令部魔法師軍総長アルベルト・レルネル・ヴァルガルが、流石に見ていられないと制止に入った。
この四人全員が、それぞれの軍の魔法関係者だ。
魔法師を徴用した作戦の立案において、非魔法師は基本的に口を出すことができない。
一応の上下関係はできているものの、殆どの場合が口出し厳禁の独立した組織のような実情である。
魔法のことは、実際に魔法を行使できるものしか理解できない。
それが現実だからだ。
林もアルベルトも、それぞれが魔法師の軍のトップかそれに近い立場にあり、上の命令で国魔連関係の会議には常に出席するようになっている。
ちなみに林は各国の魔法師界の重鎮が揃うこの場の中で唯一の女性であり、性差別の撤廃が謳われてから数十年が経つものの、好奇の目で見られたりしている。
本人は全く意に介していないが。
「分かっている、勿論、こんなじゃれあいに興じるつもりもない」
「それはこっちのセリフだ、筆頭魔法師殿」
いがみ合っていることを否定はしなかった二人だが、制止をかけられてもなお、また口論に発展しそうな刺々しさが抜けきっていない。
その様子に林もアルベルトもうんざりしたような表情をして。
しかし、次の男が口を開いた途端、会議室に一際重苦しい空気が漂う。
「そろそろ、真面目な話をしよう」
彼の名は、ミハイル・ユーリエヴナ・アリルーエフ。
ロシア連邦軍総合魔法師部隊総司令というロシアの魔法師においてトップに君臨する男である。
ロシア人だろうな、と人目でわかる色白の肌に、鋭い眼光を備えた美丈夫だ。
学生時代は、さぞモテたことが窺える。
「まずは、当事者に話を訊いてみるべきだと、私は思うのだが」
ミハイルは、今はまず、夏祭りを開催する日本を代表してこの場にやってきた男に話を訊くべきだという。
その言葉で、五人全員が、一人の男へと視線を向ける。
会議用の円卓に、早く終わんないかな、とでも言いたげに座っているその男は、自分が注目されているとわかると仕方なしと首を振った。
張り詰める緊張感の中、この場の雰囲気とは真逆の印象を与える男が、口を開いた。
「君達、馬鹿でしょ?」
そんな、悪口とともに。
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