第二十五話 日常へと
襲撃してきたリベルタスの構成員である花田達の処理を、祓魔連蒼穹所属の部下に任せた柊夜は、夜遅くなったものの日付が変わる数時間前に帰宅した。
今回の件で、リベルタスに本格的に目をつけられたかもしれない。
今まで何度も急襲を受けたことはあるが、ここまで敵対的な行動を取ったのも久しぶりだった。
もしかしたら、また排除活動がヒートアップするかもしれないと柊夜は思った。
リベルタスも、組織の大義は人類にとって救いとなるはずだった。
魔物の殲滅は、今や全ての国家にとっての悲願となっている。
だが、魔物の殲滅のために様々な犯罪行為やテロを厭わないその姿勢は、それらを受けた国からしてみれば威信に関わるものであり、そう簡単に受け入れられるものではない。
今や、どんな国でも隙を見せればすぐに後ろから刺されるような関係なのだ。
だが、表面上は受け入れていなくとも、魔物殲滅に真っ直ぐな組織は国にとって有益になるのは間違いなく確かだ。
そのため、特に魔物被害が多い国などでは、リベルタスの活動を黙認しているところもある。
国にとって、テロ行為を起こされるより、魔物によって街が被害にあうほうがよっぽど損失になるからだ。
この混沌とした時代で、国はただ一個人のために動いたりすることなどありえない。
結局、国家として一番に追求するものは国益であり、国益に繋がればそれだけ国民の生活が豊かになるという考えのもとで機能している。
人権が、だったり、権利が、だったりなど、何の役にも立たない国民の主張は闇へと葬り去られ、たとえ人道的でなかったとしてもリベルタスのほうが国にとって必要なのだ。
だからこそ、リベルタスは一国家以上の力を持っている。
ちなみに、リベルタスとは正反対に、魔物は地球を浄化するために現れた存在であり、それを受け入れて共存するべきだという思想の組織もある。
通称『共存主義』と呼ばれるその組織も、リベルタスと同じように国際的な組織ではあるが、テロ行為などは行ってはいない。
あくまで、国家に打撃を与えているのは魔物の脅威であって、その組織自体は魔物の活動の補助をしているだけだ。
国益に繋がるリベルタスは犯罪組織で、国の損失となる共存主義は何の犯罪も犯していない思想組織だというのは、なんとも皮肉な話だった。
柊夜から見れば、どちらも傍迷惑な組織なのは間違いないが。
自宅に到着した柊夜は、電子キーでロックを解除してドアを開けて、今日は散々な一日だったとため息を付いた。
柊夜は基本的に明日香や楓、美波に結珠葉、それから悠斗や隆二など、自分と関わりがある身内以外のことは心底どうでもいいと思っている。
百人の他人とそのうちの誰かが別の場所で魔物に襲われているとして、どちらを助けに行くか問われたら迷うことなく後者を選ぶほどには。
特に、明日香や楓は、柊夜の中でも最上位に近いほど優先度が高く、彼女らの身に危険が及ぶなら何を置いてでも駆けつけるほどだ。
そんな柊夜でも、人を殺すことに忌避感がないわけではない。
いざとなったら躊躇うことなく引き金を引くことはあるが、それでもなにか問題が起きたら進んで人を殺して解決しようとは思わない。
だから、今日は特に命を奪ったりはしていないが、人を傷つけたりすると心労が溜まったりする。
こればっかりは、頭のおかしい殺人快楽者にでもならない限り、ストレスがかからないことはないと思っているし、そうなりたくはないと思っている。
玄関の内の扉を開けると、リビングにおらず、『温めて食べてください。お疲れ様でした by楓』と書き置きとともに置かれている夕食を見て、楓は就寝に入ったのだと予想できた。
もう二十二時を過ぎているので、中学生にしては珍しい規則正しい生活をしている楓は、いつもはこの時間にもう自室で寝ているからだ。
夜遅くまで何も言わずに外出していた兄に、一言も文句も言わず、むしろ労いの言葉をかけて夕食まで残してくれる妹の感謝しつつ、皿を一つずつレンジで温める。
幼馴染の二人は変なところで真面目なので、もし楓と夕食をともにしたのなら連絡をしてをしてくれすはずであり、そうでないのなら楓は一人で食べたことになる。
そのことを考えたら、柊夜は申し訳無さで心が一杯になる。
そして、次からはなるべく一緒に食べるように努力しようと思った。
だが、妹を持つ柊夜の中学時代のクラスメート達は、あまり兄妹仲が良いわけではないらしく、事あるごとに突っかかってくるらしい。
洗濯物を一緒に洗わないでほしいだとか、口が悪く避けられるだとか、思春期の妹は難しいと愚痴をこぼしていた。
柊夜はそんな話を未知の領域だと思っている。
楓は、柊夜を避けるどころかむしろ毎日のようにくっついてきたり甘えてきたりするのだ。
親がいない故自立しなければならない環境だったため、楓に多少なりとも負担を強いなければならないことから、その反動で甘えてくるのだと柊夜は思っていたが、クラスメートに言わせれば、『鷹橋の妹はブラコンだから』などと失礼なこと――柊夜目線で――を言っていた。
なお、楓の方はブラコンを自他ともに認めている。
そのことを、柊夜は知らない。
「取り敢えず、着替えるか」
レンジで夕食を温め終わった柊夜は、未だ外着だったことに気が付き着替えようと脱衣所に向かったのだが。
「え、兄さん……?」
そこには、風呂上がりだったのだろう、腰だけをタオル一枚で覆っているというあられもない姿の楓が立っていた。
まだ濡れているのか、柊夜と同じような艶のある黒髪はいつも異常に輝いて見え、色白の肌にはシミ一つ無い。
それ以上に目を引くのは、中学三年生にしては平均よりも大きいであろう二つの果実。
大きいというよりは形の良さが際立つそれは、男子ならば目に入ればそらすことができないであろう魔力を秘めていた。
本来ならば、二人の顔は予想外のハプニングにより顔をみるみる赤くさせ、楓は『兄さんの変態!!』、柊夜は『す、すまない!!』と言うのが正しい反応なのだろう。
しかし、二人はそんな初な反応は見せたりしない。
「兄さん、意外と早かったんだ。いつもみたいに、日付をまたがると思って書き置きまでしたんだけど」
「あぁ、なるべく早く帰ろうと思って結構苦労したんだ。それにしても、今日は今風呂か。いつもより遅いんだな」
「だって、兄さん夜更かしさせてくれないでしょ? あたしだって、たまには十二時くらいまで起きていたいんだけど」
「別にいいけど、俺が朝起こすのはごめんだぞ。十二時まで起きる時は、二十四○間テレビのときくらいにした方がいい」
「……分かった。でも、勉強とかする時はいいでしょ?」
「まぁ、それくらいなら良いか。でも、なるべく睡眠時間は多く摂るんだぞ」
二人は、慣れたことのように、風呂上がりの妹の姿を兄が目撃したとは思えないほど淡々と会話を重ねる。
恥じらいの一つ見られない、まさに兄妹だなと感じる真顔で。
柊夜に愚痴っていた中学時代のクラスメートがこの状況のことを知れば発狂してしまうことだろう。
ただ、楓の方には少しは羞恥心があるのか。
頬は風呂上がりで上気した程度の赤さだが、耳の方はそれ以上の色に染まっている。
しかし柊夜には、全く羞恥心が見られず、楓の目だけを見て話している。
それも当然。
なにせ二人は、今でも偶に一緒に風呂に入ることがあるのだから。
それを柊夜に愚痴って(中略)気絶してしまうことだろう。
今このときも、思春期男子なのか疑わしいほど楓の身体には視線を一切向けず、彼女の目だけを見て話している。
楓としては、兄のこの反応に自分の魅力が足りないのかと悩んだりすることもあるが。
柊夜の自分の容姿に対する自己肯定感の低さは明日香や悠斗に育てられてきたが、楓の場合は柊夜に育てられてきた、のかもしれない。
「それじゃあ、俺はご飯を食べているから、楓は早く寝るんだぞ?」
「……うん、分かった」
柊夜はそれだけ言って、温め終わった夕食をダイニングテーブルまで運んで、きちんと手を合わせてから食べ始める。
その間に楓は、ぱぱっと着替えて二階の自室へと向かっていった。
「……行ったか」
それを横目で眺めていた柊夜は、楓が扉を閉める音が響いたのを聞いて今日何度目か分からないため息をついた。
その横顔はどこか心配そうな憂いを秘めており、美しさと儚さが同居していた。
柊夜とて、楓が兄に対する普通の女子中学生の態度ではないことくらいは少しくらいは分かっている。
あそこまでお兄ちゃん大好きオーラが出ている妹など、楓を除けば柊夜は創作物の中でしか見たことがない。
本当なら、もうすぐ兄離れをするべきだと柊夜は思っている。
いや、もう手遅れなのかもしれないが。
間違いなく、楓の中で柊夜はなくてはならない、なくては生きていけない存在となっている。
表向きは凛といているものの、柊夜に依存していると言っても過言でないくらい、裏では楓は柊夜にベッタリだ。
だが、楓は普通ではない環境で育ったのだ。
両親は物心ついたときからどちらともおらず、頼ることができるのは一つしか年が変わらない兄である柊夜の存在だけ。
本来なら、両親からの愛を受け止めるはずだった心の隙間を、楓は兄に求めることで埋めていた。
それは今でも変わらない。
もしかしたら、柊夜が少ししか楓を愛さなければここまでのブラザーコンプレックスへと成長しなかったかもしれない。
しかし、それは無理な話だ。
柊夜は他人に興味がないが、身内にはとことん甘いタイプであり、それがたった一人の妹であるならその度は限りなく大きいものとなるだろう。
母親から、妹を守るように言われていたのも大きい。
つまり、だ。
楓がブラコンになった理由は、柊夜にある。
柊夜がこう育ててしまった以上、責任は取るしか無いのだ。
十二時を過ぎ、日付が変わってようやくベッドに入った柊夜。
そんな柊夜の耳に、廊下を歩く足音が聞こえた。
「……今日か」
その呟きの直後、申し訳無さそうにゆっくりと静かに部屋の扉が開けられ、黒の髪と対比するような真っ白な寝間着姿に身を包んだ楓がやってきた。
「兄さん。入って良い?」
「……いいが、来年にはもうお前も高校生だ」
「うん、分かってる。でも、たまには良いでしょ?」
「……そう、だな」
案の定、柊夜の予想通り一緒に寝ようとする楓を、仕方ないとベッドに入れる。
柊夜としては、年頃の男女が一緒のベッドで寝るというのはあまり褒められたことではないと思っているが、こんなふうに育ててしまった責任として、甘んじて受け入れることにした。
だが、そんな柊夜の悩みも。
腕の中ですやすやと寝息を立てながら、服の裾をつまむ妹の姿を見たことで、吹き飛んでいった。
だがどうしてか、こんな毎日の出来事で見えない陰を通って、不穏な気配が近づいているような気がした。
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