第二十四話 マスクメロン

「ふん、所詮はガキ一人。どう転んでも俺達の勝ちは揺るがない」

「さて、どうかな。俺には、ガキ一人に憐れにも氷漬けにされた屈強な男の群れが見えるが。そこのあたり、どうお考えで?」

「チッ、口だけは達者なクソガキだ」

「ならお前達は、クソガキに負けたクソガキ以下だな」

「……んだと?」


 柊夜の安い挑発に乗ったリーダーではない男。

 流石にこれでキレて冷静さを欠くのは器の大きさが小さすぎて魔法師どころか人として少しどうなのかと柊夜は思ったが、それはそれでありがたいので何も言わない。


「よせ、怒りで冷静さを欠くのは言語道断だ。あんなガキの口上に惑わされるな。そういう油断しなければ、どうあっても勝ち目はないんだからな」

「そうか、油断したら負けると思っているのか。それはまた、大変だな」

「……そんな見え見えな挑発に、俺は乗らんぞ」

「どうした? そんな額に青筋浮かべて」

「……」


 だが、リーダーは柊夜の言う通りこめかみをピクピクとさせて、額に青筋が浮かんでいるが、理性は保っていて落ち着いていた。

 最早、ビキビキと音が聞こえてきそうなほどに苛立っているということが分かるが、本人は落ち着いていると思っている。


 柊夜からしてみれば、爆発一歩手前といった感じなので、後少し煽れば一気に噴火するだろうな、と思っていたら。


「プッ、花田、マスクメロンみたい……ブハッ!!」


 柊夜は、ブチッという何かがキレた音を聞いたような気がした。

 リーダーの男、花田を爆発させたのは柊夜ではなく、味方の男だった。

 柊夜からの口撃はなんとか耐えようとしているものの、意識外からの、しかも味方の口撃には流石に堪えられなかった。


「……死ねやクソがああああああああああああああああああああ!!」


 誰に対するものかわからないが、怒りの雄叫びを上げながら、圧縮空気を乱れ打ちしてくる。

 その姿は、まさに怒れる猛獣であり、一般人が見たら腰を抜かしてしまうほどに血気迫る勢いだった。


 そんな花田の姿を見て、対する柊夜は冷静に右手を突き出す。

 その瞬間、柊夜に圧縮空気の塊が命中する寸前、柊夜を囲む六角形の多面体のような結界に全てを弾かれる。

 圧縮空気の開放による爆発も、その結界はそよ風を受け流すかのように平然としている。


「どうした? そんな怒って? 更年期か?」

「黙れクソガキッ!! お前らもやれ!!」


 圧縮空気塊は、魔法師の攻撃の中でもっともポピュラーな手段で、手ぶらでどこでも発動ができる上に、弾切れなども起こることはない。

 特に、圧縮空気塊の炸裂寸前に圧力を開放することで周囲を吹き飛ばす爆発を起こす方法は、塊が直接当たるよりも遥かに攻撃力が高い。

 致死性の魔法というわけではないが、吹き飛ばしたときに当たりどころが悪ければ致命傷にもなりうる、使い方次第の魔法だ。


 だが当然、その性質など全ての魔法師が知っているのだから、柊夜が知らないわけがない。

 

 柊夜が周囲に展開した停止結界は、結界内に侵入する運動の事象を全て停止させる魔法だ。

 爆発の威力も、まるで柊夜の結界を避けるように広がっていく。


 これが柊夜の事象停止魔法、事象停止フェノメノン・ハルトをドーム状に展開して結界内に侵入する事象から自身を防護する魔法、あらゆる攻撃から身を守る万能結界――停止結界ヘミスフィア・ハルト

 

「どうした? 塵一つ舞い上がらないし、そよ風一つ起きないぞ?」


 花田の指示で全員が圧縮空気塊を射出するも、柊夜の魔法には全く穴が開かない。

 どれだけ爆発が起き、鉄球の砲撃よりも破壊力を秘めた塊が直撃しても、結界に触れた瞬間直進する運動が全て停止する。


 圧倒的な防御力。

 この魔法の対抗策は柊夜に直接改変を行う魔法のみだが、魔法師は自身に対する干渉は様々な妨害や、無意識のうちに改変を阻止しようと自身の肉体の設計図を、外的要因からの干渉を防ぐために霊子で強化している。

 その強化レベルも、質の高い魔法師であればあるほど強固になるので、柊夜のような域の魔法師――否、祓魔師になると、直接改変を行う魔法はほぼ不発に終わるだろう。


「何をしている!! たかがガキの障壁一つ、破れないでどうする!?」


 しかし柊夜の魔法をよく知らない花田は、このまま攻撃を続けていたら、いつか集中が切れたタイミングで自分達の攻撃を防ぎきれなくなると思っている。


 確かに、普通のベクトル反転の魔法などは花田の言う通り、干渉し続ける集中や霊子が切れる、あるいはいつか世界の事象をもとに戻そうとする強制力によって効果がなくなる。

 また、設計図が強固で改変できずに障壁を破られることもある。

 それは柊夜の停止結界ヘミスフィア・ハルトであろうと同じ縛りを受ける。


 こういった障壁の防御魔法は、時間が過ぎるたびに霊子を消費する、ある一定範囲内へと侵入しようとする事象から対象を守る、いわば受け身の魔法。

 範囲内へと攻撃される何かしらの事象がなけれなば、ただの案山子と変わらない。


 だが、柊夜の魔法は違う。

 停止結界ヘミスフィア・ハルトは決して、受け身の魔法ではない。


「こいつ……花田!! なにかおかしい!! こんな強力な防御魔法、ベクトル反転じゃない!!」

「そんなわけあるかっ!! なら他にどんな魔法があるというんだ!!」

「だけど、全然効いてない!! 俺達の魔法じゃ、簡単に防がれてる!!」

「なら、霊子が尽きるまで撃ち続けろ!! 五対一なんだぞ!! 俺達の霊子消費量よりあいつの霊子保有量が多くてたまるか!!」


 花田は仲間にひたすら攻撃をさせる。

 いつかは、柊夜の結界が敗れると信じて。


「どうした、マスクメロン? もう終わりか?」

「このクソガキがぁああああああああああああああああああ!!」


 しかし、破れる気配など微塵もない柊夜の強固な防備に、花田は叫びを上げながら突っ込んでくる。

 腰に差していたのであろう刃渡り四十センチはある、職質されたら言い逃れできないサイズのナイフを抜きさり、おおきく振りかぶって柊夜の結界に突き刺す。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! はぁああああああああああああああああああ!!}


 しかし。

 火花が飛び散るような衝撃も、結界に触れた瞬間に消えてなくなる――いや、停止する。

 そんな感触に、花田は違和感を覚えた。


「な、なんだ、これ。結界に触れた途端に、力が入らなくなるような……ベクトル反転の魔法だったら……反作用による手応えがあるはずだが……」

「あるわけないだろう間抜けが。そもそも誰が、この魔法をそんなちゃちなものだと決めつけた?」


 柊夜は、花田の頭の固さに呆れ首を振った。

 魔法師のような、予想外の事象が起こる戦闘を生業にする者にとって、最低限必要な能力は柔軟な思考だ。

 目の前で起きた事実を否定し、自分の考えが正しいと決めつけそれに固執するなど愚の骨頂であり言語道断だ。


 こんな愚物を、二つ名までつけられている柊夜の相手としては不足過ぎているし、優秀どころか及第点に達している魔法師とは言い難い。

 だが、花田の口ぶりからして、自分が誰なのか分からず、ただ上から抹殺対象に指定された憐れな高校生にしか思われていないのかもしれない、と柊夜は思った。


 ならば花田達は何も知らされていない。

 そう思い、柊夜はさっさと決着することに決めた。


「は? 何を言って……」

事象停止フェノメノン・ハルト

「な!? お前は――」


 柊夜の魔法が、ただ一人、花田めがけて発動される。

 何かを叫ぼうとした花田に関連する全ての事象が停止し、言葉を紡ぐことなく次の瞬間、一瞬で凍りつく。

 桔梗色の澄んだ瞳が輝き、氷像と化した花田を射抜くと、興味なさげに次の敵――否、獲物をスッと見据えた。


「こ、凍った……?」

「そんな、一瞬で……」

「氷……結界……まさか」

「零……無謬の零……なのか?」


 あまりにも恐ろしく、しかし凄まじく美しい氷の美貌を持った柊夜に、魔法を行使していなくとも恐怖で動けなくなる花田の仲間達。

 花田が一瞬で凍結した現実味がない光景に呆然としている。


 そんな中、そのうちの一人が柊夜の正体へ至る。

 そうであってほしくないが、そうかもしれないという確信を持っているような呟きに、他の男達もより一層心を恐怖が支配する。


「そんな、まさか……」

「そうだぜ、こんな、高校生なわけ……」


 そうあってほしくない、そんな事はあってはならないと、呟いた男以外はそんなわけがないと即座に否定する。

 そうでなければ、心が持たないから。


 だが、そんな儚い希望も、柊夜の次のセリフで打ち砕かれる。


「ようやく、気がついたのか。俺を尾行していたのに、そんなことも知らなかったとはな。呆れて物が言えないとはこのことだ」


 わなわなと、男達は震え上がる。

 柊夜が零だという事実を知って、そして目の前で凍てついた花田の無惨な姿を見て、次は自分の番だと思って。


「そう震えるな。命まで取りはしない」


 それの恐怖を知ってか。

 柊夜は、無意識のうちに微笑み、殺さないということを言葉にする。


 あまりにも美しく――大人のお姉さんが見たら可愛いに変換されるかもしれないが――現実離れしたその容姿に、男達は思わず気を抜いてしまう。

 柊夜は、命まで、としか言っていないのにもかかわらず。


「命までは、な」


 その言葉とともに、心肺機能と呼吸器を除くすべての体組織が凍りついた。


「愚かだな」


 そうこぼした呟きは、誰も耳にも届くことはなかった。







「ハハハ、まさかとは思いましたが、本物だったとは」


 柊夜が去った緑地公園の端、柊夜でさえ捉えることができないほどに離れた場所から、先程の戦闘を観察している黒ローブを纏った男がいた。

 顔には仮面のようなものがつけられており、素顔は分からないが、低めの声と高い身長から男性であることが見て取れる。


「それにしても、無謬の零。思っていたよりもずっと戦い慣れていましたね。あれで高校生だとは、成長したときが末恐ろしいものです」


 その男は、言葉では柊夜のポテンシャルに恐怖しているように感じるが、仮面越しでも分かる笑みがそう思わせない。

 まるで、面白い実験動物を見つけたときのように、その男は研究者然とした愉悦の表情を浮かべながら、姿を消す。


「そうですね、ですがそこまで恐れるに足りないでしょう。彼の能力では、味方など足手まとい以外の何物でもない。味方が多いほど、彼は本来の力を発揮できないでしょうから」


 最後に、そんな言葉を残して。

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