第二十三話 接敵、邂逅
「本当に、あれがターゲットなのか? まだ高校生ぐらいだろう?」
「いや、間違いない。人目を引くほどの美貌と黒髪、そして桔梗色の瞳の男は、あいつしかいなかった」
「だが、俺達が尾行していることにまるで気がついてないぞ。あの方が優秀だと言っていたからどんなもんかと緊張していたが」
「あぁ、これなら楽にやれそうだ」
「だが油断はするなよ。万が一ということもある。確実に仕留めるぞ」
柊夜を尾行していた男達は、上から命じられた仕事で、抹殺すべく尾行していた。
彼らにとって、人殺しは忌避するべきものではないが、それでもただの高校生にしか見えない男を排除することは気分がいいわけではなかった。
それでも、上からの命令は絶対。
どうしてこの高校生に上が目をつけたかは五人とも知らないが、しっかりと命令を遂行できなければ自分達に火の粉が降りかかると、注意深く後をつける。
「しかし、どうして高校生を上が排除したがるんだ?」
「さぁな、上の考えることなんざ俺達にゃ分からん。俺達はただ、忠実に命令をこなす犬であればそれで良いんだよ」
「それもそうか。全く、可哀想だよな、俺達に楯突いたせいで自分のみを危険に晒す羽目になるんだからよ。しかも、きっちりと息の根を止めろときた」
「あぁ、そうだな。だが、俺達の大義を理解せずに、行いだけ見て悪だと断じる方もどうかしてると思うけどな」
「そう言うな。普通は、人類の命運よりも、自分や家族の方が大事だからな。俺達みたいな、人類のために戦っているほうが珍しいものだ」
彼らの、人類のため、というのは紛れもない本心だ。
本心であるからこそ、厄介極まりないと言って良い。
なにせ、自分のしている行動が犯罪だと分かっていても、人類のためという免罪符がある限り、自分の行動が絶対に正しいと信じている。
この世に絶対の正義がなくとも、絶対の悪は存在する。
それが魔物であり、人類を脅かすその存在と対立する存在は正義なのだから、自分達は正義のために戦っているのだと。
そう信じてやまない。
彼らは、リベルタスに所属する構成員、それも全員が魔法師であり、上からの命令で柊夜を尾行し、始末しようと行動していた。
彼らは、柊夜の後をつけていることがバレないように、散らばって尾行しており、それぞれ無線イヤホンで連絡を取り合っている。
可哀想だとは思うものの、大義のために、柊夜を始末すべく人が少ない路地裏に入ったタイミングでそれぞれ戦闘態勢を整えた。
(面白いぐらいに釣れたな。こんなお誂え向きに人が全くいない路地裏までターゲットが入ったら、まず尾行が露見していることを疑うべきだろうに)
一方の柊夜は、尾行している男五人が面白いぐらいに釣れたことで、逆にそれで良いのかと呆れていた。
住所までは特定されていないのか、それとも今から突き止めようとしていたのか、どちらにせよこんな裏路地に住んでいるわけもないのに、のこのこと付いてきた馬鹿五人には呆れつつも注意を決して逸らさない。
もし万が一、柊夜が尾行に気づいていることがバレていて、それでもこうしてつけてきたならば、相手は相当の手慣れだということになる。
人畜無害な高校生――と、柊夜は自分では思っている――を尾行するなど、柊夜が無謬の零であるということはまず間違いなく知られている。
それを知ってなお付いてくるなら、それは柊夜に勝てる自信があるということで。
柊夜は、人のいない裏路地を抜けて、人のいない緑地公園に出てくると、自分をつけてきていた男達へと振り返った。
「そろそろ出てきたらどうだ? くだらないストーカーごっこにも飽きてきた」
当然、柊夜の視界には男達はいない。
全員が、柊夜をギリギリ視界に収まる程度につけてきたので、視覚で見つけるなら至難の業だろう。
だが、それは一般人や普通の魔法師だったらの話だ。
柊夜は祓魔師、霊子を見ることができる。
建物のような魂を持たない物体とは違い、男達は全員魂を持っている、それも魔法師ゆえ一般人よりも遥かに多い霊子を抱えて。
霊子を見ることができる特権は、建物などを透過して魂を持った生命体を知覚できるという点にある。
結局、気配など探らずとも、柊夜が祓魔師である限り、生半可な尾行は不可能。
こうした全く生物がいない場所だと、柊夜の知覚範囲からは逃れられない。
(俺から隠れたければ、せめて、数キロ先から監視するんだったな)
しかし、男達はまだ出てこない。
今の時間帯で、遊具も何もない芝生と植樹された樹木が広がるこの空間で、姿を現すデメリットはない。
この場所なら、戦闘を行っても周囲の建物への被害は皆無であり、近隣住民の耳目を気にする必要もない。
暫くすると、観念したのか、柊夜の周りをバラバラに取り囲んでいた五人の黒スーツ姿の男達が、拍手でもするかのように感心しながら姿を現した。
「いや、お見事。まさか尾行がバレていたとは思わなかったよ。流石は、あの方に目をつけられることはある。だけどね、こんな人気のない場所に来たのはまずかったね」
「……」
男達のうちの一人、彼を中心に立っていることからリーダーだと柊夜は予想した。
その男から、何故か批評をされていることに苛立ちながらも、時間を稼がせるメリットもデメリットも存在しないので取り敢えず付き合うことにする。
それにより何かしらの情報が拾えればそれで御の字だ。
そんな柊夜の冷静な判断など露知らず、男は柊夜が緊張で喋れないと思っているのか流暢に語りだした。
「君も魔法師の端くれなら知っているだろう? 魔法師対魔法師の戦闘において数は勝敗に直結する重要なファクターだということを」
「そんな知的キャラみたいに語られても」
柊夜が望まずともペラペラ喋りだした男に取り敢えず同意して、早くしろと言外に話の続きを促す。
それを知ってか知らずか、男は柊夜が逃げるための時間稼ぎをしていると思い、余計に調子に乗ってペラペラと話し出す。
「そうと知っていながら、君はこんな人気のない場所まで誘い出してしまった。誰もいないから、助けを呼ぶこともできない。さぞ、心細かろう」
「いや、そんなことはない」
「強がりは寄せ。おそらく、尾行の人数を一人か二人と勘違いしていたのだろう? 確かに、その年頃は調子に乗りやすい時期でもあるし、一人や二人なら勝てるはずもないのにイケるかもなどと思ったのだろう? だが、実際は五人。君に、勝ち目はない。諦めて、大人しく自分の運命を、我らリベルタスに楯突いた愚行を悔いながら逝きたまえ」
「……ならその前に。どうして俺が狙われなくてはいけないのか是非とも教えてもらいたいな。殺される理由ぐらい知っておかないと死んでも死にきれない」
どうやら男は、自分達の勝利を確信しているようで、これなら柊夜が誘導せずとも勝手に話してくれるだろうと、更に話を引き延ばす。
怯えている演技は柊夜にはできないが、そんなことをしなくても何でも答えてくれそうな雰囲気が、今のリーダーの男にはあった。
だが、リーダーはそうでも、他の男達はそうはいかなかったようで。
柊夜の堂々とした受け答えに、疑問を持ち始めた。
「なぁ、こいつ。まるでビビってねえけど、大丈夫なのか?」
「あぁ、さっさと始末しないと、逃げられでもしたら大変だぞ」
だが、リーダーの男からしたら、五対一の状況で逃げられるどころか負けるなどとは微塵もありえない可能性であるわけで、他の男の言葉を一笑に付した。
「お前らは、この状況であいつが逃げられるとでも思っているのか? もしそうだとしたら、俺達は相当な間抜けだな。安心しろ、あいつに逃げようとしている雰囲気はない。大人しく、自分の死を受け入れたんだろうさ」
「だが、万が一――」
「くどいな。それとも、お前らはあんなガキ一匹殺せないような腰抜けか? 臆病風に吹かれでもしたか? そんなわけないだろう?」
「当たり前だろ。それに、俺としちゃああんなイケメン見ていたら殺意が湧くってもんだ。全く、世の中は不公平だ」
「良いだろ別に、これから少しは公平になるんだからよ」
「それもそうだな」
(俺って、そんなに弱者に見えるのか? だとしたら、もう少し鍛錬しないとな……)
雑魚にしか思われていないことに少し悲しくなるも、そのおかげと言ってい良いのか、この状況を作り出せたのは雑魚に思われているからで。
「それで、リベルタスがどうして俺を殺そうとしたんですか?」
「何って、そんなの君の胸が知っているだろう? 俺達は、ただ命令を受けてお前を始末しに来ただけ。それ以外のことは知らないな」
「そうですか、それは残念です」
「もう良いだろう? なら、さっさと首を出し給え」
男達は、柊夜を始末する理由を知らないと、そう言った。
柊夜からしてみれば、よく何も聞かされずに命令を遂行できるなと、その見上げた忠誠心に呆れるが、これ以上情報を持っているとは思えないので、そろそろ実力行使に出る。
少なくとも、リーダーの男からは大した情報は得られそうにない。
この男が、余裕で勝てると思っている相手に、今更自分たちの組織の情報だったりを話すことをためらうとは柊夜には思えない。
だから、最後に、リーダーの男が口にしたことについて尋ねる。
「じゃあ、あの方っているのは、一体誰ですか?」
そう訊くと、男の雰囲気が変わった。
まるで、柊夜を疑い始めたかのように、刺々しいものへと。
「君、まだ諦めてないな?」
その言葉で、リーダー以外の男達が、柊夜をここから決して逃さないと言わんばかりに、数メートル離れて四方を囲んだ。
その動きの練度は悪くなかったが、柊夜から見れば如何せん実力が足りていなかった。
だが、まだ戦闘は行わない。
まだ、情報を聞き出せるかもしれないのだから、もう何も搾り出せないと判断するまで、柊夜は動かない。
「さぁ。それとも、俺がここから逃げようとしているふうに見えますか?」
「いや、そうは見えない。だが、諦めてもいない。君は、俺達に勝とうとしているのか?」
「そうだと言ったら」
だが、柊夜の様子見ももう終わりそうだ。
もう既に、リーダーの男からは何も聞き出せそうにない。
訊き出し方をミスったかな、と思いながら、柊夜は大人しく戦うことにした。
「その思い上がった鼻をへし折り、命を燃やし尽くしてやろう」
「そうか、なら」
リベルタスの男達が、柊夜の豹変した空気に驚愕する。
ただの高校生にしか見えなかったのに、彼らには、まるで。
「俺は、お前達を凍らせよう」
絶対零度の覇気を纏った、魔王に見えた。
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