第二十二話 追跡者
あれからリベルタス関係のことについてや、世間話に花を咲かせていたら既に夕暮れ時になってしまっていた。
玖珂は、彼自信もリベルタスによって家族が危険な目にあったということで、個人的な恨みもあってか自分にできることはできるだけ協力してくれることになった。
この喫茶店は柊夜の自宅からは少し遠く、バスも電車も乗り継いでいかないと家には帰れない。
いや、魔法を行使するならそれこそ電車どころか新幹線よりも速く移動できるが、それは流石に目立ちすぎるし、時間もお金もケチる必要はない。
なので、ひとまず電車かバスか、どちらにせよ公共交通機関を利用するので、この時間帯には特に人が集まる駅前まで来たのだが。
魔物の発生により前世紀よりは人口が格段に減少したものの、国の中心地である東京は減少どころか地方の魔物の被害を抑えられない地域から流れてきた国民がいるからか逆に増加しているのではないかと疑うほどに人が多い。
日本は、他国よりも遥かに魔物対策が進んでいるが、それでも数年に一度は起こる魔物の大侵攻の影響で地方地域は少しずつ減少している。
どれだけ魔法師や国防軍の質が良くても、日本全土の自然地帯で今も生きている魔物全てを抑えられるかと訊かれたら当然そうではない。
結局、防備に掛けられる人材も力も、人口が多い、東京、宮城、大阪、北海道、福岡周辺に集中することになる。
今でも、魔物の侵攻により放棄せざるを得なくなった地域の奪還に国防軍の一部がついているが、その戦果も著しくなく、今まで奪還できた地域は数えるほどしかない。
魔物は、年数を重ねるごとに力を増していき、十年以上生きた魔物は個体にもよるが一軍隊にも匹敵するほどの戦闘力を秘めている。
下位の個体ですら、遠距離からのライフル連射でようやく仕留めることができるくらいの能力を持っているのだから、その脅威は計り知れない。
必然的に、人間の力を超越した魔法師の存在に頼るしかない。
当時は、突如として現れた魔法師は人とは別の生き物として忌避され、戦闘の道具のように扱われた時代もあったが、今では色眼鏡で見られることはあっても差別されるようなことはない。
差別がないように、国際法で決められているのだから当然だ。
しかし、魔法師が従来兵器よりも魔物に有効だと知られた途端。
国はこぞって魔法師の開発、研究に勤しむようになった。
魔法とは一体どのような仕組みで行使され、どのような影響を及ぼしているのか。
魔法の才能は遺伝するのか、魔法にはどのような系統、種類があるのか、魔法の才能は人工で造ることができるのか。
表向きは人類の救世主として持ち上げつつも、裏ではもっと有効利用するためにありとあらゆる技術が費やされ、多くの魔法師を犠牲にしつつ魔法について解明されていった。
褒められた行為ではなかったが、魔法の行使におけるプロセスなどは全てこの研究によって明らかにされたものであることは、忌々しいことに事実であった。
魔法師に対する差別意識がそこまで広がらなかったのは、魔物という脅威が身近であることと、それを排除しているのが魔法師であることが広まったからか。
魔法師が一般社会にそれほど溶け込んでおらず、基本的に都市防壁の外で魔物と戦っているという点も作用しているだろう。
もし平和な世の中で魔法師が世の中を闊歩していたら、こうはならなかったはずだ。
一般人にとって、魔法師の存在は見えない銃を握った人間を同じだ。
いつ傷つけられるか分からず、傷つけられたことにすら気付かないかもしれない。
人間という生き物は基本的に自分達と違う存在を受け付けない。
それは今まで積み重ねてきた歴史が証明している。
それでも一般人が魔法師を多少受け入れているのは、自分達の平和を維持しているのが魔法師であるという認識があるからだろう。
勿論、魔法犯罪者がいないわけではない。
人を超越した力を持ったことで、犯罪に走る魔法師がいないわけではない。
だがそんな犯罪者は、魔法師に対する不信感に繋がらないように、一般人が知ることなく秘密裏に処理されていく。
それを処理するのも当然魔法師であり、今の世の中に魔法師の存在は必要不可欠だった。
一体、このキツキツの電車に乗車した人のどれくらいが魔法師の世界を知っているのだろうか。
きっと、柊夜以外、誰も知らないだろう。
電車から降りて、乗り継ぎのために東京でも一二を争うくらいに大きな駅で下車する。
この駅は、かつて新宿駅と呼ばれていたが、魔物の対策に特化した場所にするため再開発が進められ、今では新東京駅と呼ばれている。
巨大な駅舎からは多くの空中廊下が伸びており、超高層ビルへと繋がっている。
魔物の侵攻により減少した土地を利用しているため無駄なスペースが一つもなく、人によっては狭苦しいと感じるこの場所が、今の東京の中心地である。
柊夜の通う星丘高校は新東京駅から二駅で着く比較的中心地に近い場所に建設されており、高い偏差値に見合った交通の便だ。
柊夜としても不満はないが、もう少し他の地域に移動するなりしてこの溢れ返るような人口が減ってほしいと思っている。
もっとも、この先魔物によって今以上に人類の生存領域が減少していくのは目に見えており、その度に東京の人口が増えてくのだろうが。
そんな過密を免れないであろう東京の未来を憂慮しつつ。
柊夜は周囲の視線を一杯に浴びながら、しかしその中の敵意――嫉妬とも言う――だけに反応していた。
(はぁ、今日は明日香様を連れていないとは言え。どうしてこんなにも敵意の籠もった見られるのだろうか)
(「見ろよあのイケメン。あんなにも神に愛されたような奴がいるのかよ。この世界は不平等だ」)
(「ホントだホントだ。俺もせめてあのスラッとした高身長になりたかった……」)
(「いや、お前はその前に痩せろ。そんなデブってたってモテやしねよ」)
(「なにおう。そういうお前は最近後頭部が寂しいじゃねえか」)
(「なっ!! 仕方ないんだよストレスで。慰めてくれる彼女もいねえし」)
というような羨望や嫉妬の眼差しだけでなく。
(「ねぇ見て凄いイケメン!!」)
(「ホントだ!! 彼女はやっぱりいるよね」)
(「当たり前じゃない。見た感じ高校生だし、その年頃であの容姿なんだから彼女がいないわけ無いじゃない」)
このような肉食獣のようにギラつかせた視線も存在する。
柊夜は、ほぼ常時凄まじい美貌を誇る明日香か悠斗が隣りにいるため、自分が見られていることには気が付かない。
どちらかと言えば、いつもその二人の隣りにいることで羨望と嫉妬の視線を浴びており、あまり好意的な視線を向けられたことはない、と柊夜は思っている。
当然、中には羨望や嫉妬も混じっていただろうが、柊夜に向けられた視線の大半は凄いイケメンがいる、という好意や好奇心が殆どだ。
元々、師匠に敵意に目ざとく反応するように鍛えられているので、その分好意的な視線に疎かったりするが、いつもその鈍感さに呆れている二人がこの柊夜の鈍さを作り出した元凶とも言えた。
その二人がそのことに気がつくことはないが。
そんな中、柊夜は五つの、明らかな敵意を持った視線を感じ取った。
イケメンを見たことによる負の感情ではなく、明確に、こいつを殺す、という意志が込められた、明らかな殺意の視線。
普通、人は視線を感じてもその種類まではわからない。
柊夜が気付くことができたのは、徹底的に師匠に鍛えられたおかげだった。
この大衆の中での、害意のある敵意の視線。
それも、柊夜が余程注意力が散漫だった場合を除いて、突如として現れていた。
(つけられていたことに、今気がついた? いや、そうだったならもっと前から気がついたはず。今まで視線に気が付かなかったのなら、今急に気がついたことに説明ができない。それだけの手練が、こんなミスをするとも思えないしな)
この、周囲の視線に紛れようという思惑が見え見えな雑な監視の目は、まず間違いなく今現れたものであり、質からして人をつけることに慣れていないと思われた。
柊夜とて、どんな気配も察知できるというわけではないし、こういった人の多い場所ではなおさら気が付きにくい。
それでも発見できたということは、その視線の主が未熟であるということの証左にほかならない。
(気がついていないフリをしつつ、人気がない場所まで誘うか)
柊夜としては、こんな人で大渋滞を起こしているような場所でとっ捕まえて、どこの痴れ者か問い詰めるなど流石にできない。
まず間違いなく悪目立ちするし、もしシラを切られたら周囲の目から見て悪者になるのは柊夜の方だ。
なので、できるだけ相手の方から手を出させて、言い逃れができない状況にまで持ち込みたい。
また、戦闘の際に支障が出る可能性もあるため、なるべく人が少ない場所で接触したいとも思っていた。
なので取り敢えず、柊夜の自宅から一番近い駅ではなく、新東京駅からかなり離れた、都市防壁に近い過疎地域まで電車に揺られる。
その間も、自分に敵意を向けていた五つの気配は、柊夜と一定の距離を保ったまま付いてくる。
乗客はかなり少なくなり席がまばらに空きだした中でも、散らばったままその全員が尾行してくるのを見て、柊夜はその痴れ者の目的が自分であることを確信した。
柊夜には敵が多い。
リベルタスは勿論、その他の巨大犯罪グループに連なる組織をいくつも壊滅させており、その方からかなり恨みを買っていることは予想できる。
その中から、今日自分が尾行される原因を考えるも、そんなものは微塵も思いつかない。
たまたま通りかかった敵組織が、柊夜の正体を知っており殺気を向けながら尾行してくる、なんてのはあり得ない。
考えられるケースとしては、柊夜の行動が逐一観察されており、一人になった状況で襲撃しようということ。
だが、柊夜が一人になったタイミングは今までに何度もあり、そのタイミングで襲撃を掛けてこなかった理由がわからない。
捕らえた後に、尋問すればいいかと、柊夜は痴れ物の正体を考えるのをやめた。
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