第二十一話 二人目の協力者
学校が休みである日曜。
柊夜はこの日凛音と、リベルタスの件について学校外から協力して貰える人を播磨理事の紹介で会う約束になっている。
元々今週の土日は明日香から働きすぎだということで休みをもらっており、柊夜としても都合が良かった。
なので柊夜は、学校で連絡先を交換した凛音から、待ち合わせ場所に指定された喫茶店に向かっていた。
凛音は播磨理事との連絡手段を持っているが、柊夜は先日初めて話をしたばかりなので、柊夜は凛音を経由して情報をもらうというやりにくい形になっていた。
なので毎回凛音に手間をかけてもらっているので、申し訳無さでいっぱいの柊夜は今度は訊いておこうと心に決めるのだった。
チリンチリン、と音を立てるドアベルが美麗な音を奏でると、店主であると推測できる男性がチラリと横目で見て、そして何も言わずにグラスを磨く手元に視線を戻した。
店内はそこまで広くないが、内装は華美ではなくむしろ簡素だが、どこか奥ゆかしさを感じさせる美しさがあった。
どうしてか誰も客はいないが、知る人ぞ知る隠れ名店のような雰囲気があった。
店主の視線に、何かを見定められていたのだろうかと感じつつも、何も言われなかったので大丈夫だったのだろうと、これから来るであろう人数を考えて四人席に座った。
木製の椅子は、どうしてか柔らかさがある設計で、ふんわりと柊夜の身体を受け止めているかのように思えた。
メニュー表を開き、なて何にしようかと考えようとすると。
丁度そのタイミングで、新たにドアベルの音が店内に響く。
当然、こんな丁度良く入店してくる客など、柊夜と待ち合わせしていた二人しかあり得ないので。
「おまたせ、鷹橋くん」
「はじめまして、鷹橋さん」
黒のキャミソールワンピースに、白のシアーシャツを羽織ったモノトーンコーデで現れた凛音と、彼女のような涼し気な服装とは違い、紺のスーツを着こなした男性――玖珂。
播磨理事の紹介もあり、真面目で温和そうな雰囲気をもっており、彼の掛けたスクエアメガネがそれを助長している。
背が高いのか、彼の身長はもう少しで百八十に届きそうな柊夜の身長よりも拳一つ分ほどはある。
「はじめまして、玖珂さん。鷹橋です」
手を差し出すと、一瞬驚いたような顔をしつつも、すぐに温和な笑みに戻ってしっかりと柊夜の手を握ってくる。
その外見に似合わず、その手はがっしりとしており、彼が普通の一般人ではなく、それなりに戦闘の経験があるということが伝わってくる。
「お話に訊いていた通り、確かに優秀そうな方ですね。それを見て私も安心しました」
「いえ、そんなことは。俺――私もまだまだ未熟ですので」
「この場は公式の場ではないんですから、自分の言い慣れた一人称で結構ですよ、
だが、その名を語ったことで、ここにいる男は間違いなく魔法師であることを確信した。
全く疑っていないところを見るに、播磨理事からそのことを訊いていたか、もしくはもともと柊夜のことを知っていたかのどちらかだろう。
いや、零の存在は知っていたが、播磨理事から訊いて初めて柊夜がそう呼ばれていることに気がついた、というあたりだろうか。
「それは、播磨理事から訊いたのでしょうか?」
「はい、勿論です。零の正体は基本隠匿されていますからね。私も訊いた時はびっくりしましたよ。あの無謬の零がまだ高校生だったとは」
どうやら柊夜の考えていたことは当たっていたようで、彼は零のことを知っていたが、正体を播磨理事から訊いていた。
自分の隠している正体を播磨理事から伝えられているあたり、この男は彼からかなり信頼されているのだなと柊夜は思った。
一方、そのやりとりについていけない凛音は、次から次へと流れ込む情報に目を回していたが。
零という言葉にだけはしっかりと反応していた。
「ね、ねぇ鷹橋くん。無謬の零って、何?」
「あ、そうでしたね。天瀬さんはまだ知らないんでしたね」
零が一体何なのかについて疑問を口にしつつ、しかしいまの話である程度の予想は立てられたようで、柊夜の方をじっと見てくる。
柊夜としては、あまり人に聞かせるようなものではないと思っているし、語るには少々恥ずかしい記憶まで掘り起こさなければならないため、一体どうしてくれるんだと玖珂の方をギロリと睨む。
だが、威圧感は出していないものの、一般人ならギクッとしてしまいそうな柊夜の睨みを玖珂はそよ風のように受け流す。
「天瀬さんは、祓魔連のどこの部に所属していますか?」
「あ、わたし? えっとね、わたし一時期東京を離れていたことがあって、京都にいたときに祓魔師になったから、今は山吹所属だよ。でも、東京に引っ越してからもうすぐ半年になるし、そろそろ蒼穹に移転しとかないとなとは思ってるけど」
祓魔連。
一般人に隠匿された存在である祓魔師を統率する組織で、祓魔師としての仕事である魔霊祓いはこの組織機を中心に行われている。
日本の五箇所にそれぞれ、北海道に白金、宮城県に翡翠、東京に蒼穹、大阪に山吹、福岡に紅蓮と呼ばれる部署が設置されており、自身の住所の近くの部署に所属するようになっている。
どこの部署に所属するかは自由だが、その部署の近くに発生した魔霊を祓うことになるので、なるべく自身の住所の近くになる。
凛音は、京都にいたときに祓魔師になったので山吹所属だが、手続きが面倒くさかったようで東京に引っ越してから蒼穹に移転はしていない。
祓魔師になってから三年間は基本的に研修に当てられるので、魔霊祓いの仕事が来なかったというのが理由だろう。
ちなみに柊夜は六歳から祓魔師なので、当然研修期間は終わっている。
「鷹橋くんはね、蒼穹の副長なんですよ。魔法特性と、理路整然と敵を追い詰め全く判断を誤らないその戦闘能力から、無謬の零、なんて二つ名で呼ばれているんですよ」
「俺としては、小っ恥ずかしい名前なのでやめてほしいのでがね。にしても玖珂さん、貴方は蒼穹所属なんでしょうか? リストには玖珂の名は乗っていなかったような気がするのですが、思い違いでしょうか?」
「いえ、私は翡翠所属ですよ。ですがこの春、警察としての仕事で東京に戻ってきたので、もうすぐ蒼穹に移転することになるでしょうね」
「あぁ、播磨理事が久我さんを協力者として指名した理由は、警察つながりだったんですね。播磨理事は魔法師だったので納得です」
「えぇ、そういうことです。にしても、まさかリベルタスを追っている学生が零だっとは、驚きました」
柊夜は、世界最強の師匠の推薦や蒼穹のトップの計らいで学生にして蒼穹のナンバーツーの地位についている。
殆どの祓魔師は柊夜が学生だということを知らないが、上位メンバーはそのことを知っているのでガキにその地位に立たれていることをよく思われていないが、柊夜は一度も任務で失敗したことがないので表立っては何も言われない。
だが、いつでも隙あらば蹴落とそうとしているということを、柊夜から見ても有能な腹心の部下から訊いていた。
当然、そんな隙など見せるつもりもないが。
だからこそその隙の無さや、事象の停止、つまり運動をゼロにする真性魔法から、零――無謬の零と呼ばれていたりする。
二つ名は、その魔法師や祓魔師の特性を表しているものが多く、味方にというよりは、敵が相手の情報を端的に示すためという場合が多い。
柊夜の場合も、WEU―西ヨーロッパ連合の略称――都市部に大量の魔物が侵攻した際に、上の命令で助けに入ったことがあるが、そのとき数多くの魔物を凍らせてきたためその名前がつけられた。
事象の停止の魔法で生物に干渉すると、その生物に関わる全ての事象が停止する。
柊夜が干渉して停止している間はただ動けないだけだが、一度干渉を解いて魔法を解除すると、その生物は分子の振動も停止しているため一瞬で凍りつく。
魔法がまだ干渉している間は、どんな事象も起こることはないので凍結することはないが、魔法の影響下から逃れると、血液の循環や心肺組織の運動などの今までの事象は止まっていても、これから起こる事象は停止しない。
すなわち、分子の運動が停止させられていたことにより、絶対零度と等しい温度まで一瞬で冷却されたと同じ状況だ。
柊夜の二つ名は、エネルギーがゼロだけでなく、絶対零度のゼロからも取られている。
敵からしてみれば恐ろしい名だが、柊夜は少し恥ずかしく思っている。
「えっと、つまり。鷹橋くんは、実はものすごい偉い人だったりする?」
「そうですよ、私達なんかすぐに祓魔師を除名処分できるくらいには、権力を持っていますよ。あんまり怒らせないほうが良いですよ?」
「えぇまぁ、偉くないかと訊かれたら、まぁまぁの地位にいますしね。流石に除名処分にはしないので安心してください」
そう言うと、凛音は急に冷や汗を流し始めた。
先日、図書館で柊夜に色々言ってしまったことを思い出しているのだろう。
「そう言えば。『大切な人を失ってみればいいのよ!!』って言ってしましたね。あれ、結構心に響いたんですよね。こう、グサッと、致命傷でしたね」
普段は鈍い柊夜でも、それには目ざとく反応し追い打ちをかける。
別に柊夜は今はなんとも思っていないのだが、あの時自分の中の、胸に仕舞い込んだはずの寂寥感と後悔と罪悪感が湧き上がってきたのも事実。
自分の表情が、真顔を保てなかっただろうということも自覚している。
柊夜のセリフと意味ありげな視線に、玖珂はあぁなるほどと、何を伝えたいのかと何をしてほしいのかを理解したようで。
「それは酷いですね。そんな暴言を吐いていたなんて、ねぇ?」
柊夜の悪ノリに乗っかるように、玖珂はニヤニヤと笑いながら思ってもいない言葉を吐く。
その表情はとても楽しそうで、普段ストレスが溜まっているんだろうなぁ、と柊夜は失礼なことを考えた。
「いや、その、あの時は、自分が自分じゃなかったというか……いやでもあの時口にした言葉は本音で、えっと……」
柊夜と玖珂が自分をいじっているということは凛音にも分かっていたが、それでもなおあの時の申し訳無さが蘇ってくる。
だからなんと言えば良いのか分からず、どもってしまうので、余計に柊夜と玖珂の悪戯心が加速する。
ただまぁ、柊夜は流石に少し可哀想に思えてきたので、ここらで打ち止めにする。
「いえ、良いですよ。もう気にしていませんし、自分も感情を逆撫でするようなことを言ったのも事実ですので、おあいこです」
「あ、ありがとう……?」
「その代わり」
「な、何?」
「自分は、先輩と違って友だちが少ないらしいので。先輩とも友達になってくれたらありがたいです」
「……あの時のこと根に持っているよね絶対!? まぁ、良いけど。じゃあ、わたしは鷹橋くんのこと今度から柊夜と呼ばせてもらうから、柊夜もわたしのこと下の名前でもいいよ」
「ありがとうございます。では、凛音先輩」
その、初々しいやり取りをニヤニヤと見つめていた玖珂。
新しいおもちゃを見つけたかのように、二人をからかい始めた。
「しかし、二人は金曜に初めてあったというのに随分と仲がいいですね。やっぱり、本音で語り合うと距離が縮まるんですかね?」
「まぁ、そうかも知れませんね」
しかし、そんなからかいが柊夜に通用するはずもなく、逆に仲がいい、という言葉に柊夜はどう反応して良いのか困惑する。
柊夜は友だちが多くないので、どの程度が世間一般の中がいいのかあまり理解していない。
なので。
「そ、そんなに仲いいかな?」
あからさまに動揺し始めた凛音を見て、柊夜はこういう反応が一般的なのだろうかと思った。
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