第十八話 予想外の難航
放課後の図書館。
いつもなら、勉強熱心な生徒数人が勉強していたり、余程の本好きが放課後まで居座っているくらいしか利用していないが、今日はどうしてか人が多い。
いつもなら十人にも満たないであるはずだが、今日は二十人近くの生徒がいた。
星丘高校の図書館は、図書室と呼ばれることはない。
普通の学校のような、『部屋』のような広さではなく、『館』と呼ぶ必要があるほどに大量の本を抱えているからだ。
一階は文庫や図鑑、調べ物等の場合に利用し、中央の螺旋階段を登った二階は歴史や文学など教材を多く置いた勉強用のエリアとなっている。
館の奥は吹き抜けとなっており、天井にはおしゃれなシャンデリアが吊り下がっているなど、学校施設の中でも特に手が込んでいる。
こんなにも手が込んだ作りになっているのだが、悲しいことにここに来てまで勉強しようと放課後に利用する生徒は多い訳では無い。
図書室は確かに静かで、冷房が効いているということもあって普通の学生なら利用してもおかしくないが、ここ星丘高校の生徒はその程度でわざわざ図書室に来たりはしない。
なにせ、ここの生徒の殆どは冷房完備の自宅で家庭教師やらを雇えるほどにそれなり以上の裕福な家庭だからだ。
家に帰って勉強したほうが良いというわけだ。
そういうわけで、放課後は普段ガランとしているはずの図書館だが、今日は少しばかり人が多く、しかもその全員が二階の勉強エリアにいた。
それも全員が、ベランダガラス付近の端の席に座る二人の男女を囲むように陣取っており、その二人の要素をコソコソと窺っているというのが見て取れる。
その二人、柊夜と凛音は、自分達の様子を窺っていた、昼休みに三年B組の教室にいた生徒を確認して苦笑した。
「完全に見られていますね。そんなに気になるのでしょうか」
「まぁ、確かにわたしも同じ立場だったら誘われたら見に行くと思うしね。取り敢えず、気にしないようにしよう?」
「いえ、そういうわけにはいかないんです」
「ん? どういうこと?」
柊夜としても、疚しいことがあるわけでもないので見られるのは別に問題ないのだが、話の内容を訊かれるのはかなり困る。
流石に、この学校の生徒にリベルタスが潜入しているなどと訊かれたら、彼らに機密保持を守らせなければならず、そういう事ができる立場だと教えてしまうことになる。
それは、もう二度と彼らが平穏な学校生活を営むことができないということを意味しており、播磨理事のことを考えても、できるだけそれは避けたかった。
なのでまず、そのことを凛音に伝える必要がある。
彼女が協力者になってもらえたとして、その件を誰にも悟らせないようにするためにも、まずはこの場で柊夜達をジロジロ見ている生徒を誤魔化さなければならない。
「まず、天瀬先輩。単刀直入に言います」
そこまで言うと、周囲でガサゴソと音がした。
おそらく、柊夜が万が一告白するのかもしれないということで慌てたのだろう。
それはないと言ったはずなのに、と柊夜は思ったが、構ってはいられない。
「協力してもらいたいことがあります。LB、といえば分かるでしょうか」
そこまで言って、柊夜は自分とリオンが座る席を囲むように、音が範囲外へ出ていくのを防ぐ魔法、『
この魔法は、範囲内の音波が範囲外へと広がることを防ぐ魔法で、主に密談などに使われるが、魔法師が周囲にいる時はあまり使わない。
魔法師は魔法が行使されるとそれを知覚することができるため、この魔法を使ったら自分から密談していますよと主張しているようなものだからだ。
だが、この場所には魔法を行使できる生徒は柊夜と凛音しかいないため、問題はない。
だから、周囲の生徒が万が一LBを聞き取れたとしても、それが何かはわからないはずだ。
なので、「LB……BLの間違いかな?」程度に思ってくれるはずだ。
LBは、リベルタスのLibertasを略した、所謂隠語で、関係者しか伝わらない。
播磨理事の話を聞く限り、凛音がリベルタスの壊滅などに一枚噛んでいることは予想できるので、これで彼女に何が言いたいのか伝わると踏んだのだ。
柊夜の予想通り、LBと言った瞬間、彼女から表情が抜け落ち、親の敵でも見るかのような目付きへと変わる。
そして、遮音結界を展開したことにも気づいたようで、更に柊夜への不信感を強くしたのか、今にも交戦状態に陥りそうな空気を醸し出している。
「話は、訊いてあげる。でももし、わたしが貴方のことを信用ならないと思ったら、この場であなたを殺す」
「そうですね、では俺も、せいぜい殺されないようにします」
だがどうやら、凛音は話を聞くだけの理性は残されていたようで、鋭く睨めつけては来るものの、臨戦態勢のような空気は霧散した。
「まず、この学校に、リベルタスの構成員が潜入しています」
そして俺は、播磨や播磨理事との話を総括して彼女に伝えた。
その間凛音は、決して柊夜から目を逸らさず、真偽を確かめるように真剣に聞かされた内容を吟味しているようだった。
全てを話し終えた後、凛音は考え込むように俯き、少ししてから、真っ直ぐ桔梗色の瞳で射抜く柊夜を見据えた。
「話はわかった。おじさんに話を聞けば貴方の言っていることはすぐに確かめられるし、嘘はいっていないと思う。でも、貴方がおじさんの味方だということはまだ信じられない。怜治さんと知り合いだっていうのも、何の証明にもならない。わたしのお父さんは、味方の魔法師に裏切られて、リベルタスに殺された。わたしはお父さんと同じ轍は踏まない」
「まだ、俺の言っていることは信じられないですか」
あれだけ語ってもなお、凛音は柊夜の話を信じる気にはならないようだった。
疑い深いのは生きる上で大切なことだが、度が過ぎれば信用を失い、仲間が離れていき身の破滅を招きかねない。
だが、凛音の父親が、仲間だと信頼していた相手に裏切られ、否、騙されてリベルタスの手にかかったというのなら、ここまでになってしまったというのもわからない話ではない。
普段の温和で社交的な、誰とでも仲良くなれそうな雰囲気からは考えられない発言だが、これもきっと、彼女の中で線引がされているのだろう。
リベルタスという言葉を口にした人は、誰であろうと無条件には信用しないという、確固たる意志を持っているのが、柊夜には理解できた。
度が過ぎるな、と考えているものの、柊夜もどちらかといえば凛音よりの考え方をしており、誰であろうと初めからは信じないというのは柊夜も同じだ。
ただ、凛音と違う点は柊夜は線引などなく誰であろうと最初から信用はしないが、彼女ほどは敵意を見せないというところだろうか。
「なら、そうですね。俺が祓魔師だ、といえばどうですか?」
なので柊夜はここで、自分が祓魔師だという手札を投入する。
祓魔師は、魔法師と違い隠匿された存在であるため、たとえリベルタスの構成員であろうが下っ端どころか中堅ですら存在を知らないだろう。
なので、もし仮に柊夜がリベルタスの構成員だとして、祓魔師の存在を知っているとなると、かなり上のメンバーとなる。
そんな存在が、わざわざ学校に潜入するとは考えにくい。
またリベルタスの目的は魔物の殲滅であるため、たとえ知っていたとしても祓魔師の存在にはノータッチだ。
このことから、柊夜はリベルタスの、少なくとも下っ端ではないということを示すことができる。
それに、自分と同じ存在だということは相手の懐に潜り込む上で重要だ。
例を挙げるなら、会社に就職したとして、上司が同じ高校大学の出身かそうでないかで出世に大きく響いたりする。
出身大学で派閥ができたりもすることからも、自分と同じ存在、境遇というのは相手に仲間意識を芽生えさせるのだ。
「……そう、でもそれだけで信用できる? 大体、鷹橋くんが祓魔師だという証拠もないし、わたしを納得させるだけの判断材料にはならないよ?」
「まだ、駄目ですか」
「そもそも、祓魔師の存在を知っているからといって鷹橋くんが祓魔師だなんて限らないでしょ? 鷹橋くんが、リベルタスの上の人から存在を知らされていたということも考えられるし、自分が祓魔師だっていう確固たる証拠を見せないと、協力できない」
疑い深いというより、色々と拗らせすぎて人間不信が妥当だと思えるほどに。
流石の柊夜もここまでとは思わなかった。
リベルタスへの恨みから、すぐに協力してくれるだと思っていた。
だが、蓋を開けてみれば、リベルタスへの恨みと父の死の原因から疑心暗鬼になった人間不信で全く取り付く島もない。
だが、流石にここまで来たら、柊夜も思うところはある。
柊夜は一応、立場としては凛音よりも遥かに上の、それこそ他の祓魔師に対して命令権を持っているほどの立場にある。
その気になれば、彼女の首をはねることくらいは容易だが、流石にそこまではしない、そこまでは、だが。
だから。
「身の程を知れ」
今まで、凛音の信じないという言葉を困ったように受け止めていた柊夜からは考えられないほどの威圧感。
冷たい、ではなく、極寒とも呼べるその覇気を受けて、凛音は言葉が続けるどころか、震えることすらできない。
それは、朝に播磨理事が柊夜に向けて放ったのが強者の威圧感だとするならば、柊夜はそれ以上、全てを地に伏す王者の覇気だった。
柊夜とて、したくて威圧しているわけではない。
ただ、凛音があまりにも播磨理事の心意気に唾を付けるような発言をしたので、少し諌めようと思ったのだ。
「お前は、理解できないのか?」
「り、かい?」
「あぁ。相棒の娘に、敵であるリベルタスの対応を任せる理事の思惑が。彼は心苦しかったはずだ。親友が残した、大切な娘を、危険極まりない事件に巻き込むのを。だがそれでも、理事は俺の協力者としてお前を選んだ。お前に、父親の敵を討たせるために、お前ならやってくれると信じて、託したということが、理解できないか? もしそれが理解できないのなら、それでいい。俺は二度とお前は頼らないし、お前も、リベルタスとかかわらない方がいい。でなければ、父親と同じ道を進むだけだ」
「……」
ここは、祓魔師の先輩として、より多くの苦難の道を歩んだ先輩として忠言する。
彼女のように人を信じられなければ、この先リベルタスに良いように貶められ、結局は父親である來樹と同じように生命を失うことになる。
「じゃあ、どうすればいいの。もう分かってる。鷹橋くんが敵じゃない、祓魔師だってことくらい。それも、わたし以上の。でも、お父さんが死んでから、わたしは周りの人が信じられない。どれだけ仲良くなっても……」
柊夜が威圧を緩めたことで、凛音が言葉を口にする。
彼女ももう既に、柊夜がリベルタスではないことは理性では分かっていた。
だが、それでも。
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