第十七話 柊夜の好きな人? いるの?

 昼休み。

 

 いつもは悠斗と隆二と一緒に学食堂で昼食をとっているのだが、今日は播磨理事の提案により、協力者になってもらうべく、天瀬凛音を訪ねに歩いていた。

 話が長引く可能性もあるため、なるべく早く昼食を済まそうと購買で買ったパンを食して凛音を捜していた。


 星丘高校の昼休みは一時間と長い。

 だが、それだけの時間があっても、巨大な校舎を自由に歩き回ることのできるこの時間帯は教室にいるとは限らず、むしろいない可能性のほうが高いだろう。

 生徒の大半は学食堂で食べ、また広大な中庭で食べる場合もある。

 その中からたった一人の生徒を見つけ出すのは難しい。


 なので、ひとまず三年B組へ訪れ、どこへ向かったのかをクラスの人に訊くことにした。

 クラスのドア付近で姿勢を正し、談笑している集団の方を向く。


「失礼します。天瀬先輩はいらっしゃいますか?」


 クラスには幸い、誰もいないということにはなっておらず、六人で机を並べて弁当を食べている女子グループがいた。

 見るからに陽キャ、といった言葉がふさわしいような女子生徒が集まっており、その中でも一際目を引く容姿の整った少女がいた。


 他にもまばらに、二、三人ほどで弁当や購買のパンを食べている男子生徒もいたが、そちらの方は、その女子グループの方をチラチラと見ている。

 いや、女子グループというよりは、グループの中でも一番の美少女を見ている、というのが正しいだろうが。


「き、君は、鷹橋くん、だよね? 凛音に用事?」

「もしかして、告白、とか?」

「「「キャーー!!」」

「ちょ、ちょっと……。ごめんね、鷹橋くん。わたしが、天瀬だけど、どうしたの? 流石に告白、とかではないよね?」

「いえ、違います。むしろどうしてそうなったのかが疑問です」

「「「あ、ハイ」」」


 柊夜は運良く、一発で凛音がいる場所に来ることができたようだが。

 突然の一年生、しかも“あの”柊夜の訪問に、凛音と一緒にいた女子生徒が告白だったりしてと囃し立てている。

 だが、柊夜の勘違いを挟む余地が全くない至極真面目くさった受け答えに、思わず返事をしてしまう。

 それには凛音をチラチラ見ていた男子生徒も安心でニッコリ。


「なぁ、良かったな告白とかじゃなくて」

「確かに。俺達じゃああいつとなんて勝負にすらならないからな」

「やめろ、言ってて悲しくなる」

「お前は彼女いるじゃねえか。どんだけイケメンで頭良くて運動できて性格良かろうがな、彼女いなけりゃ負け組。あいつ彼女いないらしいから、俺達と同じだ」

「ようするに、俺も鷹橋と同じ!!」

「んなわけないだろ。あいつは彼女作ろうと思えばいつでもできるだろ。現に、俺達には冷たい女子共もあいつには笑顔で接してるだろ」

「それはお前の下心が見え見えだからだよ」

「言うな!!」


 そんなやり取りは、女子グループに丸聞こえであり、一斉に汚物でも見るかのような視線を向けられる。

 ヒッと男子達は縮こまった、どことは言わないが。


 当然、柊夜はスルーする。

 隆二と親友として付き合ってもう既に三年が経っているのだ、その間に培われた柊夜のスルースキルは悠斗よりも熟練の域に達している。

 そもそも、あの男子達の会話にいちいち反応していては、それよりも更に女子に軽蔑されそうな発言をしている隆二との会話は破綻するだろう。


「あの馬鹿男子は放っておいて。それで、凛音に何の用事? 話しづらかったら入ってきていいよ」

「うんうん。何ならそこらへんの椅子に座ってもいいから」

「ありがとうございます。では失礼します」


 羨ましそうな視線を向ける男子を無視して、柊夜は窓側に陣取る女子グループの近くまで行くが、椅子には座りはしない。

 上級生との話で、自分が座る訳にはいかない、と柊夜が謎の義務感を持っているからだ。


 いつもの背筋が伸びた直立不動の姿勢を見て、女子グループは後輩を立たせているという罪悪感を覚えているが、本人が立つと言っているので気にしないことにした。

 ……だが、やっぱり気になるものは気になる。


「わたしへの用事って、どういう類いのもの? もう昼休み二十分くらいしか無いけど、それで終わりそう?」

「そうですね、おそらく残り時間では終わらないと思われるので、何もなければ放課後、図書室で落ち合おうと思うのですが」

「分かった、そうしよう。放課後に、図書室に行けばいいのね?」

「はい。では、自分はこれで――」

「ねぇ鷹橋くん!!」


 話は終わったと、柊夜は帰るために「失礼します」と言おうとしたが、言葉が発せられる前に、興味津々とばかりに目を輝かせる凛音のグループの女子が話しかけてきた。

 凛音への用事を済ませたのでさっさと帰ろうとした柊夜だったが、流石に年上の先輩を無視して帰るわけにもいかず。


 取り敢えず、質問には答えようとは思うのだが。

 どうしてか柊夜は、嫌な予感がした。

 それはそう、転校初日の転校生が、クラスの生徒に質問攻めにされるときのような、そんな面倒くさい嫌な予感。


「何でしょうか」

「鷹橋くんって、彼女いるのかな?」

「あたしも気になる!!」

「他の人達はいないらしいって噂してるけど、本当!!」

「彼女はいなくても好きな人くらい入るんじゃない?」


 その予感は見事に的中し、上級生から何故か恋愛関係に関する質問ばかり豪雨のごとく次々と浴びせかけられる柊夜。

 一瞬頬が引き攣りそうになったものの、流石に先輩の前で「ちょっと引いてます」ということをアピールするわけにもいかないので、なんとかこらえる。


 それ以上に、何故自分が色恋沙汰の質問を受けているのかが疑問だった。

 明らかに、恋愛とは無縁そうな見た目を演じている・・・・・というのに。


「いえ、俺に恋人はいませんし、好きな人も……いません。それより、普通に考えて俺に恋人などできるとは思えないのですが」


 だからこその、疑問返し。

 柊夜からしてみれば当たり前のことだが、凛音を初めとしたこのクラスにいた全員が「こいつ何言っているんだ?」という呆れ顔になった。


 それも当然だ。

 柊夜のスペックは完璧であり、悠斗ど同レベルかそれ以上だ。

 それなのにまるで自分に彼女ができるはずがないなどという発言をされたら、女子は白けて男子は嫉妬に狂うのも頷ける。


 しかし。

 柊夜のすぐ隣には毎月どころか毎週のように告白されている悠斗がいる。

 彼のお人好しな性格もあって、困った女子を何度も助け、惚れられ、告白されるのサイクルを繰り返しているのにもかかわらず、柊夜は告白されたことなど一度もない。

 柊夜の場合はとある女の子の妨害も入っているため一概には言えないが、悠斗の隣で過ごしていれば知らないうちに劣等感を植え付けられても仕方がない。


「鷹橋くんってさ、自己肯定感低め? 自分に自信がないタイプ?」

「いえ、そんなことはないと思います。妥当な自己評価かと。それに、木村せ――ゲフンゲフン。どこかの誰かのように、自信に溢れて恥ずかしい黒歴史を積み重ねるよりはマシだと思います。えぇ絶対に」

「……今木村くんのことディスったよね。隠せてないから。まぁ確かに、羽柴さんに告白して一瞬で玉砕したっていうのは恥ずかしくて死んじゃうと思うけど」

「明日香様に纏わりつく下等なゴミ虫のことなど一言も口にしていません」

「いや下等なゴミ虫って断定してるじゃん。鷹橋くんはやっぱり羽柴さんのことが好きなんだね?」

「いえ、俺ごときが好きなどと思い上がりも甚だしいです。確かに敬愛はしていますが、流石に対等な関係ではありません」

「……うん、なんとなくわかった」


 どこか神妙な顔をして頷く凛音を見て、何がわかったのかは分からないが取り敢えずそういうことにしておこうと柊夜は思った。

 それに、これ以上話に付き合うのも面倒くさいので、さっさと退却することにする。


「では、失礼します」


 先程は遮られて最後まで口にできなかった言葉を紡ぎ、柊夜は教室を出ていった。

 過程はともかく、リベルタスについての話をすることはできそうなので柊夜はホッと胸をなでおろした。


 正直、柊夜はリベルタスの話をすること自体が一番が難しいと思っていた。

 播磨理事の話を訊く限り、凛音はリベルタスへ相当の恨みや憎しみを抱えているだろうと推測できるので、話をするところにさえ持っていけば協力は取り付けることができるだろうと踏んでいる。

 

 だが、柊夜はあまり人に好かれやすいタイプではないと自分では思っているので、協力云々の前に話すら訊いてもらえない可能性も考慮していた。

 だが、播磨理事の言っていた交友関係が広いということもあり、ツンと追い払われずに話をするところまでこぎつけることができた。

 

 柊夜は、無表情の裏で達成感を噛み締めていた。







「あの、自覚の無さ。相当重症じゃない?」

「それに、明日香様至上主義も本当だったんだ……」

「まぁ確かにあれじゃあ、惚れたとしても告白しようとは思わないよね。振られるのは明白だからね」


 柊夜が去っていった後。

 三年B組に残された女子グループは、なんともいえない微妙な雰囲気となっていた。

 

「でも本人は、羽柴さんのことが好きというわけじゃないんだね。嘘をついている時みたいな動揺もなかったし、本当に敬愛なんだね」


 話している話題は柊夜……それも色恋沙汰の。


「敬愛って……いつの時代の話? そんなTHA主従みたいな関係って本当にあるんだね」

「羽柴さんが悪口言われたらドラム缶にコンクリートと一緒に入れて太平洋に投げ出しそう。徹底的に排除しそう」

「あり得るかも」

「でも、羽柴さんも可哀想だよね」

「え、何が?」

「だって、鷹橋くんから見たら羽柴さんは敬愛しているけど恋愛対象じゃないってことでしょ? あんなにわかりやすいのに……」

「あぁ、そういうこと。確かに、わたしも同情しちゃうかも」

「でもなんかさ、お節介やきにくい雰囲気だよね。なんかこう、見守りたいっていうか、手出し厳禁の尊い空間になっているっていうか……微笑ましいっていうか」

「わかる。羽柴さんが頑張っているんだから、世話焼くのは無粋ってやつだね」

「でもさ、あれだと一生気が付かないんじゃない? 大きなイベントとかでもないと、ずっと敬愛から敬が取れにと思うんだけど」

「それはまぁ、今後に期待っていうことで」

「二人がくっついてくれたら、二人に惚れていた数多くの人達が他の人を見るようになるしね」


 そして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

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