第十六話 呼び出しの疑い

 理事との話を終えた柊夜は、既に登校時間直前になっていたスマホの画面に表示された時計を見て、自分の教室である一年F組へと向かった。


 星丘高校は、日本でもトップクラスに高い偏差値を誇っているが、少数精鋭というわけではなく、一学年十クラス四百人もの生徒を抱えている。

 そのため校舎は途轍もないほどに広く、端に位置する理事室から教室まで歩くのに十数分以上かかるほどだ。

 理事室を出る頃には登校時間直前だった時計も、教室に着く頃には既に同級生が入っていて談笑していたりする。


「おはよう、悠斗」

「おはよう柊夜。今日はいつもより遅かったね。何してたの?」


 窓側で後ろから二番目の席に座った柊夜は、毎日早くから来ている優等生であり、後ろの席に座っている悠斗に挨拶する。

 柊夜に笑顔を返す悠斗は、その輝かんばかりの爽やかイケメンフェイスで、チラチラと二人の様子を窺っていた女子生徒がその王子様の如き美貌に頬を染める。

 

 柊夜は、その人気ぶりに苦笑し、きっと女子達は自分が悠斗に挨拶されてるところを想像しているんだろうな、と思った。

 それと同時に、はやく恋人でも作っておかないといつか刺されるんじゃないか、と後ろに座る親友を心配した。


 カバンを掛け、先程の悠斗の質問に答えるべく後ろを向いた。


「あぁ、ちょっと理事室まで」

「理事室!? 柊夜、理事室に呼ばれるくらいの問題でも起こしたの!? 真面目な柊夜が、職員室とか校長室じゃなくて、理事室に呼ばれるほどの問題……」

「いや、別に問題を起こしたわけでは――」

 

 播磨理事との会話の内容さえ明かさなければ大丈夫かと思いつつ、柊夜は理事室へ言っていたことを悠斗に言ったのだが、逆に問題を起こしたのではないかと心配される結果になってしまった。

 勿論、柊夜は問題を起こしたわけでも巻き込まれたわけでもなく、むしろ解決する側の立場なのだが、バカ正直に話すわけにも行かず、取り敢えず否定したところ。


「バドミントン部の女子の着替えでも覗いたんじゃねぇの? へへへ、オレも一緒に行けばよかったぜ。案外、柊夜ってむっつどぶらへぇ!!」


 にやにやしながら柊夜を変態に仕立て上げようと口を挟んできたじゃがいもがいたので、後頭部掛けて手刀を叩き込んだ。

 ゴンッという柱に頭をぶつけたような音が鳴り、頭を抑えながら隆二が崩れ落ちたが、悠斗は自業自得だという思いしか湧かなかったので苦笑いするだけ。


「何すんだよ柊夜!! オレが将来禿げたらどう責任取ってくれるんだ!! それに、オレはこれ以上バカにはなりたくねぇ!!」


 坊主頭に手を当て、キッと睨みつけるように柊夜を見る隆二。

 どうやら相当痛かったようで、片方の目が涙目になっている。

 自分の言葉を棚に上げて、柊夜に責任を追求する隆二は、誰の目から見てもとにかく醜く、このやり取りを見たクラス全員が『可哀想なやつ』と思った。


「安心しろ。これ以上バカになる余地はない。もう十分バカだ」

「坊主だし、禿げても良いんじゃない?」

「二人揃って酷い!! オレをいじめて楽しいのか!!」


 流石に隆二の言葉は暴論であったため、柊夜はサッと受け流して辛辣に返す。

 本来は優しい悠人も一緒になって悪ノリに乗ってくるあたり、だいぶ二人のやり取りの毒されたと言えよう。

 隆二も隆二で、二人が本気で言っているとは思っていないので、そこまで落ち込むことなく反論する。


「それで、結局どうして理事室に呼ばれていたんだい? 柊夜は隆二と違って問題を起こすタイプじゃないだろう?」

「スルーされた挙げ句オレが問題児呼ばわりされた!!」

「いや、事実だろう」

「なんか否定できないのが悲しい!!」


 悠斗や隆二とコメディを繰り広げつつ、柊夜はなんと説明したら良いものか考える。

 それと同時に、播磨理事との別れ際のことを思い出していた。







「そう言えば、だが。凛音は男子生徒にかなり人気で、話しかけるだけでも大変だと思うが、大丈夫か?」

「いえ、問題ありません。その程度でくじけていては、リベルタスの構成員を捜し出すなど、夢のまた夢でしょう」

「いや、まぁそうなのだが。君は一年生の中でも特に目立っているから、凛音との接触は不都合な噂になるのでは?」

「いえ、多分そうはならないでしょう」


 播磨理事が目立っている、の前に容姿でと心のなかで付け加えたのは、柊夜が自分に興味がなさそうだったからだ。

 実際その通りなのだが、柊夜は目立っている、という頃に関しては同意しているので、言葉の選択は正しかっただろう。

 柊夜は、世界のどこを捜しても見つからないであろう圧倒的な美貌を持った何万年に一度の美少女――と、柊夜は思っている――の使用人であり、そのことは学校中に広まっている。

 そんな創作物の中でしか無いような関係が学校に存在しているのだから、目立つのは当たり前だ。


 だが、目立っているからと言って、不都合な噂は流れない。

 

 柊夜は自覚がないため、播磨理事はまだ一年生の状況を把握していないためという理由があったが、二人の預かり知らぬところで、柊夜は学年一位やなんか凄いやつの他に明日香至上主義などと思われている。

 さらに言えば二人の、傍から見ても他を寄せ付けぬ整った容姿を持つ幼馴染がいながら、まるで興味がないような堅物とまで言われており――そう言っているのは某じゃがいも――そんな柊夜が主と幼馴染を放って初対面であろう凛音に手を出すはずがない。


 そんな感じに思われているので、色恋沙汰に絡めた噂など立つわけがないのだ。


 柊夜からしてみれば、妙な信頼をされたものだ、と思っているが、自分の評判が落ちることで明日香に顔に泥を塗るようなことにはなっていないので放置している。

 そもそも、明日香や楓、家に入り浸る幼馴染を除いて柊夜は普段からあまり異性と関わっていないので、だれも恋愛に興味があるとは思えないだろう。


 当然、そんなことを懇切丁寧に説明するわけもないが、普段から播磨理事は凛音と魔法関係で連絡を取り合っているので凛音から学校関係のことも訊いており、見ればすぐに覚えられそうな生徒である柊夜のことが出てこなかったので納得した。


 だが、これだけは、父親の相棒として、伝えておく必要があった。


「くれぐれも、凛音が可愛いからといって余計なちょっかいをかけるなよ? もしそのことが分かった瞬間、君の首と平穏な学校生活は消えてなくなると思え」


 播磨理事は親バカ……ではなく、おじバカ――おじさんバカ――だった。

 後半はともかく、物理的なら前半は怖すぎる脅迫だった。


「当たり前です。万が一私が天瀬先輩に惚れたとしても、仕事に私情は持ち込みません。余計な情は祓魔師にとって足枷になりますから」

「凛音に万が一しか惚れる可能性がないと?」

「……(面倒くさいな)」

「ははは、冗談だ。私とて、ゼロに挑む度胸など持ち合わせていない。首を落とそうとしても、その前に氷漬けにされるだろうからな」

「……どこでそれを」

「なに、この年になると多くのツテができる。そこから色々な情報が入ってくるが、君の特徴はぜろにそっくりだからな」

「追及はしませんが、口外はなさらないでください」

「勿論だ。私は君を敵に回したくはない」







「そうだな、理事の御子息とは知り合いなんだ。それで、少し話があってね」


 何やら柊夜の事情を深く知っているような一言を最後に放った播磨理事のことを頭を振って退散させ、現実に回帰する。

 これ以上は、あの人のことを考えるのをやめようと、俯いていた柊夜は悠斗に目を合わせた。


「そうなんだ。前から思っていたけど、柊夜って意外と顔が広よね。あんまり人と話しているところは見たこと無いし、交友関係は狭そうなのに」

「それは貶されていると受け取って良いのか? 褒めているなら、もっと喜ばれるような褒め方をしてほしいんだが」

「オレはもっと可愛い女の子に褒めてほしい。野郎に褒められたってちっとも嬉しくないね」


 隆二のいつものアホ丸出しの発言は、悠斗が華麗にスルーする。

 それはさながら、車体全てにスプレーで落書きした車に視線すら合わせないくらいの研ぎ澄まされたスルースキルだった。

 もはや、隆二の言葉が聞こえていないのではと思ってしまうくらいに。 


「いや、別に貶しても褒めているんでもなくて、感心しているんだよ。僕は、えっと……女子とはあまり話そうとは思わないし、男子は僕をだしに使って女子とお近づきになろうとしている奴ばかりだからね。柊夜や隆二以外とはあまり話さないから」

「二人さ、オレがせっかくボケたんだからツッコミはいいから反応くらいしてくれない? 無視されるくらいなら罵倒されたほうが良いんだけど?」

「いや、いつもそんなかんじだからボケたとは思わなかった。だからこれからはお望み通り、隆二のことを罵り続けてあげよう。な、悠斗」

「うん。僕は隆二がそんな趣味だと知って引いちゃったけど、親友のためなら仕方ないよね」

「無視されるよりはと言ったんだ!! オレがそんな趣味とは言っていないし親友なら引き止めろ!! あとオレが常にボケた発言をしていると思っているのか柊夜は!!」

「いやだが、ボケに走った発言といつもの隆二は大して変わらないが?」

「……何も言い返せない」


 完膚なきまでに柊夜に正論を突きつけられ、一瞬でノックアウトされた隆二を見た悠斗が柔らかな笑みをこぼす。

 それにつられて、柊夜と、不貞腐れた表情だった隆二も笑い出す。


 ひとしきり笑った後チャイムが鳴り響き、一人だけ席が離れている隆二は何でオレだけと言わんばかりの顔で戻っていった。

 しかも席は教壇の目の前。

 間違いなく、教室で一番不幸であろうその席になってしまった隆二に、柊夜は同情の念を禁じえなかった。


「結局、柊夜はどんな理由で理事と話していたの? 柊夜が理事の息子さんと知り合いっていうのはわかったけど、世間話をしようというわけじゃないでしょ?」


 一時限目の授業である数学の教師が入ってくるまでの間、悠斗は隆二のボケで有耶無耶になってしまった理由を尋ねる。

 悠斗から見れば完全無欠と呼ぶのが相応である柊夜が問題を起こすなど考えられず、それくらいならまだ世間話のほうが信憑性があったが、それも流石にないだろう思っていた。


 誤魔化したはずの話題を掘り返されて少し面倒になったが、かといってうまい誤魔化し方も思いつかず。


「そうだね。……内緒」


 立てた人差し指を口元に持っていき、わずかに微笑んで。

 柊夜は、誤魔化し通すことにした。


 すると効果はてきめんだったようで。


「ずるいな、柊夜は。もういいよ、誤魔化されてあげる」


 眼の前で、滅多に見られない柊夜の微笑みと、普通の人がやればあざとく見えるが柊夜には異様にハマっていた行為が合わさって、あまりの美貌に悠斗が赤面する。

 悠斗だけでなく、近くの男女どちらにも被弾しており、その威力は恐るべきものだった。


 その周囲の反応を見て柊夜は、次からは誤魔化しにこれを使おうと思うのだった。

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