第十五話 協力者の候補

「協力者、ですか? それは少し難しいのでは?」


 突然の播磨理事の発言に、戸惑いを隠せない柊夜。

 全く想像していないものだったが、しかしすぐにそれがほぼ不可能だということに思い至り、即座に否定の言葉を発する。


 それもそのはず。


 協力者と一言に言っても、条件が厳しすぎる。

 ます初めに、既に今この学校で働く、もしくは生徒として所属している者でなければならず、外部から招くことはできない。

 外部から協力者を、何の前触れもなく招いては、確実にリベルタスの構成員に違和感を与え、活動を控えさせることになりかねない。

 そうなっては元も子もない。


 二つ目に、協力者が祓魔師、最低でも魔法を行使できる必要がある。

 リベルタスという組織は強大であり、敵対する一般人など路傍の石を蹴飛ばすように、簡単に始末されてしまう。

 なので、魔法を行使できるなど最低限の自衛ができなければ、この件に巻き込むことができなかった。

 それに、柊夜が魔法を行使できることを口外させないために、お互いが同じ魔法が行使可能という秘密――その協力者が隠していない場合もあるが――を抱えているというのはある程度の縛りとなる。


 三つ目は、その協力者の素性がはっきりしており、裏切る可能性がないということだ。

 いくらこの学校にいて、魔法が行使できようとも、その協力者がリベルタスの構成員だったらそれでこの件は水の泡だ。

 また、この学校、ひいてはこの件に関わった播磨理事の評判を貶めるためにわざと失敗させようとする可能性もある。


 この条件を満たさなければ、絶対に協力者として扱えない。

 いつ寝首を掻かれるかもしれない相手を、どう信用しようというのか。


「確かに、君はそう言うだろうね。君は優秀だ。君の能力からしたら、仲間は足を引っ張る枷でしか無いだろうからな。だが、これは魔物との戦いではない。魔霊との戦いでもない。人手は、多いことに越したことはない」

「ですが条件が厳しく、信用できる人が、ここにいるのでしょうか」

「それがね、いるんだ。条件をすべて満たし、かつ絶対に裏切らないであろう人物が。交友関係も広く、協力者としてはうってつけの人物だ」

「交友関係というと、生徒なのでしょう? そんな生徒が、いるんですか?」


 柊夜には、俄には信じがたかった。

 そんな生徒が都合よくいることもさながら、絶対に裏切らないと断言するということはつまり柊夜と話し合う前に事前に調べていたということも。

 もしそうだとしたら、柊夜は初めから終わりまで播磨理事の掌の上で間抜けに踊っていたということになる。

 感情が薄いと言われている柊夜でも、それは屈辱だった。


 だが、柊夜のその心情を察したように、播磨理事は否定の言葉を重ねる。


「あぁ、別に君が来る前から協力者を探していたわけではない。ただ、その人物のことは昔から知っていたと言うだけだ」

「昔から、とは?」

「その言葉通りの意味だ。私はその子を、この学校に入学する前、私がこの学校の理事となる前、私がまだ、警察の職に就いていたときからな」

「そのような生徒が……。ならば私もひとまず信用しますが、その生徒の名前を教えてもらってもよろしいでしょうか?」

「あぁ。その子の名は、天瀬凛音りおん。三年B組だ」


 ――天瀬。


 その言葉を訊いた時、柊夜は何故ここまで播磨理事が信頼を置くのかを悟った。

 その名字、そして、警察官時代からの知己。


 それが意味することはつまり。


「察したようだね。君の想像通り、私の相棒、天瀬來樹が残した立った一人の娘。今は亡き彼の、忘れ形見だ」




    ◆◇◆◇




 播磨良治が天瀬來樹と出会ったのは、警察の魔法犯罪課に所属してから十年経ち、厳しい業務に慣れベテランと呼べるほどになって来た頃だった。

 

 利発そうな、そして少年のようなどこかあどけなさが残る顔立ちは、屈強な魔法師が集まる魔法犯罪課の中では異端だった。

 こんな、凶悪犯罪と関わる部署には不向きなのではないかと、良治を含めて誰もが思った。


 ――だが。

 それはすぐ間違いだと、全員が知ることになった。

 

 簡単に犯罪者の所在を突き止めるその手腕、情に流されず、冷徹に追い詰めるその姿は、まさに凄腕の警察官だった。


 そんな彼でも、戦闘に関しては苦手だったようで、魔法技能は情報収集に長けた才能を持っていたため、戦闘技術に優れた良治と組むことになったのは、必然だった。

 來樹が犯罪者を突き止め、良治が戦い捕縛する。

 まさに最高のバディとして、二人は次々と功績を上げていった。


 そんなある日。


「良治先輩、今度の休み、うちに来ませんか? 丁度僕達が組み始めて二十年ですし、そのお祝いも兼ねて、先輩の家族とBBQでも」

「それもいいな。ならば今度、私の妻と息子を連れて行こう」


 良治が五十二歳、來樹が四十二歳だったその年、二人が組み始めて丁度二十年となる年だった。

 魔法犯罪課に所属する警察官は、魔法師が決定的に不足しているというためその階級にかかわらず常に犯罪者と実戦を行っている。


 そのため既に警視正にまでなっていた良治や、警部であった來樹がこうして共に食事をしながら話しているのも珍しくはない。

 また、魔法犯罪課の警察官は常に命を張って仕事をしているため、仲間意識が高く、仲がいいためこうして食事をすることも多かった。


 だが今回のように、來樹と家族ぐるみでBBQというのは長年仕事をともにしてきた良治も初めてのことだった。

 それでも、頼れる相棒の家族との親睦を深める機会を逃すはずもなく、良治は一も二もなく賛成した。


 そして、その休日の日。


 良治は、二十六歳となった息子と妻を連れて、大きい庭がある來樹の家へ訪れた。

 良治は何度か天瀬邸へと訪れたことがあるが、もう既に最後に訪れてから十年近くが経過しており、かなり久しぶりのことだった。

 それに、家族を連れて、というのは初めてであり良治もかなりこの日を楽しみにしていた。


 良治と來樹の妻はお互い警察の夫を持つ者同士で気があったのか楽しいそうに談話している。

 良治の息子、怜治は、次々と焼き上がる肉を先輩である來樹と一緒に必至で頬張っている。


 良治は、十三歳となった、來樹の娘、凛音と語っていた。


 來樹の妻に似て、ふわふわとした笑みを浮かべる容姿は整っている。

 性格も社交的で、まさにモテるタイプそのものだ。


 そんな彼女から、良治は相談を受けていた。


「わたし、お父さんと同じように魔法の才能があるみたいなんです。でも、お父さんと違って、白いふわふわしたものが見えて。お父さんは、気の所為だって言うし、偶にしか見えないから私も最初は気にしていなかったんですけど、でもあまりにも何回も見えて。これって、魔法師としてなにか欠陥があるんですか?」


 曰く、彼女には、他の人には見えない白い何かがみえる、と。

 自分の周りには、そんなものが見える人などいなく、誰にも打ち明けられないと。

 來樹――自分の父親から、良治は魔法に関しては自分より詳しいから訊いたら良いと。


 その話を訊いた時、良治は驚きに目を見張った。

 

 來樹よりも長く警察職に努めている良治は、裏で祓魔師という存在が世界を守っているということを知っていた。

 そんな祓魔師が魔法師と違う特徴と、凛音の症状が一致していたのだから、驚いて当然だった。


「そうだね……。まず、凛音の症状は、欠陥ではない。むしろ、他の魔法師よりも優れている」

「本当、なのですか?」

「あぁ。霊子は、知っているよね?」

「はい。お父さんから、魔法の鍛錬の手ほどきを受けることもあるので、その際に教えてもらいました」

「君が見えているそれは、霊子だ」

「え……。でもお父さんは、霊子も霊界も、魂も、見ることも訊くことも触ることもできないって……」


 一瞬、良治は隠すことも考えたが、凛音は祓魔師という魔法師よりもさらに数が少ない逸材であるため、ここは素直に打ち明けたほうが良いと判断した。


 だが凛音は、父親から教えられた魔法師についてが間違っていることが信じられなかった。

 尊敬する父親が、間違えるなどあり得ないと思ったのだ。


「それはね、魔法師の特徴だ。魔法師は確かに、霊子を認識できるけど見ることはできない。でも偶に、霊子を見ることができる才能を持った人がいるんだ。その人達はその特異性から一般人には秘匿されているんだ。お父さんにもね。その人達には、魔法師とは違う、別の仕事があるから。そんな人達をね、祓魔師、と言うんだ」

「ふつ、まし?」

「そう、祓魔師。凛音がどんな道を進むかはわからないけど、祓魔師は魔法師よりも数が少ない。だから、祓魔師として生きていくことも、考えてほしい」


 良治がそう言うと、凛音は考え込むように俯いた。

 良治はそんな彼女を、優しく見守る。

 

 そしていくばくかの時間の後、凛音は。


「祓魔師は、お父さんみたいに、人々を助けることができますか?」


 父親のようになれるかと訪ねた。


 そんな彼女の問いに対する答えは決まっていた。


「あぁ。祓魔師は、人々が知らない脅威と常に戦っている。人々を、守っているよ。自分の命をかけて」

「分かりました。わたしは、祓魔師になります。そしてお父さんのように、人々を助け、守るために、戦います」

「そうか。きっとお父さんも喜ぶだだろう。いつか、そのことを伝えてあげなさい。凛音の選択を、応援してくれるだろう」


 肯定して頷く良治を見て、凛音は祓魔師になることを選んだ。

 

 ――だが。


 凛音の決断を、自分の父親に伝える前に。

 來樹は、リベルタスの手によって、帰らぬ人となった。


「お父さん。わたしは祓魔師になるよ。でも、魔霊だけじゃない。リベルタスも、お父さんの敵を、必ず討つからね」




    ◆◇◆◇




「私は、彼女なら協力者として十分だと思うよ。彼女はリベルタスに対して恨みがある。それに、祓魔師の才能を有している。信用、できるのではないか?」


 柊夜は、良治から彼女の話を訊いた。


 リベルタスへの恨み。

 

 柊夜と、同じだった。


 自分と同じ境遇で、必死に戦ってきた、それもまだ学生の彼女を、信用できないとはもう言えない。

 柊夜の中で、彼女への疑いは晴れた。


「分かりました。俺も、天瀬さんを協力者として依頼することにします」

「よろしく頼むよ。私は、この理事という身分もあって大手を振って行動はできない。補助はこちらに任せてくれて構わないから、君達は容疑者を絞り込んでくれ」

「分かりました。ひとまず、今日中に接触して、協力を取り付けます」

「もし、断られるようなら、私からも頼もう。あの子は、私の頼みを無下にはできないだろからな。まぁ、そんなことにはならないだろうが」


 確かに、自分の道を示してくれた恩人の頼みは断れないだろう。

 ただ、彼が頼まずとも、リベルタスが関わっているとなれば協力してくれるだろうが。


 それから二人は、ある程度の話し合いをして。


「容疑者の絞り込みの後は、また後日考えましょう」

「あぁ、そうしよう」


 柊夜は、取り敢えず話がまとまったと、理事室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る