第十二話 からかい大好き幼馴染み

 魔霊を倒した翌日。


 カラッと晴れた晴天の日、柊夜はいつも通り明日香が、リムジンほどではないにしろ、雰囲気のある黒塗りの送迎自動車に乗り込むのを見届けた。

 笑顔で手を振る明日香に、柊夜はノーマルフェイスの真顔で振り返し、自分も学校へ行く準備をし始めた。


 星丘高校は、部活動の朝練習や図書館で勉強しようとする生徒のために午前六時頃から生徒玄関が開放されている。

 特に、インターハイの全国大会がある部活は、朝の段階から早く登校して練習をしているものもある。


 そのうちの一つが、明日香が所属する女子バトミントン部であり、個人では明日香と二年生の先輩、そして団体でも出場予定であり、全国大会でも勝ち上がるため、夏の期間はこうして朝から登校しているというわけだ。


 勿論、柊夜が明日香を見送る必要は全くないのだが、午前五時には起きてランニングや筋力トレーニングをしている柊夜にとって苦になりはしないので、明日香が出発する時刻になるとこうして羽柴邸へ駆けつけている。

 朝っぱらから羽柴邸へ入ることができるのは、門の電子キーを譲渡されているからであり、柊夜は遠慮していたのだが明日香の強い押しもあって今では毎日来ている。


 明日香を見送った後、本来なら美波や結珠葉と一緒に登校するのだが、今日は学校で色々調べたいこともあり、二人に連絡して先に家を出ることにした。


 基本的に、二人は柊夜の自宅で朝ごはんを食べていくため、朝から顔を合わせるのだが、柊夜が先に家を出る旨を伝えると、何やら勘ぐったように、ジロリ(ー_ー;)と柊夜の顔を覗き込み始めた。

 明らかになにか余計なことを考えていそうな顔だったので、柊夜は何か言われる前に身の潔白を証明しようとしたのだが……。


「少し調べ物があるだけだ」

「別に訊いてないわよ。先回りするなんて、なんか疚しいことでもあるのかしら?」

「いや違う」

「否定が早いですね。やっぱり何か隠しごとがあるんじゃないですか? 人に言えないようなことを……学校で……女の子と教室で二人きり……ハッ!! 柊夜さん――」

「いや違う。断じて違う」


 柊夜の予想通り、どちらも見事に邪推をし始めたので、強めに否定しておく。

 そうしなければ、またからかわれるのは必至だからだ。

 そう考えたのだが、口が扇風機の羽よりも回る幼馴染がこれしきのことで質問というの名の口撃が緩むはずもなく。


「わたし、まだ何も言ってませんよ? 柊夜さんは一体何を想像したんでしょうか? やっぱり、そういうことですか?」

「そういうことって、どういうことだ? 俺はただまたおかしなことを言われると思って先に釘を差しただけだ」

「……。でも、柊夜って異性に興味なさそうだし、朴念仁だし、明日香至上主義だし。そもそも私達に手を出してこないって結構異常じゃない?」

「最後の方はともかく、教育方針はあの羽柴家ですから、性に関する知識が欠落していてもおかしくないですね。柊夜さんは周囲の人ともコミュニケーションを取っていなかったですし、知る機会とかなかったんじゃないですか?」

「確かに。柊夜ってよく頼られるけど、仲のいい友達とか少なそうだもんね。だからここまで純粋無垢に育ったのかしら」

「……はぁ。俺を置いて話を進めるな。というか、さっきから悪口しか聞こえないから、もう学校行っていいか?」


 ボロクソに悪口としか思えないような単語を並べられ、挙句の果てには柊夜を置いてけぼりにして囁きあっている幼馴染を見て、呆れ混じりに首を振った。

 思わず溜め息をついてしまうのは仕方ないだろう。


 実はもう既に、この邪推好きの幼馴染二人が柊夜を置いてって話し込んでしまうのはいつものことであると割り切ることができているので、いちいち反応したりせずにスルーする能力を身につけていたりする。

 我ながら嫌な能力だな、と柊夜は思っているが、意外と重宝している。


「えぇ、こんな美少女の幼馴染を二人も置いて行って勝手に一人で学校に行きたいならそうすれば良いじゃない。私達に許可を取る必要なんて無いのよ」

「そうですよ、わざわざ話に来なくても、柊夜さんがしたければすればいいのです。その結果わたし達を蔑ろにしたとしても」

「二人して酷い言い草だな。俺がいつ蔑ろにしたんだ? それに、なにか不満があるなら言ってくれればいい。その美少女な幼馴染とやらを大切にするよう、極力矯正するようにするから」

「……柊夜って、無駄に素直よね」

「素直になったほうが良いと、俺は過去に学んだからな」

「でもそのせいで、私達の口撃が優勢でしたのに、一気に逆転されてしまいました」

「ん? まぁいいけど。それじゃあ、行ってくる」


 最後の方は頬をりんごのように赤くしてすぼまってしまってので何を言ったのか聞き取れなかったが、どうせ碌なことじゃないだろうと無視することにした。



 せめて反撃はしようと、柊夜自身は不気味であると思っている笑みを浮かべて、玄関の扉を開け外に出た。

 ……しかし。


「か、かわ……!!」

「やば、写真取ればよかった……」


 柊夜が不気味な笑みと思っているその笑顔は、普段笑い慣れていないせいか、口角があまり上がっておらず、ただの微笑みにしかなっていなかった。


 手を振り家を出ると、何やら胸を撃ち抜かれたように崩れ落ちた美波と結珠葉の姿があったのだが……。

 柊夜は一度も振り返らなかったので、二人が顔を赤くして呟いた言葉訊くこともなく、崩れ落ちた姿も見ることはなかった。







「あ……。朝食食べるの忘れていたな。どうしようか……コンビニで済ますか」


 朝食を食べるのを忘れていた柊夜は、本来なら栄養バランスや食品添加物等の問題点からなるべく避けていたコンビニでサンドイッチを買うことにした。

 レタス、卵、ハムが挟まった三種の具材で、一応タンパク質や炭水化物、食物繊維を補給することにした。

 絶対値が少ないので、あまり補給にはならないだろうが。


 サンドイッチを片手に駅まで向かいながら、柊夜は昨日の播磨の言葉を思い出していた。        


『星丘高校に、リベルタスが潜入しているらしい』


 今考えても、俄には信じがたい。

 どこからの情報源からはついぞ開示しれもらえなかったが、一応は信頼できる情報筋であることは確からしい。

 この際、リベルタスが本当に星丘高校に潜入しているかは置いておくとして、その目的もあまり信じられたものではない。


 リベルタスは、今一万円貰うか来月一万二千円貰うか問われたら、真っ先に前者を選ぶような、良く言えば即断即決、悪く言えば短慮な組織だ。

 そんな組織が、将来重要な企業のトップに立つであろう子供達の育成を行うなど……柊夜にはあり得ると思えない。

 育成でなくとも、洗脳のような手段でリベルタスの資金源となるように傘下へと入らせるかもしれない。


 柊夜は、魔法による洗脳のような手段で人格を変えられていた場合、瞬時に気づくことができる。

 魔法による人格の改変は、魂に大きく影響を与えるため、記憶領域などを精査することで意思領域内の今の人格との矛盾点を見つけることができるからだ。

 魔法でなくとも、通常の暗示などによる洗脳でも、現在の人格を観察して、おかしなところがないか記憶領域を覗くことで気づけるが、魔法の場合よりも時間がかかる。


 だがもし仮に、洗脳ではなく、純粋に心から心酔していた場合、それが本人の意志である以上、意思領域と記憶領域の矛盾点は見つけられない。

 そうなった場合はお手上げだ。


 だからこそ、この高校のトップに座する男の元を尋ねることにする。


 柊夜とその男に面識はないが、とある人物の仲介を経ていた。

 その男は長年リベルタスを追っていた魔物対策課と並ぶ大きな部署、警察庁魔法犯罪課に所属しており、なんのコネもなく警視正まで上り詰めた実力派らしい。

 魔法技能に長け、数々の魔法犯罪者による犯行や特殊テロなどを未然に防いできたと言っていた。


 今はこの学校の理事を務めており、日本の犯罪を取り締まるのではなく、犯罪が起きない国へと変えるため教育現場に身を置くことにしたということだ。

 役職が理事なのは、輝かしい経歴を持つその男に気を遣ったからだろうか。


 当然、そんなお偉い男に何のアポもなしに面会できるわけがない。

 そのため、ひとまず職員室で許可を取ろうというわけだ。

 一応、理事の息子である彼から、紹介状は貰っている。

 後は、職員室の先生方が顔を繋いでくれればそれで万事オッケーである。


 考え事に耽っていた間に学校に到着いた柊夜は、職員室へ向かうため、三年生の教室が並ぶ廊下を歩いていたのだが……。


(「ねぇねぇ、あの子鷹橋くんじゃない?」)

(「うわー、噂に聞いていた以上だね」)

(「珍しく今日は一人みたいだけど、声かける? 彼、勉強めっちゃできるらしいし、勉強教えてって言ったら教えてくれるかも」)

(「そんなわけないでしょ。余計なことしたら、あの子達にマークされるよ。この前カラオケにでも誘おうとしてた私の友達がイケメン怖いって連呼するようになったんだからね」)


 などと、三年生の女子生徒が熱っぽい目で柊夜を見ていたり。

 

(「まじか、あんな奴いるんだな。創作の中だけじゃないんだな」)

(「マジで神は不公平だ。容姿に、身長に、それに勉強。あいつ二位を寄せ付けないぶっちぎりの学年一位だったぞ」)

(「しかも、バドミントンの大会、男子で一人だけ全国大会の出場権を持っているらしいぜ。朝練は女子しかいないからって言って遠慮してるらしい。俺だったら絶対混ざるのに」)

(「それな。でもさ、あんなパーフェクトスペックなのに、今まで一人も彼女いないらしいんだよね」)

(「マジで!! だから女子があんな猛獣みたいな目をしてるんだ……」)

(「彼女はほしいけど、あそこまではいいかな」)

(「同感。修羅場になりそう」)

(「そうだな……って、お前彼女持ちだろ!!」)

(「ふふ、非リアの羨望の眼差し、気持ちいい――あっ、ちょっ、やめっ。ごめんって――」)


 などと三年生の男子生徒が羨望のこもった眼差しを向けていたり。


 三年生の廊下は、まだ通常登校時間より前だと言うのに、かなりの賑わいを見せていた。

 その誰もが柊夜を様々な感情で見つめており、さながらアイドルが東京の中心に現れたときのようだ。


(俺のことを言っているというのは分かるが、一体何のことを言っているんだ? そんな目立った覚えはないし、三年生に顔を覚えられるようなことをした記憶もない)


 しかし、何故自分が見られているのか、自分に興味がない柊夜がその理由に気がつくのは、かなり時間がかかりそうだった。

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