第十一話 魔霊の儚さ
魔霊の三つの目が瞬きする。
その直後。
光の奔流が柊夜の視界を埋め尽くした。
(エネルギー指向反転障壁では時間が……受け止められない!!)
そのあまりにも膨大な
魔法は、改変する
魔霊が放ったエネルギーを収束した光線を受け止めるには、術式構築の時間が足りず、間に合わずに直撃を受けるだろう。
「なら、これで」
その言葉とともに、柊夜の前を囲むように半球型の障壁が現れた。
魔霊の放ったエネルギー粒子砲が障壁に衝突すると、そのエネルギーは半球型障壁の面を滑るように、全方位へと拡散していく。
エネルギー拡散障壁。
運動ベクトルの反転させて敵の攻撃と相殺させる魔法ではなく、エネルギーの指向を障壁の面に並行になるように全方位へと拡散させる魔法。
相手の力を弾き返すベクトル反転の魔法とは違い、全方位への拡散という一方向に拘らない受け流す魔法のため比較的干渉力は求められず術式構築時間も短く済む。
「チッ、思ったよりも厄介だ」
しかし、相殺ではなく受け流す魔法であるため、その受け流したエネルギーは周囲へ放たれ、建物を破壊していく。
簡単に鉄骨で組まれたアパートを融解させた魔霊のエネルギー粒子砲の出力を見て、柊夜は一際切れ長の目を鋭くした。
「ぐえぅしゔふぇあおしね」
魔物とは違い統一性のない、ただの音を発しながら、魔霊は大きく蠢いた。
そのあまりにも不気味な、寒気を引き起こす表情が、柊夜に眠るほんの僅かな恐怖の感情を刺激する。
「さっさと終わらせたほうが良いな」
柊夜は、これ以上魔霊と関わると精神がおかしくなりそうだと、さっさと始末するようと思い、右手を翳した。
その柊夜の動きと、魔霊がエネルギー粒子の塊を放ってきたのは同時だった。
今度は、先程のエネルギー出力もなければ、防御する時間もあったので、周囲の被害を出さないようにベクトル反転の魔法で対抗する。
次々と、連続で放たれる真っ白な光の弾を、苦もなく弾いていく。
その攻防に苛立ったのか、未だ柊夜を仕留められないことに腹が立ったのか、魔霊は一歩前へ足を進める。
だが魔霊は、柊夜の全く怯まない、感情を窺うことのできない表情を見て、無意識のうちに数歩下がった。
そしてそのすぐ、最初に放ったエネルギー砲以上の圧倒的な出力の光が、柊夜めがけて直進する。
しかし柊夜は、先程使ったどの障壁も展開せず、ただ右手を翳すだけ。
このまま、後ろの住宅もろとも飲み込まれ消滅すると、思われたが。
「近接タイプではない、エネルギー砲を主力とする遠距離タイプ。負の感情は、怯え、だろうか。どのような背景でこれが生まれたのか、調べないとな。取り敢えず今は」
柊夜に命中する、その直前。
一歩でも動けば顔に衝突するその距離で、エネルギー砲がの直進が、消えることなく、その場に留まるように止まった。
驚きに目を見開く魔霊。
これが、柊夜の本当の魔法。
魔法の才を持つ人は稀に、六歳を迎えたその瞬間、術式構築領域に特定の魔法の術式を保有することがる。
その魔法は常に領域内で術式が構築された状態にあり、他の会得した術式と違って一から構築する時間が必要ない、すなわち発動する意思一つでその魔法を一瞬で行使できる。
その先天的に備わる術式を先天性術式と呼び、その術式による魔法を真性魔法と呼ぶ。
逆に、努力して後天的に身につける術式を後天的術式と呼び、その術式による魔法に特別な呼称はない。
そしてこの事象を引き起こした柊夜の真性魔法。
それは、あらゆる事象の停止だった。
この場合、エネルギー砲の直進するという事象を停止させられたことにより、ずっとその場に留まっている状態になっている。
この魔法の影響下にある限り、決して進むことも消えることもできない。
「これで、サヨナラだ」
驚愕し固まる魔霊を対象として、柊夜は停止の魔法を行使する。
その瞬間、魔霊に関わるす全ての事象が止まった。
瞬き一つすらせず、
文字通り、全てが止まったのだ。
スタスタと、この魔法が短時間で元に戻ることはないと分かっているからこそ、ゆっくりと魔霊に歩み寄る。
故に、肉体を吹き飛ばせば、すべて終わる。
「さようなら。せめて来世は、幸せに」
そう言って、柊夜は十数メートル離れた場所から、物界に具現化した魂を見て、そこめがけて
その砲弾は真っ直ぐ魔霊を撃ち抜き、魂を貫通する。
魂が破壊されたことにより、魔霊を構成していた
その場で、爆発が起きると、後には何も残っていなかった。
魔霊の肉体は
つまり、魔霊へと転じた人は皆、塵一つ残らず、爆発し消える。
それがどうしようもなく、柊夜はやるせなく思った。
人だった頃は傷つき苦しみ、この世界の不条理と理不尽さに涙していたのかもしれない。
かもではなく、おそらくそうであったのであろう。
そうでなければ、魔法の才能を持たずに、負の感情のみで世界を変えることなど出来はしない。
柊夜の同僚の中には、魔霊を人から魔へ堕ちた異形で、怪物で、悪魔だと蔑み、滅ぼすことに何の感慨も浮かばない人もいる。
むしろ、そういう人のほうが多いだろう。
祓魔師は殆ど、魔霊に身内や大切な人を殺された人だからだ。
だが、柊夜は、自分だけはせめて、魔へと堕ちてもなお世界へ復讐せざるをえなかった彼らの冥福を祈る。
柊夜は神を信じたりはしていないが、この時は、来世ではちゃんと人生を謳歌できるようにといるかもわからない神へと祈った。
創作物の中では、魂が破壊されたら転生などできないと思うかもしれない。
だがあくまで、魔法師や祓魔師の業界における魂とは、
だからきっと、本当の魂と呼べるものがあるかもしれない。
柊夜は、そう信じていた。
そうでなければ、魔霊は報われない、永遠に。
仮にそうであったとしても、柊夜は、この世の不条理と理不尽に抗った人がいたということを、決して忘れないようにと思った。
これまでも、これからも。
その意思を確認して柊夜は、魔霊を倒したことを祓魔師を統率する組織へと電話をかけた。
「もしもし、鷹橋です。避難区域に指定されていた場所で発生した魔霊の消滅を確認しました。損害は通常時よりは軽微であるため本官の修復活動への参加は必要ないと判断し、これより撤退します。後始末は本業へ任せます」
『ご苦労様でした。事後処理部隊を派遣しますので、貴官の参加は必要ありません。撤収していただいて結構です。なお、戦闘記録より、魔霊の脅威度を割り出した後、報酬を振り込みますので多少の期間があくことはご了承ください』
「問題ありません。それでは」
その組織のオペレーターから発せられた、無機質な声といつも通りの受け答えに苦笑しながら、柊夜は戦闘現場を後にした。
その足取りは、どこか憂いを帯びているようで、悲しげでもあった。
人の死に関わる仕事なのだから、当たり前なのかもしれないが。
柊夜が去った後、黒塗りのワンボックスカーとトラックが倒壊した住宅の中心へ止まり、その中から車と同じく黒塗りの統一された服を着た人達が出てきた。
その人達が、オペレーターの言っていた事後処理部隊である。
避難勧告が解除される前に、祓魔師と魔霊による戦闘により生じた瓦礫などを撤去することを仕事とする。
その仕事は誰にも認知されることはなく、暗い夜の中、ひっそりと行われる。
誰も気づかないように。
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