第十話 その者の名は
羽柴家の家人から緊急の用事で一時外出した柊夜。
その場に残された美波、結珠葉、楓の三人は、既に晩ごはんを平らげたのにもかかわらず、まだ食卓を囲んでいた。
それもどこか重たい雰囲気であり、これから重要な会議でも始まりそうだった。
「無自覚って怖いですね」
「本当よ。何度私が明日香のために協力して柊夜に群がろうとする女子を牽制してきたと思っているのよって言いたいくらい」
「柊夜さんのお友達の、桐原さんも大概でしたが、それに並ぶくらいでしたし」
「中学でも、時々兄さんの話題が出ることがある。毎回、同級生とか、モテたい男子とかから『お兄さんを紹介してくれ!! 彼女がほしいんだ!!』って頼まれるし」
重たい雰囲気なのは間違いなかったが、始まったのは重要な会議ではなく、柊夜に対する愚痴のオンパレードだった。
柊夜は、自分が冷めた性格であることを自覚しており、むしろ冷めたどころか達観している、悟っているとさえ思っていた。
そんな自分は、悠斗と違ってあまり好かれないだろう、と考えているが、それは完全なる勘違いであった。
小さい頃から、泰然自若を体現したかのような冷静沈着ぶりは、柊夜の冷たい美貌と相まって、考え込むときなどは、触れれば壊れてしまいそうで幻想的ですらあった。
それ故、女子生徒の間では柊夜をアンタッチャブルとして、YES柊夜NOタッチのような暗黙の了解まで生まれていた。
柊夜が告白されたことがないのは、関わってきた女子生徒が『好き』というより『崇拝』と呼ぶ方が正しい感情だったからだろう。
当然、誰とは言わないが四人の少女が睨みを効かせていたというのもあるが。
逆に悠斗は、何でも笑顔で答えてくれる性格から、一瞬でハートを撃ち抜かれる女子生徒も多く、今まで多くの告白を受けていた。
「へぇ、女子だけでなく、男子からも相談されるんだ。どういったことなの?」
楓の発言に、興味を持った美波が小首をかしげる。
その表情は、まるで面白いものを見つけたとはしゃぐ子供のようにキラキラとしており、柊夜をからかおうとする心情が如実に現れていた。
「兄さんって、色んな人から頼られているでしょう? 先生にも相談されていたし」
「そうね、同じクラスになったときとか、よく他の同級生に相談されていたのをよく見かけたわ」
「わたしも時々、柊夜さんに相談したいから仲介をしてくれと頼まれることがあります」
「それで、兄さんに相談したら悩みが解決するって周りの人に思われているらしくて。だから男子が、モテるためにはどうしたら良いのかっていうのを訊きたいらしい」
それを訊いた美波と結珠葉の顔が、柊夜をからかう格好のネタを見つけたことを隠そうともしない、ニヤニヤとしたものへと変わった。
どんなことを教えてあげたのか、それでイジろうとしているのがまるわかりだ。
そんな二人の心情を察知したのか、楓は呆れたように首を振った。
「兄さんをイジるのもいいですけど、程々にしてくださいね」
「楓は、本当に柊夜のことが好きなのね。そんな心配をしなくても、弁えているわ」
「ご、誤解を招くこと言わないでください!! それだとまるで……。まるで…………」
「誤解? 楓は柊夜さんが嫌いなのですか?」
「そういうことじゃなくて、確かに頼りがいのある兄さんのことは好きですが、それあくまで兄妹の範疇であるというか、その……」
「自然に惚気けられたんだけど」
「仕方ないですよ。楓はブラコンですから」
「……次からは、夕食を二人分にします」
「「ごめんなさい!!」」
拗ねてしまった楓が二人に夕食を作らない発言をすると、雷も真っ青になるほどのスピードで、頭を机にぶつけるんじゃないかと心配するほど勢いよく頭を下げた。
その姿は、年上としての威厳など微塵もなく、逆に楓が白けてしまうほどだ。
楓は、年上の二人よりも序列が上だったのであった。
柊夜は、羽柴家ではなく、その逆方面へと疾駆していた。
羽柴家の急用、となっているが、それは三人を騙すための方便で、柊夜の本業を果たすために暗い夜道を進んでいた。
そのスピードは、自動車の数倍はあり、当然のように魔法を行使している。
辿り着いたのは、都市部から離れた閑静な街で、一つ一つの家が数十メートルは離れている。
これも人口減少における過疎化の影響なのだが、今の状況は柊夜にとってありがたいものだった。
見えてきたのは、一定区画の住民が避難した後の閑静な住宅街と、それを囲む異様なな雰囲気を持つ複数人の大人達。
その誰もが、じーっと穴が空いてしまいそうになるほどに真正面を見据えており、そこに何かがあるのは誰の目から見ても明らかだった。
「鷹橋柊夜、現着しました」
「あぁ、鷹橋さ《・》ん《・》か。よく来た」
そこに柊夜が入り込むと、隣に立つスーツ姿の男性が一瞥もせず鋭い眼光を前に向けたまま、足早に着た柊夜をねぎらった。
そのことに不満を言いもせず、柊夜も、この場にいる人達に倣い真っ直ぐ前方を見つめる。
「予想時刻は?」
「あと数秒」
端的な会話が交わされ、そしてそのすぐ直後。
近くに駐車してあった大型自動車が、柊夜達めがけて勢いよく吹っ飛んだ。
それを見た柊夜は右手を前に翳し、運動ベクトル反転の魔法を行使して大型自動車の衝撃を難なく受け止める。
「来ましたね」
「あぁ、後は頼んだよ。鷹橋さん」
「任せてください」
その短いやり取りの後姿を現したのは、魔物よりも遥かに、人間を心の底から嫌悪させるような見た目の異形の怪物だった。
二メートルほどの、人間からしてみれば巨体の灰色の身体に、全身に入れ墨をしたような黒い螺旋の模様。
おぞましい目は顔に三つついており、腕も首の後ろにもう一本生えている。
魔霊。
魔物が現れる遥か昔から存在する、人間の敵。
死んだ人間が強い感情、それも負の感情を抱いた時、それが魂に反映される。
そのとき、
それは、魔法を使うものが、
また、
だが、その知識がない非魔法師の死に際の意識、正の感情よりも遥かに強い負の感情からくる『死にたくない』という思いが
一般的な表現をするなら、幽霊だ。
幽霊と言っても、その存在は創作物に出てくる人を脅かしたりするような生易しいものではない。
魔霊は、
魔法師のような精緻に構築された術式などを介さず、その感情だけで
つまり魔霊とは、自身が生き残るための魔法そのものだ。
肉体を失った後も、生きたいという感情が
肉体全てが
魔霊をこの世から消し去る方法は唯一つ、魂を消滅させることだ。
魂が、魔霊の肉体の基となる
魔霊は負の感情に従って生きているので、魂の中にある感情領域が消滅すれば、
本来は
だから、魂を攻撃すれば、魔霊を倒せる。
だが、それが一番難しい。
そんな霊感を持つ人の中で極稀に、
そんな存在を。
「ここからは、祓魔師の出番です」
古来から人々は、祓魔師と呼んだ。
「来たんだね。なら私達の役目はここまでだ。逃げ遅れた住民を避難させることにするよ」
柊夜の前に到着していた数人のスーツ姿の男らは、魔法の才を持つものの、魔霊を見ることはできない。
だが、周囲の住民の避難誘導はできるため、魔霊が現れた地域を封鎖していたのだ。
魔霊が現れたのを感知する、つまり高密度の
出現を感知すると、関係各所に通達され、出現区域に避難勧告が出される。
しかし、一般人は目に見えない魔霊の存在を知らないため、危機意識が足りずに逃げようとしない人もいる。
そのため、スーツの男達が現場で祓魔師が来るのを確認し、そんな人達を避難させている。
そして、その場に残された柊夜と魔霊。
様子見を決め込んでいた魔霊が、動いた。
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