第五話 男のツンデレは誰得
「ブフッ、まじかよ。今どきそんな自信過剰な男がいるなんてな。オレだったら恥ずかしくて悶絶しながら転げ回る自信があるぜ」
「あんまり言わないであげろ。確かに無様だったが、そもそも明日香様に釣り合うと思っているところから勘違いしているみたいだったからな。大衆の前で恥をかいてくれて、正直すっきりした。それでも、女子人気はあるようだけどな」
柊夜は、播磨に先程あった木村先輩玉砕事件の一部始終を語り、それをネタに盛り上がっていた。
正確には、盛り上がっていたのは播磨だけだったが、柊夜も少しは楽しんでいるのも間違いなかった。
「はぁ、イケメンはそれだけで得だよな。オレみたいのは努力しないと報われないってのによ」
「そうだな」
「はぁ? 何言ってんだお前」
「は?」
木村は確かに無様を晒しはしたが、色男である彼はその
結局は、顔だ。
その事実に、柊夜は気づいてしまった。
それが理解出来たのか、播磨は努力云々について悲しい現実を悟っていた。
しかし、それを肯定した柊夜には辛辣な態度をとる。
何故なら、播磨から見れば柊夜は十分リア充のグループに属しているからである。
少なくとも播磨は、リア充でなければ明日香のような妖精のような美少女の使用人という立ち位置にいることはできないと思っている。
播磨は非リアだった。
それは、現在進行形で続いている。
「まぁ、それはともかく。お前がちゃんとした高校生活を送れているようで何よりだよ。ただでさえ、お前の立場は異端も異端なんだからな。なるべく平和に過ごしてくれよ」
「……当然だ。明日香様の平穏は俺が必ず守る」
「いや、そっちじゃなくてお前の……まぁいい。頼むぞ」
「……今日はやけにしおらしいな。何かあったのか?」
珍しく播磨が柊夜の心配をしたので、少し言葉に詰まる。
いつもなら、悪態の一つや二つ、百くらいはついているのだが、どうしてか今日は少しばかり神妙な雰囲気を醸し出している。
それは、一日二日程度の付き合いでは見抜けないであろう誤差のレベルだったが、柊夜は播磨とはもう既に二年以上の付き合いとなっている。
これくらいの違いなら、柊夜にも感じ取れた。
「はは、何だ、分かるのか。ま、何だ。それも今日の本題と関わってくるから、取り敢えず用件を伝えようか」
「あぁ、頼む」
播磨の妙なしおらしさは、今日柊夜を銀座に呼びつけた用件と関係していた。
ヘラヘラとしていながらも不敵な態度を崩さない播磨にはあまり見られない言動に、柊夜の気も引き締まった。
「まず、一つ目だ。今日の午後三時、都市防壁のセンサーに引っかかった魔物がいる。どうやって掻い潜ったかは未だ不明で、その点も含めて上はC級認定してな。ついさっき連絡があった。そしてそれを、お前に依頼する、ということだそうだ」
「だからそれで遅れたのか。だが、俺は便利屋じゃないんだが」
「仕方ねぇだろ。上はお前んとこの地域の保安は完全にお前に頼り切りだ。ただでさえうちの業界は人手不足は深刻なんだ。一度甘い顔を見せたのが運の尽きだったな」
都市防壁。
それは、魔物の侵攻から人類を守護する最後の砦。
魔物の発生以前と比べて遥かに小さく縮小した世界中の人類の生活圏を囲う、城壁とも呼べる大きな壁である。
魔物は例外を除いて基本的に森林や海中などの人の手の及ばない自然の中で発生する。
都市の中の緑が残る地帯でも稀にあるが、大半は都市防壁の外だ。
そのため、都市防壁は数年かけて日本の中でも特に人口の多い都市、つまり政令指定都市のほぼ全ての周囲に建設された。
建設期間は、国防軍――魔物の影響で日本国憲法第九条の一部が改正され、戦力の保持が認められるようになったため自衛隊から名称が改められた――が魔法師と協力し、都市郊外で魔物の進行を抑えていた。
当然被害は出るわけで、結構な被害はあったものの、日本は世界各国と比べて魔法師の割合が多かったので、そこまで甚大というわけではなかったのは不幸中の幸いだったと言えよう。
余談だが、都市防壁完成後の人類生活圏の防衛は国防軍ではなく警察が請け負っている。
国防軍は、魔物に侵攻され放棄せざるを得なくなった地域の奪還任務に従事しており、防衛にまで手が回らなくなったというのが大きな理由だ。
また、技術躍進と人口減少により一人あたりの総生産額が大きく上昇、魔物という天敵の登場で犯罪率が低下したこともあり、警察の仕事が目減りしたというのもある。
ただ、警察が魔物からの都市防衛を請け負うようになってからは人員不足に悩まされるようになったが。
「はぁ、分かったよ。そっちの方は片付けておく。だが、さっき連絡があったということは、今日の本題はそれじゃないんだろう?」
柊夜に銀座に来いという連絡があったのは昨日の昼頃の話であり、今日の午後三時に魔物が年防壁を超えたという話のために呼びつけたというのは矛盾する。
また、それくらいの話ならわざわざ直接会わなくとも端末間のやり取りで十分だったはずだ。
魔物の発生により軍事利用が目的で情報通信技術は飛躍的に発展している。
その副産物として日常生活でもその技術が用いられており、今では電話、というのは端末に耳を当てるのではなく顔を画面に映してするものが常識となっている。
なので、直接話さなければならない用事はもっと大事だと考えられたのだ。
それはどうやら当たっていたようで、播磨はチッと舌打ちしながら可愛くねえなぁと呟いた。
大方、二つも仕事を押し付けられて嫌がる柊夜の顔を見たかったのだと予想できたが、明日香の使用人として学校生活を送っていると妬み嫉み僻み羨みの視線は日常茶飯事なのでその程度のことでは動じたりしない。
我ながら嫌な耐性を獲得したな、と柊夜は思っているが。
「あぁ、その通りだ。C級の魔物はこっちと比べるとぶっちゃけおまけにしかならねぇ。それくらい、この案件はヤバい」
C級は、一般人では対処できない魔物の階級だ。
それは一般軍隊の中で選ばれた精鋭でも同じことで、魔法師が対処に当たらなければならないとされている。
無論、戦車があれば一般人でも対応できるだろうが、戦車を所有する一般人などいるわけもなく。
そんな魔物がおまけ程度ということは、どれだけぶっ飛んだ案件がよこされるのか柊夜は少し頭が痛くなった。
「お前、最近学校で異変を感じたりはしなかったか?」
「学校で? 無いが?」
「……リベルタスが潜入している可能性がある」
「はぁ!?」
リベルタス、その単語を訊いた瞬間、柊夜は珍しく驚愕した。
思わず椅子から立ち上がってしまい、近くの席のブランド品で着飾ったオバサンにじっと睨まれてしまった。
柊夜はもう少し遠慮した服装にしろと思った。
リベルタス。
世界規模で活動する組織であり、人類を魔物の恐怖から開放するという目的で結成された。
それだけ訊くと聞こえはいいかもしれないが、活動内容はテロ行為と何ら差異がない犯罪組織である。
非人道的な活動など日常茶飯であり、目的遂行、つまり魔物の駆逐を達成するためならどんな悪逆非道な手段を取ることも厭わない。
そんな危険な組織が、自分の高校に潜入している。
思わず立ち上がってしまうのも無理はないだろう。
だが、世界的な犯罪組織が、ただの一高校に目をつけるというのは柊夜にはにわかには信じがたかった。
リベルタスが執着するような“特別な何か”があるとは思えない。
「何故リベルタスが星丘高校に? 別に魔法師育成を行っているわけでもないだから、理由が見当たらないが」
「あのなぁ柊夜。確かにリベルタスは戦力を欲しがっている。それは魔法師のような武力もそうだが、戦力というのは何も武力だけじゃあない。金も権力も情報も、等しく戦力だ。既にリベルタスは一国家と同じだけの戦力を蓄えているけどな、それだけじゃあ魔物殲滅はできない。それくらいでできるなら、もうどこかの国が達成していてもおかしくないからな」
金も権力も情報も、等しく戦力。
それは柊夜にはなかった考え方だ。
いや、完全になかったというわけではないし、情報は戦場を大きく左右するというのも理解できるし体験もしていた。
だが、普段から戦いを生業としてる柊夜にしてみれば縁遠い話だと思ったのも間違いではない。
「それだけだと、リベルタスが星丘高校に潜入している話に繋がらないのだが?」
星丘高校は、そこまで世界的に有名な権威のある学校ではなく、最近新設された高偏差値の高校であるだけだ。
だから、播磨の話では答えになっていなかった。
そのため播磨は、終夜に疑問に答える前に追加で注文したミルフィーユをスプーンで掬い、話を続けた。
「星丘高校は、日本でも裕福な家柄の子女が通う高校だ。柊夜にはいまいちピンとこないかもしれないがな、お前んとこのお嬢様が通っているというだけでそれは理解できるだろう?」
「あぁ」
「裕福ということはつまり、その生徒の親が超高所得ということであり、それらは大抵国の重要な役割を担っている。ここまで言えば、もう分かるよな?」
「……リベルタスは、日本の戦力を奪おうということか? 日本の先端技術は、他国と比べても群を抜いている。それらを利用するために、比較的ガードの甘い子供を狙おうというわけか」
現在の世界各国の世情は比較的閉鎖的傾向にある。
なので、政府や企業に潜り込むのは容易ではない。
だが、いずれそれらを導く立場になると予想できるトップの子女たちを引き入れれば、将来的に自分たち側につかせることは容易い。
それはかなり長期的な計画だが、そこまでしないと魔物の駆逐など果たせない。
柊夜は、リベルタスの執念に背筋に寒気が走った。
「その通りだ。だから上は、星丘高校に通うお前にリベルタスの対処を任せたいそうだ」
「あぁ、引き受ける。明日香様の身近に危険などおいておけないからな」
「お前ならそう言ってくれると思ったぜ。何かあったら、連絡してくれ」
「そうさせてもらう。それと、今日やけに学校生活のことについて訊いてきたのは、心配してくれていたからなのか?」
「……いや、オレは別に、ただ仕事をしただけだ」
「そうか」
普段は、仕事なんかゴメンだねと考えていそうな播磨からは考えられないような発言が飛び出してきたので、柊夜はこれがツンデレか、と思った。
男のツンデレは誰得だと、柊夜は悟った。
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