第四話 裏の顔

 東京の中心にある、とあるビルの高級喫茶店。

 普段は富裕層の大人が利用するであろうその店に、高校生である柊夜は場違いではないかなと思いながら、ウェイターの案内に従って指定された席へと座った。

 二人掛けのテーブルは、片方の椅子はまだ空席であり、柊夜の目的の人物がまだ訪れていないということを示していた。


「ではしばらくお待ちください」


 綺麗にお辞儀しながら去って行くウェイターを横目で見ながら、目的の人物に呼びつけておきながら遅刻するなよと少し憤慨した。


 待ち合わせの時刻は午後五時。

 ふと店内の時計に目をやると、時針も分針も五を指していた。

 たった五分くらい大目に見ろと思う人種もこの世にはいるが、どちらかと言えば柊夜は時間に細かい方なので、こういった少しのことでも気になってしまう。

 明日香にはそんなことは微塵も思わないが。


 今日の部活を休んでまでここに来たのは、柊夜のもう一つの仕事について色々話し合わなければならなかったからだ。

 勿論、毎回こんな店でお食事をしているわけではない。

 いつもは端末通信でやりとりをしているが、今日の用事は直接会う必要があったのだ。

 なのでわざわざ家まで帰り、制服から着替える時間もないまま、必要最低限の荷物を持って家を出たというわけだ。


 ちなみに柊夜は電動大型二輪の免許を取っており、何かと移動しがちな仕事上の都合もあり十六歳にして現物をローンなしで所有していたりする。

 黒と白で彩られた車体を柊哉はいたく気に入っており、毎週手入れしている。


 魔物の浸食により生活圏が大幅に狭まったこのご時世、世界各国は環境保全に力を入れており、現在の日本の電気、または水素燃料を用いた自動車等の普及率は99パーセントを超えていた。

 石油の一大産出地であるアメリカやロシアは自身の国のため、あまり貿易を活発にしておらず、サウジアラビアには現在殆ど人は住んでいない。

 なので、日本はガス燃料から環境に配慮したそれらへの転向を余儀なくされたというわけだ。

 ただ、その甲斐あって日本は世界でもトップクラスに都市と自然が混ざり合った環境に良い国となっている。

 元々国土面積の四分の三が森林だからかもしれないが。


 そんな余計なことを考えていると、店の入り口にようやく柊夜を呼びつけた男が現れた。


 ビシッと決めたスーツと対照的な、真面目とは程遠い派手な印象を与える顔立ち。

 しかしその瞳の奥には、ヘラヘラと笑う態度で隠しきれない怜悧さが潜んでいる。

 見る者が見れば、一発であっち方面の関係者だということが分かるだろう。


「よっ、やってるか? クソガキ」

「やってるのはお前の頭だろう。わざわざ銀座に呼びつけるな」


 そのアンバランスなイメージを持たせる男――播磨怜治は、どかっと椅子に座った。


「まぁそういうな。今日はオレのおごりで良いから」

「当たり前だ。でなきゃわざわざ来たりしない」

「辛辣なこったな。そんなにオレが嫌いか?」

「好き嫌いの話じゃなくて、ただの学生をこんな上流階級御用達の店に呼ぶ異常さをどうにかしてほしいと言っているんだ」


 ウェイターからメニューを受け取り、柊夜は無難にコーヒーと頼む。

 値段が千円近かったのは無視した。

 播磨も、横柄な態度を隠そうともせずに「ショコラドゥーブル」とウェイターに注文した。

 値段は千四百円だった。


「それで、今日の用件は何だ? まさか、エリート中のエリートである対魔局が、俺を頼ろうとでも?」

「悪いがそのまさかだ。高校生活を満喫しているところを、な」

「……悪いと思っているなら自分達で何とかしてくれ。俺達は個人主義だからな、他人と馴れ合うのは得意じゃない」

「別にオレは悪いなんて全く思っていないけどな」

「なおさら悪いんだが。せめて罪悪感くらい持つようにしてくれ」

「いや、今更だろ」

「……そうだったな、今更だった」


 柊夜は、今までこの男に散々良いように扱き使われた日々を思い出して視線を鋭くした。

 その冷たさに播磨は少しビクッとなるが、貼り付けたニヤけ面を更に深くした。

 その表情は、誰もが気持ち悪いと思うことだろう。


 播磨の職業、それはこのやりとりでも分かるとおり警察官である。

 それも、警視庁魔物対策局交戦課という警察官の中でも指折りの実力者だけで構成されたエリートである。

 

 警視庁魔物対策局は、自衛隊による魔物対策だけでは防ぎきれなくなった現状を考慮して、今から約四十年前に新たに設立された部署だ。

 

 その中の一つである交戦課は、魔法を扱う人間のみで構成された特殊部隊で、日頃から人類の生活圏内に現れた魔物の討伐を仕事としている。

 魔法を行使できる人間、魔法師は少ないので、基本的に魔法技能を有するならばほぼ確実に交戦課に入ることになる。

 魔法の力は既存の兵器とは比べものにもならない程強大なので、ある程度管理するため、という国の目的もあるが。


 ただ、播磨は見かけではそんな国を支える役目を背負ったとは思えないだろう。

 この貼り付けたようなニヤけ面とヘラヘラした態度だけ見れば、まっとうな職に就いているとは考えられない。

 しかし、播磨はわざと警戒心をなくさせるような態度で過ごしている、と柊夜に言っていた。

 柊夜は本当かどうかは疑わしかったが、彼の警部という立場がそれを如実に証明していた。


「最近は、生活圏内でも結構な魔物が発生しているだろう? やっぱり人手が足りないんだよな」

「まぁ確かに、近頃はその手のニュースをよく聞きはする。だからといって、一介の学生にそんな命の危険が生じるようなことをやらせるというのはどうかと思うんだが?」

「ハッ!! お前が一介の学生? んな訳あるか。お前がただの学生だなんて、ちゃんと勉強やってる奴に失礼だぞ」

「……俺はこの前の定期試験学年一位だったんだが?」

「あっそう、自慢かよ」


 柊夜の自慢とも取れるその発言に顔を顰めて不機嫌さをアピールするが、そもそも播磨自身が誘発した発言なのでその態度はお門違いだと柊哉は思った。

 なので、口を尖らせる播磨をさらっと無視して、先程ウェイターが置いていったお高いコーヒーを口にする。


 播磨も、眉間の皺を揉みほぐしながら、深い色をしたチョコの層をスプーンですくって食べた。

 それだけで、少し表情が穏やかになった。

 播磨は甘党だった。


「オレはあそこのOBだったから分かるが、結構テストは難しくなかったか? 制限時間に反して問題数がえげつないほど多かったように記憶しているんだよな」

「……播磨って、魔法師育成高校の出身じゃなかったんだな。初耳だ」

「あぁ、言ってなかったか? オレは普通に警察学校を卒業して警視庁に入ったんだ。そこで、オレに魔法技能があると分かると直ぐさま移転さ。居心地は悪くないから文句はないが、オレは小心者なんでな。こんな危険な仕事なんか就きたくなかったってのが本音だ」

「よく言うよ。魔法師としての実力を買われて三十歳で警部にまで上り詰めたくせに。それだけの強さがあるのに、何故魔法師育成高校に入学しなかったんだ?」

「さっき言っただろ? オレは危険な仕事はやるつもりはなかったんだよ。オレは別に代々魔法師の家系というわけじゃないし、世界のために戦おうなんていうご立派な意志も行動力もないんでな。警察になったのは、まぁ、いいじゃねえか、そんなことは」


 そこか自分を卑下するかのようにろくでもない自分のルーツを語りはしたが、播磨はその理由、目的までは語らなかった。

 それがどのようなものなのかは柊夜には検討もつかなかったが、それを訊くのはどこか躊躇われるような気がして開きかけた口にコーヒーを流し込んだ。

 

 深い味わいのコーヒーは、柊夜の中で渦巻いていたなんとも形容しがたいモヤモヤを、一緒に喉に流し込んでくれるような気がした。

 銀座のお高い喫茶店というだけあって、今まで飲んできたコーヒーの中で三本指に入る美味しさだった。


「オレの話より、お前の高校生活のほうが気になるな。お前んとこのお嬢様もだが、なんか色々騒動を巻き起こしていそうだしな」


 話題を変えようと、播磨はからかい混じりの口調で、かつ面白いものを見るような目つきで柊夜を見た。

 柊夜の日頃の騒動をネタに楽しもうとしている意図がまるわかりだが、当人はそれを意に介していない。


 はぁ、とため息を付いて、柊夜は頭を振った。

 警察職、しかも常に最前線で命の危険を伴いながら戦い続けている播磨は、きっとストレスが溜まっているのだろうと柊夜は思った。

 なので、仕方ないかと少しはこの男の発散に付き合うことにした。


「はぁ、今日はそういう事を話に来たんじゃないんだろう?」

「そりゃもちろんだ。まぁまずは世間話と洒落込もうぜ、祓魔師さん?」

「あまり時間は取らせないぞ」


 柊夜には、誰にも教えていない秘密があった。

 友人にも、家族にも、自らの主にも。


 魔法師と似て非なる存在。

 柊夜は、祓魔師だった。

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