第三話 お嬢様
星丘高校に在籍する生徒の大半は、部活動に所属している。
ただ偏差値が高いだけの高校とは違い、文化部の種類が豊富なのは勿論、特に運動部の活動に力が入れられている。
野球やサッカー、バドミントンのようなメジャーな競技は勿論、フェンシングやアーチェリーなどのマイナーな競技の部活まである。
そのため、一般的ではない部活があるこの高校を求めて、都内だけではなく日本中から部活をするためだけに集まってくる学生も珍しくはないのだ。
悠斗はテニス部、隆二は野球部に所属している。
二人とも中学の頃から続けており、完璧イケメンの悠斗は勿論、野球に関してだけはそこそこな才能を持つ隆二も部活動をしている。
二人とも、部活動をやるためだけにこの高校に入った――隆二は彼女捜しも含まれているが――と言っても過言ではないくらいだ。
当然、柊夜も部活動に参加しており、バドミントン部に所属している。
ただ、バドミントンが柊夜のやりたいスポーツだったというわけではない。
運動が嫌いというわけではなく、むしろ毎朝ランニングをしているくらいだが、あまり人と関わりたくない柊夜としては部活に入る気にはならなかった。
それでも部活に入った理由は唯一つ。
「柊夜くん、待った?」
「いえ、お気遣いなく。さほど待っておりませんので」
「そこは今来たところだよって言うべきじゃないかな?」
「?? なら次からはそうしますね」
「……もう良いよ」
敬愛する主人である、妖精のような少女がバドミントン部だからである。
羽柴明日香。
約十年前、死にかけていた柊夜を見つけて保護してくれた恩人であり、日本でも最大の財閥である羽柴財閥の長女だ。
腰まで届くサラサラの長髪は白銀色に輝き、金色に輝く虹彩は全てを見通すかのように澄んでいる。
あらゆる理想を体現したかのような整った顔立ちは、可愛い、綺麗というありふれた言葉では分不相応に思える。
左右対称の、全てにおいて絶妙なバランスを保った体型に、シミひとつ無いキメ細やかな白磁のような肌を持ち、美少女という言葉は彼女のために存在していると感じてしまう。
容姿だけでなく学力も優秀で、期末試験の順位は柊夜に次ぐ二位。
そのうえ天狗になることなく、次こそはと努力を重ねることができる。
かといって運動ができないわけではなく、それどころかどんな動きであっても簡単にトレースすることができる才能を持ち合わせている。
極めつけは、自身が恵まれていることにあぐらをかかず、驕らず、誰にでも分け隔てなく接する優しい性格であり、一部からは妖精様と呼ばれている。
柊夜は、そんな神に二物も三物も与えられた明日香の家で、使用人として働いていた。
それも、彼女直属の。
当然そうなった経緯はかなり込み入ったものがあるが、使用人と言うことは知っていてもその裏の事情を知らない他の同級生の男子からは殺意の籠もった視線をもらっていた。
明日香は、僅か四ヶ月の間にこの学校の一番の美少女という地位を確立しているので、男子からしてみれば彼女と常日頃から一緒にいる柊夜の存在が鬱陶しいのだろう。
ただ、柊夜は基本的に他人には興味はないので、今通りかかった男子生徒Aからチッと舌打ちされても気にしない。
「ごめんね、柊夜くん。私のせいで色々目立っているから」
「確かに目立ってはいますが、あくまで俺は明日香様の付属品なので、注目されているのは明日香様の方でしょう。それに、万が一俺が見られていたとしても、全く気にはなりません」
「そ、そう?ならいいんだけど」
柊夜にとって、一番大事なのは家族と波柴家の人達だ。
それ以外の人達は正直どうでも良いと思っていたし、どう思われようと柊夜の気にするところではない。
そして今日も平和に、明日香の隣……ではなく、一歩下がって、部活が行われている第一体育館へと向かう柊夜。
第一体育館は生徒玄関の隣に建設されており、一年生の教室がそのすぐ真上の二階にあるため、いつも生徒玄関横の階段を使っている。
また、生徒玄関は吹き抜けになっており、一年生の教室前の廊下から帰宅する生徒を見ることが出来る。
普段なら、特段取り立てて言うようなこともないが、今日はどこか雰囲気が違った。
詳しく言うなら、一階辺りが黄色いキャーキャーとした声で騒がしかった。
「あれ、少し騒がしいね。何かあったのかな?」
「そうですね……。女子生徒が多いですし、イケメンアイドルでも来たのでしょうか?」
「流石にはそれはないと思うよ」
「勿論冗談です」
「……真顔で冗談は言わないで欲しいんだけど」
「この顔がデフォルトなのでどうしようもないかと。それとも、明日香様はもう少しイケメンフェイスの方が良かったですか?」
「べ、別に顔とかは気にしていないし、柊夜くんは十分…………だし」
「何か言いましたか?」
「う、ううん!独り言だから」
そんな何気ないやりとりをしつつ、柊夜と明日香は何が起きたのかと下を覗いた。
するとそこにいたのは、柊夜のイケメンアイドルという発言を肯定するかのように、上の階、つまり柊夜達が歩いている廊下を見上げた派手なイケメンがいた。
金色に染めた髪をセンター分けにしており、身長もそこそこ高い。
まさに、今時の若者といった風貌だ。
そんな彼だが、周囲の女子生徒の黄色い声援を気持ちよさげに浴びつつ、じっと上の階――否、明日香のみを見つめていた。
それに明日香が気付くと、そのイケメン――田中太郎(仮)がさも自信たっぷりに口を開いた。
「波柴さん!!訊いて欲しいことがあるんだ!!」
「何か用でしょうか?」
柊夜と話していた時と一変して、外向きの人形のような感情が見えない表情となる。
「僕は、君に一目惚れした!!その美しい髪も、綺麗な瞳も、全部好きなんだ」
「……それで?」
大衆の前での、唐突な告白。
陽キャの中でもかなり自分に自信がある男しかできないであろうその所業に、明日香は何言っているのこいつ? という思いしか沸いてこなかった。
はっきり言ってクソうざいと考えている。
今すぐ部活に向かいたいと思っており、この田中太郎(仮)に微塵も興味はない。
そもそも、この男と話したことなど一度もなく、どうして自分にこんな馬鹿みたいな告白をしてくるのか分からなかった。
しかし、続きを促す明日香のセリフを脈アリと勘違いしたのか、常人なら恥ずかしさで床を転げ回ってしまうキザなセリフを吐き出した。
「僕の彼女になって欲しい!!僕が君を幸せにすると――」
「興味ないのでお引き取り下さい」
「――約束……え?」
「では」
「あちょっ、まっ……。くそ」
しかし、明日香は見向きもしない。
最後まで言わせることなく、柊夜を伴ってその場を後にした。
だからか、その田中太郎(仮)から途轍もない殺気を柊夜は浴びるが、下心スケスケだった彼を冷たく見据える。
「ひっ」
そのあまりの冷徹な、しかし澄んだ桔梗色の瞳を見て、思わず悲鳴を上げそうになるが、ここにはたくさんのギャラリーがいるのですんでの所で堪える。
そんな情けない姿をさらしても、彼はイケメン(ウザい)だった。
「あの人って二年の木村先輩だよね。確かバスケ部のエースで持っちゃモテてるはずだけど……」
「波柴さん、木村先輩でもOKしないとか、どういう奴が好みなんだ……?」
「もしかして、陰キャがタイプとか……?」
「いや、それは小説の中だけの話だろ」
「うるせぇ、彼女持ちはハゲろ!!」
「そうだそうだ、彼女持ちはもげろ!!」
「地獄に落ちろ!!」
「なんか一人暴言レベル高い奴いなかった!?」
そして残された周囲の観客達は、今目の前で起こったハプニング(笑)を話題に盛り上がる。
既に柊夜と明日香は体育館の中へと消えており、こそこそと話しているのを見られる心配はない。
「……でも、波柴さんは誰ともくっつかないで欲しいな。夢が壊れるから」
「確かに。オレ達のワンチャンを壊さないで欲しい」
「お前にはワンチャンなんてないだろ」
「うっせぇな。良いじゃんか妄想するくらい!!お前もしてるんだろ波柴さんとのキャッキャむふふな妄想!!」
「そうだけど?」
「開き直るなやりづれぇ!!」
などと漫才が始まっていたり。
騒ぎの現況が去っても、ガヤガヤといつまでも雑談が尽きない。
いつの時代も、高校生は恋愛話が好きで野次馬根性を発揮しているのだった。
「やっぱり、波柴さんはあの男が好きなのかな?いっつも一緒にいるし」
「何でも使用人らしいよ。やっぱり金持ちは違うな」
「はぁ、良いなぁ波柴さんの使用人。俺と変わってくれねぇかな」
「お前には無理だろ。あいつだって、木村先輩と同じくらい、いやそれ以上に――」
「柊夜くんの方がかっこいいし……」
「何か言いましたか?」
「う、ううん、何でもない。それより、今日の放課後から仕事なんだっけ?大変だね。お父さんにも給料上げてもらうように言っておくから」
「いえ、俺は今の分で十分ですよ。その仕事は、俺がしないといけないので、お金の問題ではありません。では俺は今朝伝えていた通り、用事があるので、ここで失礼します」
「うん、顧問の先生にも伝えておくよ」
明日香と一緒に体育館に来ていた柊夜だったが、今日は所用で部活を休まなければならなかった。
わざわざ入り口まで付いてきたのは、その用事よりも明日香の方が大事だからである。
しかし、その大事な明日香にも、柊夜の用事、そして使用人以外の仕事を教えていなかった。
どれも全て、彼女にはこの世界の綺麗な部分だけを見て欲しいという柊夜の願いによるものであり、それを明日香の父親も了承していた。
たとえ、叶わぬ願いだと知っていても。
じゃあねと手を振る明日香に背を向けて、柊夜は靴箱の方へと歩き出す。
柊夜は多くを隠している。
友人にも家族にも、そして己の主にも、決して見せることはない。
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