第二話 友人

「じゃあさ、二人は彼女欲しいとは思わないのか?」

「そうだね、僕は隆二ほど馬鹿みたいに彼女欲しいとは思わないな」

「俺も、アホみたいに彼女捜しに奔走してはいられないからな」

「二人してオレのこと馬鹿だのアホだの言い過ぎだろ!! そんなにオレは見苦しいか!?」

「見苦しいな」

「見ていてこっちまで恥ずかしくなるよ」

「即答かよ!? 友達に対する扱いじゃねえ!!」


 ダンッと、机を叩き、何故なんだと落ち込む隆二。

 可哀想ではあるが、柊夜はこれっぽっちも同情したりはしない。

 そんなことをしては調子に乗るだけだということが分かっているからだ。


「まぁ、そんなどうでも良いことは置いておくとして」

「オレの彼女話がどうでも良い認定された!!」

「彼女話(願望)だからだろう。隆二とは長い付き合いがあるが、流石の俺達もイマジナリーガールフレンドの話にはついて行けないからな」

「オレがいつも彼女いる妄想してるみたいに言わないで欲しいんだけど!? してるけどさ!!」

「いやしているんだ」

 

 どうやら隆二は彼女がいる妄想をしているらしい。

 それの何がいけないんだといわんばかりの堂々と開き直ったしている発言には、柊夜と悠斗も呆れるしかなかった。

 二人して、苦笑を漏らす。


「彼女を作ろうとするのも良いけど、隆二は少し勉強を頑張らないとね。中間テスト、赤点ギリギリだったじゃないか。入学早々この成績だったら、留年することにもなるかも知れないよ。先生方にもマークされるだろうし」

「いや、もうされているんじゃないのか?普段の言動とかがあれで」

「なんかオレが問題児みたいになっているんだけど!? しかも成績じゃなくて素行の方でマークされているのかよ」


 隆二は自分の素行は良いと思っているようだが、柊夜はかなり問題があると思っている。

 女子生徒には声を掛けまくり、休日にはナンパを平然とやり、その癖成績は学年でも最下位に近い。

 目を付けられない方がおかしいくらいだ。


 悠斗も、友人として隆二にはもう少しまともになって欲しいと思っていた。

 ナンパ云々には文句を言わないからせめて、学業の方は頑張って欲しいと。

 しかしそれは、留年されたら同じ学年で高校生活を送れないからという酷く優しい理由であり、それに柊夜も気付いているからこそ、隆二に口を酸っぱくして勉強をしろと言っているのだった。

 ただ、全く改善が見られないので、あまり効果がないようだが。


「チッ、良いよな。二人はオレみたいな悩みに煩わされることなんてなくて」

「でも、僕は勉強の方は普通だよ。期末テストの成績も、半分より上くらいの感じだったし。本当に凄いのは柊夜の方だよ。都内でもかなり高い偏差値の高校なんだし、結構頭いい人いると思うけど、軒並み抑えて学年一位。なんか凄すぎて言葉にできないよ」


 悠斗の言うとおり、柊夜は先日の期末テストで学年一位の座に座っていた。

 当然、それには相応の努力が必要であり、柊夜もその例に漏れず、といった感じだが別段柊夜はそれを凄いとなんて思ったこともない。

 努力なんてものは誰もができることであり、そしてこの高校には努力すれば確実に花開くだけの能力を持った人達が集まっている。

 偶々今回は、入学できたということに浮かれず受験生と変わらない勉強量をしていたのが柊夜だっただけで、すぐに順位は塗り替えられるだろうと考えていた。


 それに、自分は努力し続けなければならない環境にあると柊哉は思っている。

 勉強なんてものは、社会に出たらその七割は役立たずのゴミへと成り果てるので、きっと大人になれば勉強なんてものはしなくなる。

 だからこそ、必要とされている内にできるだけ知識を詰め込んでおこうと思っているのだった。


「悠斗にしては珍しく、高校入学で浮かれていたからな。普通に勉強すればもっと上を狙えるはずだ」

「そうだね、そう思っておくことにするよ」


 悠斗は、努力すれば確実に花咲くほどの才能の塊である。

 今の一言は決して柊夜のお世辞なんかではなく、心の底から出た本音だ。

 悠斗は、まさに神に愛された子だ。


「じゃあさ、柊夜。オレはどう?」

「……大丈夫、まだ希望はある。まずは全教科赤点回避しような。俺も手伝うから」

「その微妙な慰めは逆に心を抉られるんだけど。それを言われるくらいなら罵倒や叱咤された方がマシだ」

「……隆二はドMだったんだね」

「そういう意味じゃない!! そういう意味じゃないからね!!」

「……なんか行き遅れのツンデレみたいだな」

「オレっていじめられているのかな」


 いじけたように口を尖らせる隆二がどこか可笑しくて、柊夜と悠斗は思わず吹き出してしまった。

 それを見た隆二は更に不機嫌になり、遂に机に突っ伏してしまった。

 隆二はもう何も訊きたくないといわんばかりに両耳をがっしりと掌で覆い、顔を少しだけ上げてチラッと柊哉達を見て目線で何かを訴えかけてくる。

 

 可愛い女の子だったら何か感じ入るものがあるかもしれないが、坊主の男がそんなことをしても誰の得にもならない。

 そもそも、柊夜や悠斗からしてみれば例え可愛い女の子だったとしても、普通にスルーしただろうが。


「悪かったって、流石に言い過ぎたよ。隆二はダメな奴じゃない、まぁまぁな奴だって僕は知っているよ」

「そうだ、隆二はやらないとできないがとことんやればまぁまぁできる奴だ。もっと自分に自信を持て。この高校に足切りラインギリギリで入学したとしても、この高校に入学できたんだから」

「お前ら、まぁまぁな奴だっていうの褒めてねぇよな。あとやればできる奴ってのは褒め言葉じゃないんだけど」

「それもそうだな。じゃあ、やればできる奴に勉強を教えるのは時間かかるし大変だから、自分で何とかしてくれ」

「手伝ってくれるはずでは!?」

 

 隆二のツッコミは、川が流れるが如く自然に二人にスルーされた。

 そのまま食べ終わった食器を地味にデザインに凝っているトレイの上に積み重ね、先に食べ終わった柊夜は席を立った。

 悠斗も柊夜に追随するように、綺麗に皿の食べ物を食して返却口の方へと向かって行く。


「じゃあ、食べ終わったから、先に行っているな」

「僕も、昼休みは図書室で過ごすから」

「いやオレの方が先に食べ終わってたんだけど!? お前らに合わせて待ってあげてたんだけど!!……せめて何か言ってくれよ」


 それを見た隆二が慌てて二人の後を追い、何で一緒に来たのみたいな顔をされて隆二がいじけるかツッコむかが三年の付き合いで一連の流れとなっていた。

 タタタっと駆け足で隆二が柊夜と悠斗の間に挟まり、いつものように自分の扱いが軽いことに文句を言い、それを訊いて二人が笑う。

 

 ほぼ毎日のように繰り返されている日常の一コマであり、三人にとっての当たり前となっている。

 三人はそれぞれを親友と思っており、この何気ない日々が毎日続き、そしてこの関係が崩れないと思っている。

 何故なら、親友だから。

 理由はそれで十分だった。


 だからこそ、親友を疑わない。

 それぞれが、親友にすら打ち明けることのできない隠し事を秘めているなどと、思いもよらない。


 三人とも、自分だけが隠し事をしていると思い、それを打ち明けられないことに負い目を感じている。

 学生なら、隠し事の一つや二つぐらい誰だってあるものだ。

 その理由は、仲間はずれにされたくないからだったり、弱みを握られたくないからであったり、打ち明けるのが恥ずかしいからであったり、隠しごとが多いとミステリアスでモテそうだと思っている残念な頭をしているからだったりと様々だ。


 しかし、三人はそのどれにも当てはまらない。 

 柊夜も、悠斗も、隆二も、恐れているのだ。

 この平和な日常が、隠し事がバレて自分の素性が明らかになったことで、いとも簡単に崩れ去っていくことを。

 

 三人とも、知っている。

 この仮初めの平穏は、それを支えている者達によって成り立っており、いつその均衡が崩れるかなど誰も予想できないと。

 

 何故なら、その支えている者達の当事者、あるいはその関係者だから。

 

 ただ今は、それが自分だけだと思っている。

 だから言わない。

 全ては、平和な高校生活を壊さないために。


「なぁ隆二。昨日言われた数学の課題は終わらせたか?」

「そう言えばそんなのあったね。僕は帰ったらすぐに終わらせたけど、隆二は?」

「……柊夜さん、悠斗さん」

「はぁ、分かったよ。写させはしないが、分からなかったら教えよう」

「僕も手伝うよ。こういうときに、クラスが一緒なのは便利だね。まだ昼休みは三十分くらいあるから、さっさと終わらせよう」

「うう、二人ともっ!! やっぱ持つべきものは親友だな」

「全く、調子良いんだから」

「次からはやってこいよ」

「おう、任せとけ!!」

「信用できないなぁ」


 そう言えば、と何でもないことのように数学の課題を隆二に尋ねる柊夜。

 悠斗に訊かないのは日頃の生活態度を見ていて信頼しているからだろう。


 一方、信頼されていない隆二は、そんなものなど忘却してしまっているので、当然いつものように柊夜と悠斗に縋る。

 すっかりそれに慣れきってしまっている隆二だったが、二人はきっと手伝ってくれると信じている。

 ただ、一応は緊迫感を出して、万一、一人でやることなどないように予防線を張っておく。

 

 これも中学の頃から繰り返されてきたやりとりであり、柊夜は次はやれよと言いつつも、きっとやらないんだろうなぁと思っていた。

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