第1話 高校生

「はぁー、やっと飯だー!!」

「はは、そんなに喜ぶことかな?」

「そりゃ勿論!!」

「そんなに食べてるのに、身長は伸びないんだね」

「うるせー!!」


 何処か気の抜けるような友人二人のやりとりを訊きながら、鷹橋柊夜は苦笑しながら学食ののったトレイを運んでいた。


 柊夜が通う高校、星丘高等学校は、都内有数の進学校というだけあって学食の設備が充実している。

 値段が安く、種類が豊富ということもあってここの生徒の大半は学食を利用する。

 その例に漏れず、柊夜と二人の友人である駒場隆二と桐原悠斗も毎日のように利用していた。


 清潔に保たれた空間は、勉強に疲れた生徒に癒やしをもたらす。 

 そのため、あちこちに観葉植物のようなものが置かれていた。


「はぁ、可愛い女の子がいるって訊いていたから頑張って勉強してこの高校に入ったのに。全然彼女ができる気配がないし、勉強はしんどいし。全く、オレの青春どうなっているんだよ」

「はは、確かに、一時は猛勉強していたね。でも、入るだけで彼女ができるなら苦労はしないよ」

「それはそうだ。彼女を作るには、まずは自分から行動を起こさないとだな」


 柊夜は、隆二と悠斗とは中学生の同級生だった。

 色々な意味でクラスの中で浮いていた柊夜に、色眼鏡で見ることなく接してくれたのがこの二人だったのだ。

 

 平均より幾らか低めの背に、丸刈り頭の駒場隆二と、全ての女性の理想を体現したかのようなイケメン王子様の如き顔立ちの桐原悠斗。

 最初は鬱陶しく思っていた柊夜だったが、今では友人として接してくれる二人の存在を心底ありはたく思っていた。

 少なくとも、二人がいなければ、学校ではひとりぼっちだったことだろう。


「チッ、あんたら色男は何もしなくても女はホイホイよってくるだろ!! 分からないだろうね、オレ達みたいなフツメンの気持ちは!! チッ、色男が!!」


 ただ、隆二が柊夜や悠斗と接触してきたのは、イケメンである二人のおこぼれに預かろうとしたらしい。

 柊夜は単なる照れ隠しだと思っているが、何度もこの「彼女ができない」という愚痴を訊いて、最近では案外そうなのかもしれないと思い始めていた。


 そんな隆二のセリフを訊いていて、柊夜にはいつも自分までその色男グループに加わっているというにが不思議でならなかった。

 柊夜は悠斗みたいに女子生徒から告白されたことがあるわけでもなければ、彼女がいたこともあるわけでもない。

 悠斗は彼女がいたことでかなり苦労したみたいだが、柊夜はそんな悩みとも無縁だった。


「隆二、俺はお前が思っているほどモテるわけではないからな? 確かに悠斗が引くほど顔が良いのは認めるが、俺は悠斗ほど大して――」

「黙らっしゃい!!」


 紙パックのジュースを啜っていた隆二がいきなり声を上げたことに柊夜と悠斗は驚いたが、またいつものなんで俺だけフツメンなんだとグチグチ言うだけなので、どうしようかとお互いに顔を見合わせて苦笑した。


「なぁ悠斗、確かって数学だよな。今度の休日、一緒に勉強しないか?」

「そうだね、僕も丁度そう思っていたところだ」


 このモードの隆二には、何を言っても無駄なので無視をするのが一番だと柊夜と悠斗はこの数年の付き合いで悟っていた。

 なので、あまり刺激しないように勉強の話題でごまかす。

 これが最善策だった。

 少なくとも、恋愛の話題を振った日には怒濤の不遇自慢が始まるに決まっていた。

 それを訊く労力を持ち合わせてはいない。


「お前らさ、無視しないでくれよな。オレが惨めみたいじゃん」

「でも、柊夜は仕事の方はいいの?」

「あぁ、土曜は休日をもらったからな。かといって何もやることはないし、時間が潰せればそれで良いんだ」

「おい、少しは反応してくれよ!?」


 流石に可哀想に思った柊夜と悠斗は、またも苦笑しながら、最近付き合っていなかったなと思いながら隆二の愚痴に付き合うことにした。

 これで、二週間は持つかな?と思いながら。


「確かに柊夜の言うとおり、悠斗はイケメンだ。引くほどイケメンだ」

「引くほどって酷くない?」

「だがしかし、それを言う資格は柊夜、お前にはない!!」


 悠斗のセリフは、彼に一瞥もすることなく柊夜に視線を向ける隆二によって華麗に無視された。

 さっきのささやかな仕返しである。


「だってお前、あの超絶美少女二人を侍らしてるじゃんか!! 羨ましい!!」

「……」

「……いや、別に侍らしているわけでは――」

「羨ましい!!」

「……」


 あまりの言い方に、二人は思わず絶句してしまう。

 言葉だけではなく、そのにじみ出る羨望と嫉妬を隠そうともしない態度に、何も言葉が出てこなくなったのだ。


 柊夜も、自分の容姿が普通の人よりは優れているということには薄々気がついている。

 ただ、まぁまぁくらいだと思っているので、悠斗ほど良いわけではないだろうと、毎回のごとく隆二に羨まれても困るというものだ。

 

「悠斗もおかしいと思わないのか!? なんでこいつは天に何物も与えられているんだって!! ……いや、お前もそっちサイドだったなちくしょう!!」

「まぁまぁ、僕も柊夜のことを羨ましいと思ったことは何度もあるよ。学力は学年一番、運動神経も抜群で、しかもイケメンときてる。隆二じゃないけど、柊夜は恵まれていると思うよ」

「……悠斗が言うならそうなのかもしれないな」

「ちっがーう!! そこもだけど、オレが言いたいのは、超絶美少女が二人もお前の幼馴染みだということに対してだ!! なんでオレには、美少女どころか女の子の幼馴染みすらいないんだ……」


 超絶美少女、というのは柊夜の幼馴染みだ。 

 確かに、二人は傍目から見たら途轍もないほど顔立ちが整っているが、少なくとも柊夜の恋愛対象には入らない。

 どちらかと言えば――。


「妹みたいな感じだからな、あの二人は」

「そういえば、柊夜は妹いたね。なら、そう思うのも無理はないかな。あれは、兄に甘えている妹にしか見えないからね」


 うんうんと頷きながら、柊夜は脳裏に浮かんだ二人の顔を思い浮かべる。

 

 ――ねぇ、勉強教えて?

 ――そのケーキ一口もらうわ。


(うん、あれは妹みたいな存在だ、それ以上でもそれ以下でもない)

 

 そう結論に至り、いつまでも居座り続ける二人の顔を排除する。


「まぁ、柊夜は少しは自分のスペックが高いことは自覚した方が良いよ」

「……努力しているからな。別に地が良いわけではない。というか、完璧イケメンの悠斗に言われてもな」

「……。僕の話は今は良いとして。そうだね、柊夜は努力家タイプだったね。でも、努力できることも才能だよ」


 ――努力できることも才能だよ。


 かつての相棒の言葉がよぎるが、ブンブンとかぶりを振って追い出す。

 彼と過ごした日々には、もう囚われないと決めたはずだ、と。


「はぁ、彼女がほし゛い゛……」

「あはは……」

「まずは、モテない理由を他人に求めるんじゃなく、自分磨きでもしたらどうだ?身長が低いのだって、牛乳を飲んで、小魚や海藻をとればもう少し伸びたんじゃないか?」

「だって、海産物はあまり好きじゃないし……」

「そのくせ、刺身とか寿司は好きなんだな」

「あぁ、回転寿司に柊夜のおごりで行ったとき、血気迫る勢いで皿を積み重ねていたもんね」

「寿司と刺身は良いんだよ、美味しいんだし。それに、他人の金で食う飯は最高!!」


 柊夜から見ても、申し訳ないが隆二はモテそうな何かを一つも持ち合わせていないように見える。

 ジャガイモ坊主頭に、少し低身長、どこにでもいるフツメン、学業はこの高校に入ったこともあってそこそこ、部活は野球部だが中学からベンチ入りをいったりきたり、性格はまぁ、お察しの通りといった感じだ。

 彼のどこに魅力を感じるかと訊かれたら、九割の人は言葉に詰まり、残りの一割は魅力がないところと答えるであろう彼が、モテるのだとすれば、きっと世の中の男はみんなハーレム状態に違いない。


 それとは対照的に、悠斗はイケメンだ。

 それも、最近増えてきたアイドルグループのメンバーよりも遥かにイケメンだ。

 身長も十五歳にして既に百八十センチはあり、足はスラリと長く、今は帰宅部だが中学までサッカーをやっていたので筋肉で引き締まっている。

 爽やかで端正な顔立ちに、ふわっと柔らかな笑みで、一体何人もの女子生徒の心を打ち抜いたことか。

 この学校に入学してはや三ヶ月、彼に告白する女子生徒の数はもう既に二桁に突入していることだろう。


 ただ、悠斗は中学に付き合っていた女子生徒に極度の束縛を受け、別れた後もストーカー行為を受けていたこともあって今ではすっかり女子恐怖症みたいになっている。

 なので、隆二が彼女の話題を出すといつもやりにくそうな顔をしている。

 察しろ、と柊夜は思っている。


「まぁ、彼女ができたらまた寿司を奢ろう。その時はその彼女も誘ってな」

「そうだね、僕も何かしてあげるよ」

「……二人さ、オレに彼女ができないと思って言っているしょ」

「「アハハ……」」

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