【ボツ】怪Vtuberの殺人オークション・チャンネル(4).text
「Wifi使う? うち、ケーブル回線だけど結構速度出んの」
TJは朗らかに、机の上のWifiルーターを指差しながら言った。
「あー、僕ら今スマホ持ってないんで」
サウスパークの低所得者住宅街──TJの自宅、一軒家のガレージに招き入れられた二人は、ビールケースにようやく腰掛けて一息をついた。
彼女はスマホを棒から取り外し、三脚に据え付けた。まだ撮影するつもりらしい。
「マリー&ホロウっしょ? 何、お兄さん達ヤバない? あんなん本気にするって、イマドキ小学生でも騙されないって」
「逆に聞くようなんだがな……。あんたみたいな配信者にも有名なのか? あのチャンネル」
ルーターの隣に鎮座する、フレームがドギツイ蛍光グリーンに発光する冷蔵庫を開ける。TJは中からドス・コーラ──安物だが、今やレア物な瓶コーラだ──を取り出し、投げ渡した。
「まあちょっとギークっぽい連中にゃ、人気なんじゃない? てかどーでもいいけど、お兄さん達マジで信じてんの? ウケる」
机の角を使って鮮やかに栓を抜き、彼女はひと口コーラを運んだ。
「昨日、マジで襲われたって言ってもか?」
「誰に? てかヤクキメてんなら抜いてきてよね。男の人入れてガレージでキメてるなんて、お兄ちゃんにバレたらボコられっから」
「ヤクで見た幻覚ならまだマシですよ。マジで存在するから困ってんじゃないですか」
TJはぐびりとコーラを一口飲んでから、キャンプ場でよく見る折り畳み椅子に腰掛けた。このガレージときたら、ホコリを被ったトレーニング機器やキャンプ用品がそこらに転がっている。彼の兄のものだろうか、とサイはあたりをつけた。
「大体さ。マリー&ホロウがマジでいるとして、それが何よ? まさかあのモデルが外にでてきて、殺しでもしてるっての?」
TJはまるで信じる様子が無い。それはそうだろう。他ならぬサイやドモンが話半分で聞いていたのだから。
「……サイ、そういえば君、どうしてこんな訳のわからない話を調べてみようと思ったんです? それなりの理由があったんじゃないんですか」
コーラを一気に飲み干して、小さくゲップをしたあとに、サイは頷いた。
「ひと月前、チャイニーズマフィア組織蛇頭の幹部・清って男が、殺された。首を斬られてな。新聞見せたろ。たまたま取材してたらその現場に出くわしたんだ。清は筋金入りでな。両腕に蛇が巻き付いたタトゥーを入れて、そこらの三流ボクサーなら練習なしでもボコボコにできる喧嘩屋だったらしい。そりゃ、オールドハイトじゃ役不足かもしらんが、それでも並のヤツじゃ足元にも及ばない大物だ。部下だって山ほど連れてる。……それが、あっけなく首を斬られて死んだんだ。しかも部屋で一人でいる時にだ。そんなの、どう考えたってなんかある。──それで挙がってきたのが、マリー&ホロウだったってわけだ」
「だから、それがマリー達の仕業だって言うわけ? マジで言ってんの? 超ウケるんですけど」
彼女はそう言うと録画を止めて、スマホを操作すると──とあるチャンネルにアクセスした。それを二人の前に出して見せた。『マリー&ホロウ 特別企画』とタイトルがつけられていて、今この瞬間にも再生数がぐんぐん上がっていく。
「なんかやってるみたいだし、見てみたら?」
「こんな時間に? 確かこのチャンネルは配信間隔をきっちり決めてたはずなんだがな」
ドモンが迷わずサムネイルをタップする。短いロードの後、動画がスタートした。どうやら生配信らしかった。固唾を飲む音が周囲に響いたような気がした。
「──ということで、特別生配信企画第二弾はこれで終わり。やっぱコラボ動画は楽しいわよね。対戦またよろしく! さて第三弾なんだけど、これ見てね。じゃじゃん!」
リアルタイムで小さなウィンドウが展開し、『今週のホロウの生贄!』とポップなテロップがうつしだされた。生贄。これがサイのことであることを、ドモンも他ならぬサイも知っている。妙なギャップがまた不気味だった。
「実は、チャンネル始まって以来のことなんだけど、ホロウが一日目で生贄を仕留め切れなかったの。凄いわ! 詳しくは話せないから申し訳ないのだけれど、これは間違いなくマリー&ホロウへの挑戦よね。ホロウも頑張るって言ってるから、ぜひ応援してね。投げ銭はもちろん、応援メッセージよろしく。この動画は今日の二十三時まで見られるから、どんどん拡散してじゃんじゃん再生してね。で、今回はリツイート数と再生数に応じて、マリー&ホロウのサイン入りステッカーと、オンラインセッション招待券をプレゼントするから、メンバーシップ登録も──」
その後は何事もなかったように再びゲーム配信へと戻った。再生数はどんどん伸びて、投げ銭が滝のようにコメント欄を流れていく。
「ウッワ! なんか知らないけどメチャバズってんじゃん。やばっ、アタシのチャンネルの十倍二十倍じゃ効かないんだけど──」
「TJさん。普段からこのチャンネル、こんな伸び方するんですか?」
「聞いたことない。大体このチャンネル、アーカイブ残さないからそもそもあんま見たことないし。……十八時から始めて、二時間で二百万? ヤバいじゃん」
カウンタが回るたびに、ドモンは言いしれぬ不安を覚えた。マリーは生贄とは言ったが、具体的に誰に何をする、とは一言も言っていない。内容も殆どがゲームや趣味の話、平和そのものだ。
そんな動画の再生数が伸びたからと言って、なんだというのだ。
「あー、そうそう」
動画の中のマリーが椅子に腰掛けたまま、首の後ろを掻き──左右に首をゆっくりと揺らした。まるでケンカの前に首の凝りをとろうとするチンピラのように。
およそ3Dモデルには必要のない行為のはずなのに、ドモンはびり、と皮膚に電流じみた──言うなれば害意のようなものを感じた。
「『見てるわよね』? 分かるのよこっちは。見てるってことは、『見られてる』ってことなのよ?」
マリーはそう笑うと、再びゲーム実況へと戻った。ドモンはバットケースを掴んで引き寄せた。
その直後の事だった。
ガレージの蛍光灯がバチバチと明滅し始め──やがて消えた。蛍光グリーンに発光していた冷蔵庫が頼りなく辺りを照らしている。
TJのスマホは突然ブラックアウトし、彼女が何度タップしても動かない。
「なんだ? 何が──」
「TJさん! そのスマホを放してください!」
彼女の了解を得る前に、ドモンは鯉口を切って、上段から一気にスマホを叩き割らんと振り下ろした。暗闇で火花が散り、刃が削れるような甲高い金属音が鳴り響く。
「酷いじゃない……人のスマホをを〜〜っッんんッ!」
ざりざりと喉が擦れるような声を治すように、それは大きく咳払いをした。
スマホの黒い画面から、ナタを持った手が伸びている。それがドモンの一撃を防いだのだ。それが手首を返すと、刀を弾く。彼はすかさず構え直し、横一文字に腕を切り飛ばした!
悲鳴はなかった。反応も。ゴロリとナタを持った腕がその場に転がっている。少なくともそれは確かだ。ヤクをキメて幻覚を見たわけではない。
「TJさん。……あんた、通信機器は他に持ってないでしょうね?」
あまりのことに、TJはその場に座り込んでしまっていた。小刻みに震え、とても立っていられないのだ。
「れ、冷蔵庫の隣に──作業用のパソコンが──」
ドモンはすかさず腕を蹴ってナタを取り上げ、迷いなく画面に向かって投げつけた!
本来であれば、ナタが画面を貫通するはずであった。突如モニタが起動し、そこから伸びた左手がナタを掴みさえしなければ。
「見つけたァ。見つけた、見つけた、見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた」
それがずるり、と這い出してくるのにそう時間はかからなかった。
画面ごと叩き斬ってやる。左手しかない相手ならば、すぐに──判断は間違っていなかったはずだ。しかし相手は並の人間ではなく、化け物で──何より首が無くても動けるのだ。
「うわぁーっ! やめろ!」
サイの絶叫がドモンの後ろから響く。生首が彼を襲っている! 首の切断面から伸びた、クラゲのような半透明で──九十年代の荒いポリゴンのような触手が足になって、サイの首に巻き付きながら、鋭い歯を見せてかじりつこうとしているのだ!
直後、左手しかない本体がナタを振り下ろしてきた! 再び暗闇の中で激しく刃から火花が散る! 片手なのに、この間戦ったときよりも力強い!
「ウオオオッ! やめろ! 俺を齧るな!」
カチカチとホロウの上下鋭い歯がぶつかり、威嚇と恐怖を内包したリズムとなってサイを襲う!
その時であった!
「ウチのガレージで暴れんな!」
TJが持っていたコーラの瓶をホロウの頭に叩きつける! 粉々に砕け散ったそれに反応したか、爛々と黄金色に光る瞳をTJへと向け、露骨に嫌悪と敵意の表情を向けた。 本体もまたそれに反応したか──ほんの少しだけ隙が生まれた。ドモンは刀を返して投げ捨てると、ホロウの態勢を崩す。そして、ベルトのバックルを外すとそのまま引き抜いた。しなやかな特殊合金性のベルトが一瞬にして硬度と形を取り戻し、一本の剣と化す。これぞドモンの奥の手、ベルトソードだ。
「今度は死んでもらいますよ。生贄はあんたが代わりになってください」
柄の尻に手のひらを当てて、心臓めがけて刃を突き入れる。そして一気に体ごと押し込み、冷蔵庫に向かって背中を叩き込んだ。
バチバチと蛍光グリーンが明滅しはじめ、中のコーラが割れ、発泡しながらあたりに流れた。
消えたはずの天井の蛍光灯が再び明滅し始め、光を取り戻す──。
「やめろ! か、かじるな! 俺を齧るのはやめろ!」
サイは手を伸ばし、目をつぶったまま虚空を押し、じたばたとその場でなにかに抵抗を続けていたが、TJが頭の後ろから肩を叩いた。
「だいじょうぶだって。──もういなくなった」
薄目を開けた彼は、ようやく状況を把握し、体を起こした。
「ど、ドモン。何が起こったんだ? また奴は消えて──」
「そのからくりですけど、だいぶわかってきましたよ」
コーラによって命が消えたルーターを同じところに置いてから、ドモンは床を見た。ホロウの残した右腕──彼女の正体に迫るその証拠を。
「ま、マジ? あんなんマジの化け物じゃん! 何が分かるっての!?」
「奴には肉体がある──というよりは、肉体を調達する方法があるんじゃないでしょうか」
「調達? 何言ってんだ?」
「方法や理屈は纏まってませんが……ヒントは掴んだような気がするんです。その証拠に、ほら」
すでに肉塊になった右腕には、ホロウの着ていたインバネスコートの袖が付いていた。それを引っこ抜くと──たくましい男の腕が現れた。それを見て、サイは理解してしまった。ホロウが殺す意味、その行く末──つまるところ、自分の末路が。
その腕には、あの日見た首無し死体──清と全く同じ、蛇の巻き付いたタトゥーが刻まれていたのだ──。
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