【ボツ】怪Vtuberの殺人オークション・チャンネル(5).text

         

 また朝になった。

 憂鬱な朝だ。結局昨日はTJを一人にするわけにもいかず、ガレージにあった寝袋で、ドモンとサイの二人は夜を明かした。

 彼女が朝食にオートミールを用意してくれたので、二人はそれをスプーンでなんとか流し込む。サイはおかわりでもするのかという勢いで皿を持ち上げたが、果たして彼の舌がまともに動いているか疑問だった。恐怖で麻痺してしまっていると言われても、驚かない。

 TJは昨日から恐怖が裏返ってしまったのか、一見陽気なままだ。しかし、こんなことにこのまま付き合わせ続けるわけにはいかない。


「ドモっちゃん、マジで言ってんの?」


 TJの家に転がっていた古ぼけたクーラーボックスに、切り飛ばしたホロウの腕を詰めながら、ドモンは口を開いた。


「仮説を証明するんです。そのためには警察でもなんでもいいから使わないと」


 TJのスマホを使っていたサイが顔を上げて、こちらへ声をかけた。


「ドモン、渡りがついた。俺の知り合いの刑事が、DNA検査にねじ込んでくれるらしい。最新の機器だから、昼までには結果を出してくれるとさ」


「わかりました。じゃ、TJさん。あんたにも協力してもらいますから」


 彼女は心底嫌そうな顔をしたが、巻き込まれた以上どうなるか分からない──ということを昨日のうちに説明をしてある。ホロウが標的以外を襲う可能性は捨てきれない。それに、彼女は彼女でやってもらいたいことができた。


「分かったよ。そっちはうまくやっとくけど……はっきり言うけど期待はしないでよ? 今日の今日だし」


「それはお互い様ですよ。まあ最悪あなたが殺されることはないと思いますが──」


「そうだと願いたいもんだな。……しかしドモン。この腕が清のものだとしてだ。ホロウがなんで清の腕を付けてるんだ? 訳がわからん」


 切り落としたホロウの腕に刻まれていた蛇のタトゥーは、サイが見た清の死体と同じものだった。

 しかし、サイが警察に照会をかけたところ、彼の死体はとっくに燃やされていることがわかった。では、なぜ存在しない清の腕を持っているのか。


「どこの国でもそうですが、お墓参りに行くと、墓の主──つまり死んだ人に話しかけますよね」


 皿をさっさと片付けて、冷蔵庫によりかかってミルクを飲みながら、TJも口を挟んだ。


「うちの兄貴もよくやってるよ。ダチにキンキョーホーコクだっつってさ」


「それです。実際、一部の国だと、墓はあの世との通信装置で、供えたものがあの世に届くって考えがあるみたいです」


「……で、それがなんだって言うんだよ?」


 ドモンはダイレクトメールの中に挟まっていた裏が白いチラシを取ると、転がっていたボールペンで図を書き始めた。


「いいですか。サイの部屋。そしてTJのガレージ。二つともインターネットが──Wifiが繋がってました。サイの部屋からヤツを追い出した時、ヤツは消えました。ガレージでルーターが壊れた時も同じです。いずれの時も、誰かのスマホはきちんと動いてました。仕組みはわかりませんが、ヤツはWifiを介して──それも電波が届く範囲にのみ現れるんじゃないでしょうか」


 あまりに荒唐無稽にすぎる仮説だった。しかし起こったことは全て事実だ。


「……じゃあ何か? あの世から清の体をダウンロードしてるとでも? デジタルゴーストってことか? そんなITに強いオバケがいてたまるかよ」


「しかしそう考えると辻褄が合うんです。……だから、仮説だって言ったでしょう。自分で言っててちょっと恥ずかしくなっちゃいましたよ」


「とにかく、先方も忙しいらしいし、さっさとこの腕持ち込むぞ。まさかどっかに捨てるわけにもいかんしな」


 オールドハイト市警九十九分署前。タクシーや乗用車に混じって、パトロール前後のパトカーが入れ代わり立ち代わり入っていく。

 ドモンは中には入れない。前科持ちの上、叩けば埃が出る体だ。入ればろくでもないことになるのは目に見えている。

 最後の一本のタバコを取り出し、ライターで火を点ける。ラッキーストライカーとプリントされた箱を握りつぶす。行き交う自動車の排気ガスが、紫煙と入り交じる。

 サイが署から出てきて、こちらに向かってきたときには、もう十一時前になろうとしていた。


「予定通り昼までには結果が出るらしい。で、警察にはこいつを準備してもらった」


 サイが取り出したのは、なんと警察官用のスマホであった。黒いゴムのカバーがかけられていて、ご丁寧にシリアルナンバーまで刻まれている。


「また無茶しましたね」


「ブン屋だからな。それなりのコネは持ってるもんさ。バラされたくないネタの一つや二つ、使わないでどうする? ……とりあえずすぐにホロウに感知される危険は無いはずだ。DNA検査結果もこっちに送ってくれるとさ」


 命がかかってるからな、と言いたかったのだろう。サイの口が少しだけもごもごしたのを、ドモンは見逃さなかった。今は彼に雇われている身だ。──それ以上に、彼は友達だ。見殺しにはしない。できようはずがない。

 電話を受け取り、教えてもらったTJの電話番号をタップした。


『何この番号? 誰?』


「僕ですよ。ドモンです」


『なんだドモっちゃんかァ〜。サッちんは?』


 TJの呑気な声が、今はどこかありがたかった。 


「隣に。つーか君、呼び方なんとかならないんですか? で……場所の準備はできました?」


『バッチリ。持つべき友はネットの中にもいるよね〜。……配信者仲間に頼んで、良さげなところ見繕っておいた。ウエストサイド地区のレインドロップって名前のライブハウスが、ちょうど予約できたんだ。安いしWifiも通ってる。条件にはピッタリでしょ』


 ケリをつけなくてはならなかった。

 あの化け物がどれほどの間、清の姿をしていられるのかはわからないが、サイの調べた触れ込みでは、三日以内に相手の首を切るのがホロウの『ルール』だ。ヤツはそれに従って動く以上、確実に今日本気を出してくるはずだ。

 殺し屋にも同じようにルールがある──依頼を遂行するまでは、仕事は終われない。彼にも、最低限のプライドというものが残っていた。


「サイ、今度は逃げ場は無いですよ」


 ドモンはスマホを投げ渡した。サイはそれを受け取ってスーツの裏にしまい込み、無言で手を差し出した。吐き出した息は少し震えていた。


「タバコくれ」


 口にくわえたタバコを見て、辛うじて出た言葉だったのだろう。ドモンは頭を振って、にへらと笑いかけた。


「ネタ切れです。悪しからず」


 サイは無視してくわえていたタバコをむし取ると、一息に吸った。ちりちりと先が灰へと変わっていく。


「これが最後か? 冗談だろ」


「……生き残れたら、次のを奢りますよ」


 紫煙が吐き出しきれず、サイはむせた。そして──笑った。笑うしかなかった。


「奢る? お前が? 勘弁してくれよ。自信がないから誤魔化してんのか?」


 ドモンはなんとか笑みらしいものを作った。図星だった。しかしそれを彼に正直に話しても、何も解決しない。


「さあ? 僕は君に雇われてる身なんで。ベストを尽くすだけですよ」

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