【ボツ】怪Vtuberの殺人オークション・チャンネル(3).text
朝が来た。
とてもサイの家で過ごす気にはなれず、二人は近場の安モーテルに駆け込んで事なきを得た。不気味でとても眠れなかったが、幸いあれから怪人は現れていない。
「逃げきった──と思うか?」
「思いませんね。ありゃ多分しつこいヤツですよ」
インスタントコーヒーを紙コップで煽りながら、サイとドモンの二人はお互いのベッドに腰掛けながら顔を突き合わせていた。
「ご同業じゃないのか?」
「少なくとも僕が知ってる中じゃ、モニタからずるずる這い出してくるのは映画の中だけですよ。友達にはいません。奴さん、おそらく殺し屋じゃない。ああいう奴なんです」
ああいう奴。言うのは簡単だ。だが全く理解できない。そもそも人から金もらって人を殺す存在に追われるだけでもわけがわからないというのに。
「じゃなんだよ。呪いのビデオか? それとも俺の家が呪いのアパートか? 呪いの配信サイト? どんだけ呪われてんだよ、笑えるぜ……」
「……案外、間違っちゃいないかもしれませんよ。出処はどうあれ、やつらはルールに基づいて確実に命を取りに来る。しかも、依頼を受けたらという制限はあるにしろ、君が誰か、値段がいくらかに関わらずです。殺しや金が目的じゃない。誰かの依頼の結果、自分の手で相手が死ぬことが重要であって、それ以外は何も考えちゃいないんですよ」
納得はできなかった。なんのメリットもなく、そんな面倒なことをやるなんてサイには考えられなかったからだ。
「なあ、ドモン。相手のこともどこから来るのかもわからねえんだ。二度も三度も襲われたらキリがないぞ」
「でしょうね。なら、居場所を掴ませないように逆に移動しながら相手のことを調べるほうがいい。君、取材したがってたでしょう。一石二鳥ですよ」
「そりゃそうだが……分かった。じゃあ会社に連絡しとくか……」
ドモンは壁に立て掛けていた刀を取ると、電波を発信しようとしていたサイのスマホに向かって刃を抜き、底に向かって刃の背を当て、空中に浮かんだそれを横に一刀両断した。
一瞬の出来事だった。ばちばちとバッテリーが断末魔をあげて、その命を終えていった。
「おっ、お前ぇ! 何やってんだよ!」
「電波やGPSを辿ってる可能性もあります。念の為ですよ。ちなみに僕のスマホは昨日君の家に置いてきました。ソシャゲのログインボーナスは諦めてください」
「書きかけの原稿も入ってたのに……畜生」
二人とも違った理由で肩を落としたが、済んでしまったことは仕方ない。モーテルの隣の売店で簡単な食事を済ませ、出発した。行き先はドモンに一任だ。考えようにもこんな訳のわからない状況に対処できる知り合いなど全く思いつかない。 つい最近酷い目に遭ったばかりの地下鉄駅を通り、電車に揺られ──着いたのは、サウスパーク。治安が悪いと評判の犯罪都市オールドハイトでも、さらに最悪と呼ばれている区域だ。
「なんでココなんだよ……ほんとになんとかなるのか? ホロウの前にここのネジ飛んだ連中に身ぐるみ剥がれるなんてのはゴメンだぞ」
敵意の込められた視線をそこかしこで感じながら、堂々と先を急ぐドモンの背に隠れるようにして、サイは小声で言った。
「僕らは文明の利器を手放しましたからね。昔ながらの方法で情報を得なくちゃいけません。つまり人づてです」
「情報屋ってことか?」
「それも考えましたが──僕がいつも使ってる情報屋、リアルじゃ知らないんですよ。携帯がないと連絡先もわかりません。で、君が知ってるとおり、僕友達君しかいないんで」
「お前マジかよ……。じゃ何か? 今から行くのは?」
「友達未満知り合い以上って感じの人です。ムショにいた時に会いましてね。刑期短縮の特別なビズに誘ってくれたんです」
人気のないブリング・アベニューを進んでいくと、ゴールデン・ステートという四階建てのビルがある。人気はない。それどころか、このブリング・アベニューだけが全くの無人だ。
「おい、まさかお前の知り合いって」
「気付きます? まあ有名人ですしね。でも結構面倒見いいんですよ。彼女、顔も広いですから」
オールドハイトに住むアウトロー達に伝わる、真実の御伽話がある。
曰く、この街にはどんなトラブルも腕力だけでねじ伏せる、トラブルシューターがいると。しかもその女は、どこにも属せず、フリーの立場でそれを成す。裏では警察や市長も動かして、どんな無理もふっとばし、彼女のお膝元で悪さをすると、誰であろうと喧嘩を買いにやってくる──。
「『鉄腕』か! 確かに彼女なら何とかなるかもしれねえな」
「でしょう? 少なくとも、突破口になりそうな人を紹介してもらえるかもしれません。僕が切れる最上のカードです」
ゴールデン・ステートは彼女が住むアパートであり、それにビビって付近のアウトローや住人は近づかない。ノースランド地区のギャングの骨を全員バラバラにしてやったとか、自分をレイプしようとした十人の竿を全員素手で引きちぎって口に突っ込んで殺したとか、真偽不明の噂には事欠かない彼女に、好き好んで接触しようという輩はいない。
一方でオールドハイトでのその顔の広さは、転じて『スーパースター』とあだ名されるほどである。暴力の強さより、その人脈の広さからくる何をやるか不明なわからなさが不気味で恐れられている、というのが彼女の評価として正しいと言えるだろう。
「よし、交渉はお前に任せたぞドモン。俺たちの命がかかってるし、スマホはもうベットしちまったんだ──」
結論からいえば、失敗だった。
二人でゴールデンステートの入口まで出てくると、大きなため息をつき、タバコ──ラッキー・ストライカーに火をつけて、とにかく吸った。サイにいたってはむせた。
「留守って……マジかよ?」
「留守ですね。しかも旅行中。ハワイですって。羨ましいですね」
「羨ましいですね〜じゃねえよ! どうすんだよドモン、お前の切り札だったんだろ? 他にアテはあんのか!?」
「正直無いですね。言ったでしょ、僕友達少ないんですよ」
サイは特大のため息をついて、タバコを地面に叩きつけてぐりぐりと革靴で踏みにじった。最悪だ。ならば今夜も状況は好転することなく、あのホロウを相手取らなくてはならない。
ドモンもそれについて思いを馳せていたのか、憂鬱そうに紫煙を吐き、自信なさげに笑った。
「わかった。そもそもお前ばっかに任せるのもおかしいよな。とりあえず、俺の会社に行こう。例の配信サイトに詳しい人がいれば、参考になるかも──」
その時だった。
すばやくこちらにかけてくる者が一人あった。手には長い棒を持ち、目の前にそれを伸ばしながらこちらに向かってくる。ドモンはバットケース──刀を昼間でも持ち歩くために偽装しているのだ──のジッパーを開いたが、すぐにそれを閉じた。
こちらに向かってきたのは、黒人の少女だった。ピンクのシャツにグレーのパーカー、白のスキニーパンツにスニーカーというシンプルな出で立ちながら、恐らく長い髪をコーンロウにして、ビビットピンクのエクステを交えてうまくまとめている。右耳にはシルバー系のイヤーカフスがはめられており、幼さを感じさせる丸い瞳と対照的であった。
持っていた棒はいわゆるセルフィ用のカメラ固定棒であった。
「オッスオッス! 兄ちゃんたちどしたの!? 元気ない?」
「元気あるように見えるか? なんだあんた。地元の子か?」
「そそ。アタシ、ここら出身。名前はTJ。よろ。あとこれ今配信中だから。鉄腕さんのおウチの前でタバコ吸ってたら怒られるよ〜?」
「いいんですよ、どうせ留守だし……だいたいTJさん、あんたも勝手に配信なんかして──!」
二人は気づいた。配信。細い糸だが、今は縋るしかない。
「TJ、あんた──マリーって配信者知ってるか!? Vtuberの!」
「えっ? そりゃ知ってるけど──」
「なら、協力してくれ! 俺の命がかかってんだ!」
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