泥濘で月晴れるときまで耐え忍ぶ

森陰五十鈴

「助けてくれないかい?」


 池と見紛うほどの大きな泥地でいち。その中心に女が立っていた。耳の下で切り揃えられた真っ直ぐな黒髪。闇の中で浮かび上がる白いシャツ。胸の前に何か丸い布の包みを抱えて、茶色のズボンを履いた長い脚を、泥の中に埋めている。

 そうして彼女は、古い緑のフェンスの切れ間から中を覗き込む少女を呼び止めた。くっきりとした目元が、睨むようにこちらに向けられているのが分かる。

 少女は無表情で、女を見返した。薄い雲を透かして月明かりが降り注ぐ。棒立ちになっている彼女の足は、泥の中。本当に埋まっているのだ。となれば、どう助けて欲しいかなど明白で。


「……」


 少女は自分の足下を見下ろした。正確には、泥地のきわ――砂利と泥が混ざり合うその境目を。水気を多分に含んだ土は月明かりを白く弾いて、粘度の高さを訴えていた。

 少女は顔を上げた。そして、伏し目がちな表情で、首を横に振った。


「ごめんなさい。無理よ」


 夜風を声にしたようなアルトが、薄い唇から漏れた。

 女は何も言わなかった。包みを大事そうに両手で抱きかかえたまま、赤い唇を引き結んだ。

 少女は、黒いワンピースの裾を翻し、踵を返す。

 その白い顔に罪悪も何も浮かべないまま、泥地を横目に立ち去った。

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