くるゐざき

AVID4DIVA

くるゐざき

配役(1:1:1)

・・・

伽藍(がらん):人の心の裡を引き出すと嘯く講釈師。性別不問

人見(ひとみ):伽藍に遣われるゴロツキ。男性

小夜(さよ):以前以来で知り合った女。

・・・


規約

・・・

アドリブは筋道の破綻なき限り是とし、他はなし。

・・・






伽藍:今夜、上野の桜を見に行こう。


人見:気でも触れたか。もう秋も半ばだ。花どころか葉があるかさえ怪しいぞ。


伽藍:この時期にしか見れない、佳(い)い桜があるんだよ。


人見:分かった。桜の絵か何かだろう。それも曰く付きの。


伽藍:君、段々疑り深くなってきたね。


人見:誰のせいだと思っている。


伽藍:残念。絵ではないんだ。


人見:造花か。


伽藍:それも違う。


人見:サクラという名の女。


伽藍:君はまたすぐそれだ。


人見:喧嘩(ゴロ)巻いてるヤクザ者の刺青(いれずみ)でも見せる気か。


伽藍:滑稽話じゃない。だが、これまでの答えの中では一番近い。



人見M:こんな調子ではぐらかされ続け、気が付けば私は、夜の上野公園にいた。



伽藍:そろそろ時刻だ。


人見:他に誰か。


伽藍:君も面識のある人だよ。


人見:え、誰だよ。


小夜:お待たせ。あら、アンタも居たの。



人見M:嫌な予感は当たるものだ。

この女には面識どころか、恨み節まであった。

過日、私にしこたま酒を呑ませ、有り金を持ち逃げした女狐(めぎつね)。



伽藍:こうして揃うのはあの晩以来じゃないか。


人見:帰る。こいつの顔は見たくない。


小夜:こっちだってアンタの辛気臭い顔なんて見たくないわ。


人見:誰のせいで辛気臭くなったと思ってやがる。そう思うんならあの晩盗んだ金を返せよ。


小夜:ハッ。とっくにないわよ、あんなはした金。ああ白けちゃった。アタシ帰る。


人見:てわけだ。じゃあな。


伽藍:人見(ヒトミ)くん。ところでこの前の支払い、なんとか間に合ったかね。


人見:……お陰様で。


伽藍:それは何より。もうじき晦日(みそか)だねえ。次の支払いのアテはあるのかい。


人見:(溜息)


伽藍:うん。小夜さん、もう十円出しましょう。


小夜:十五よ。


伽藍:なら二十。


小夜:いいわ。


伽藍:仲直りしていただけて何よりだ。ところで君たち、これが何だか分かるかい。


人見:着物の帯。女物の。


伽藍:うん。袋帯(ふくろおび)だ。


小夜:桜の柄。まさかアンタ、これがオチじゃないでしょうね。


伽藍:まさか。こんな洒落のために虎の子の金子をばら撒くものかえ。


人見:で、その帯で俺達は何をしたらいいんだ。


伽藍:君は流石に呑み込みが良いねえ。こいつを使って、小夜さんの首を絞めて欲しい。


小夜:は。アンタ何言ってんの。


人見:そうか。この女を縊(くび)り殺せばいいのか。


小夜:アンタに殺されるくらいなら舌噛んで死んでやる。


伽藍:落着きたまえ。そんな物騒な話じゃない。


人見:もったいぶるなよ。帯でこの女の首を絞めて何になるんだ。


伽藍:桜が視(み)える。


小夜:だいぶ飲んでるでしょ。冗談はこいつの頭だけにしといてよね。


人見:全くだ。イカれてるのはこの女の貞操だけで十分だ。


小夜:ねえ、アタシにこいつの首絞めさせてよ。息の根止めてあげるから。


伽藍:二人揃うと実にやかましい。花見の風情が台無しだ。


人見:この女には桜よりも銭の花だ。


小夜:花見客の落とした団子でも食ってな、野良犬野郎が。


人見:なんだとこのアマ、つけ上がりやがって。


小夜:ねえ本当にやるの。こいつ頭に血が上ってるわよ。


伽藍:それでいい。男女の愛憎はいつだって薄皮一枚だ。さあ始めよう。



人見M:伽藍の手ほどきで、私は袋帯を女の細い首にシュルとひと巻き。

間近で見るとその首は細く、ともすれば私の手でたやすく縊れそうだった。



伽藍:絞って。


(人見が帯を勢いよく引くと、小夜の首が締まり、苦しそうな呻き声が漏れる)


人見:おい、これでいいのか。


伽藍:なあ、人見くん。鶏を絞めるんじゃないんだよ。もっとこう、作法のようなものがあるだろう。


人見:俺に女の首を絞める趣味はねえよ。


(人見が帯を緩めると、小夜は咳き込んで膝をつく)


小夜:こいつ、本気で殺そうとした。人殺し!


人見:はあ、この程度で死ぬわけないだろ。

小夜:この人殺し。穀潰しのろくでなし。


人見:だから死んでねえって。本当に黙らせるぞ。


伽藍:はいはいやり直し。



人見M:伽藍は頭を掻きながら、私の背後に回った。

人生、分からないものだ。こんな得体の知れない奴に、女の首の絞め方を手ほどきされる羽目になるとは。



伽藍:その調子だ。辛うじて喋ることができる程度の強さが良い。


(小夜の呼吸が荒くなっていく)


人見:大丈夫か。


小夜:苦しいよ。


人見:じゃあ、緩める。


小夜:やめて。


人見:やめるって。


小夜:違うの。緩めないで。



人見M:意図をはかりかね、思わず伽藍の方を見やった。



伽藍:いいから。顔を近付けて彼女を見て御覧。そう。接吻するくらいにだ。



人見M:頼りない瓦斯灯(がすとう)の明かりでも確かめられるほどに近く、私は女を見つめた。



(小夜、涎を垂らしながら、恍惚とした表情で人見を見上げる)


人見M:女の目には涙が滲み、口角からは透明な涎が一筋垂れている。

わずかに浮腫み、紅潮した顔は鬼灯(ほおずき)の実を連想させた。


伽藍:どうだい。美しいと思うか。


人見:ああ。



人見M:とだけ、口から先に出た。

首を強く絞められて、物欲しげに私を見上げているこの女の顔の一体どこが美しいというのか。審美を下す理性は、帯と共に握り締められていく。



小夜:もっとして。ねえ、もっと、強くして。


人見:てめぇ、俺っていう亭主がありながら、また他の男に股開きやがったな。


小夜:ああ、あんた、堪忍よ。堪忍よ。


人見:うるせえ。今日という今日はもう勘弁ならねえ。お望み通り絞め殺してやる。


小夜:ああ、あんた、いいよ。いいの。もっと絞めて。もっと強く首を絞めて頂戴。


人見:てめえの好きな桜の木に吊ってやるからよ。花が咲くたびに思い出せ。



人見M:意味もない言葉が口をつく。女の懇願が欲望に拍車を掛ける。

私は、この女を確かに縊ろうとしていた。



伽藍:二人ともすっかり入ってしまったようだね。さて、帯遊びはこれまでだ。



人見M:伽藍は扇子で私の額を素早く叩いた。

パンという子気味良い音と共に、絞られた帯が緩み、私の正気は張り詰める。



小夜:ああ、綺麗。なんて綺麗なの。真っ赤に咲いてる。


伽藍:人見くん。幹の二股のところに帯を引っかけて彼女を吊るすんだ。



人見M:言われるままに幹の二股を捜した。木を見上げた。桜が、咲いている。



伽藍:早くしたまえ。桜の夢が覚めてしまう。



人見M:葉も僅かだった桜の木に、火が燃え移るように花が咲いていく。

それは桜の薄紅というよりも、彼岸花に似た鮮やかな赤だった。



小夜:ああ、綺麗だねえ。綺麗だねえ。


伽藍:君まで見とれてくれるな。彼女が戻れなくなるぞ。


人見:こいつを、本当に殺すのか。


伽藍:形だけでいい。縊死(いし)したように見せるんだ。


人見:見せるって、誰に。


伽藍:彼女に、だよ。



人見M:気圧された私は、言われるままに帯の両端を幹の二股に通し、形ばかりの首吊りを作って見せた。



小夜:ああ。ああ、イッちゃう、イッちゃうの。


(小夜、帯と共に幹からズリ落ち、正気に戻る。咳き込みながら呼吸を整える)


伽藍:二人とも、桜は見えたかい。


人見:咲くというか、燃えるようだった。


伽藍:ハハ、君は意外と詩人だ。


小夜:何なのよあれ、気持ち悪い。気が付いたら顔中ぐちゃぐちゃだし、最低だわ。


伽藍:ご苦労様でした。約束通り、謝礼に色を付けさせていただく。


小夜:五十。


伽藍:今なんと。


小夜:追加で五十円よ。そうじゃなきゃ割に合わないわ。


伽藍:なんとまあ。



人見M:伽藍は桜模様の袋帯を綺麗にまとめて、女の無茶に笑顔で答えた。



伽藍:人見くんもご苦労だった。晦日の支払日まで、どうか枕を高くして眠ってくれ。


人見:一体何だったんだ、ありゃあ。


伽藍:嘘と真を行き来するような生業(なりわい)をしていると、不思議なものが不思議と手元に転がり込んでくることがある。この帯はその一つだ。


人見:やっぱり曰く付きじゃないか。


伽藍:君、女の首を絞める趣味はないと言ったね。


人見:ねえよ。


伽藍:小夜さんは。


小夜:絞められる趣味はないけど、絞めたがる男は結構いたわ。


伽藍:蓼食う虫も好き好き。情交に欠かせないという者もいる。


人見:そうかいそうかい。それでその帯は好事家(こうずか)の遺品か何かか。


伽藍:ご明察。この時期になるとこの帯が手元に帰ってくるんだ。彼岸はとうに過ぎたが供養だと思って毎年付き合っている。


小夜:ねえ、アタシお腹空いた。お寿司食べたい。


伽藍:ご馳走しますよ。この先にしめ鯖の美味い店があるんです。


人見:俺に、この女に、気前よくばら撒いて、おまけに寿司まで振る舞うなんて、いやに羽振りがいいじゃないか。


伽藍:この帯は毎年手元に戻ってくると言っただろう。


人見:手元に戻ってくる。成程、そうか、質草(しちぐさ)か。


伽藍:本当に、そういうところだけは鋭いねえ。


人見:曰く付きの遺品なんざ質屋に入れたらバチが当たるんじゃないか。


伽藍:この木にも春にはまた花が咲く。情欲もそれと同じことだよ。



人見M:講釈師の妄言に首を傾げて桜の木を見遣る。桜はもう見えなかった。

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