第7話 ザリガニ釣り


 暖かくなってきて、私は仲の良い男子の西野くんと新海くんと一緒にザリガニ釣りに行った。


 大川には脇に細く引かれている用水路のような川がある。

 そこに、スルメイカをぶら下げた小さなお手製の釣り竿をおろすと、黒っぽいザリガニがハサミでエサをつかみ釣り上げられるのだ。


「すっごい発明だね。誰が考えたのこれ!」


 私は、男兄弟がいないのでこういう遊びがとても新鮮で興奮気味に二人に聞く。


「父ちゃんに教えてもらったよ。この穴場はしんちゃんに教わった」


「アミでうまくとれなかったから、ニシちんにおしえてもらえてよかった」


 西ちんは、私と同じ町内会で町内会の遠足やお祭りを一緒にするので仲がいい男子だ。

 快活で裏表なく気持ちがいい男子だ。


 新ちゃんの方は、川沿いに住んでいて、いつもだらしないし、私よりもお馬鹿なのだが、ものすごく芸術的な絵を描いたり、工作をしたりが得意な子だ。

 それはもう天才的で、私は叶わないと尊敬すらしている。

 女子には人気はないが、魚をいっぱい飼っていて心根が優しい。


 近くの工場こうばでダンボールや厚紙の端材が出ると、同じく工作や絵が好きな私に山分けしてくれからという理由だけで好ましく思っているわけではない。

 

 二人が持ってきたバケツには、ザリガニが面白いほどたまってきた。


「なあ、天城。杉田のことだけどさ……」


 釣り糸を垂れながら西ちんが、言いづらそうに杉田の名前を口にした。


「杉田がどうしたの? また何かした?」


「いや、お前、女だしあいつにあんまり関わるな」


「私だって、別にかまいたくてかまってるわけじゃないよ」


 私は頬を膨らます。

 なんだか、私が積極的に絡んでいるように言われるのは心外だ。


「そうじゃなくて、あれは普通じゃないからいくら言ってもダメだってことだ」


 西ちんが、困ったように頭を掻く。


「……?」


 私は、意味が分からずきょとんとする。


「ニシちんは、ランちゃんのこと心配してるんだよ」


「ありがと。でも、なんで急に??」


「この前、姉ちゃんに杉田の話したら。『どうしても、ダメな奴っているから関わるな』ってハトの話をされた」


「ハト?」


 脈絡のない話しに私は首をひねる。


「天城は、学校の近くの神社のハトによくエサやりに行くだろ?」


「うん。あの神社、近くの店でエサ売ってて面白いほど集まるんだもん。マンションでペット飼えないから、楽しいんだよね」


 私は、手品師みたいにハトがバサバサと羽音を立てて手に乗って来るのが大好きだった。




「……足のないハトいるだろ。何羽も」


 私は、釣りをする手をピクリと止めた。

 知っている。境内にはBB弾もたくさん落ちているし、テグスが絡まって足がプラプラしているハトやもう完全に片足がないかわいそうなハトもいた。


 偶然の事故にしては、数が多いとは思っていた。

 誰かが意図的にやっているとうすうす気が付いていた。


「……それ杉田がやってるの?」


「ちがうちがう! そうじゃなくて……。

 世の中には、そういう理解できない『悪いこと』をする奴がいるって話だ」


 西ちんが苦々しい顔をしているのに、新ちゃんは、我関せずとザリガニを釣り上げる。


「だったら、誰かが杉田にダメなことはダメだって教えてやらないと、いつかそうなっちゃうかもしれないじゃん!」


「それは、天城じゃなくてもいいんじゃないか? 

 俺らも一応言ってるんだけど、聞く耳もってもらえないし、女子のお前じゃますます聞きやしないって」


「…………」


 西ちんが、私のことを心配してくれたのはよくわかったが、なんの解決にもならないことに胸がモヤモヤした。


「ランちゃん、ザリガニほしい? もってくー?」


 新ちゃんが、場の空気を読まないで機嫌よく聞いてきた。


「いらな~い。釣るの面白かったけど、私の金魚が食べられたら困るし、新ちゃんにあげるよ」


「やった。これで絵かくー」


「私も絵描く。新ちゃんちに行っていい?」


「いいよー。ランちゃんくると、おばあちゃんよろこぶし」


「俺も行くぞ。新ちゃんちのおやつうまいからな」


 新ちゃんの家は町工場まちこうばで、両親は見たことがなかったが、遊びに行くと優しいおばあちゃんがいつもかりんとうやらお饅頭といった私の大好きな極甘なお菓子を出してくれるのだ。


 私たちは、釣果を持って新ちゃんちへ向かった。



 この苦々しい胸の内も、甘いものを食べれば少しは晴れるかもしれない。

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