第4話 石の雪玉事件



 その冬、事件は起きた。


 めずらしいことに、雪が積もった。

 それは、雪合戦や雪だるまができるほどで、みんなで校庭へ出て、声を上げおおいにはしゃいだ。


 東京での雪は本当に貴重だ。

 

 楽しく男女問わずに、雪合戦をして遊んでいると杉田が混ざって来た。


(さすがに楽しそうだから混ざりたくなったのかな?)


 大っ嫌いな杉田だったが『お前、あっちに行け』というほど、私は意地悪ではない。

 混ぜてと言わなくても、問題を起こさなければ別にかまわないなと放っていたが、すぐに異変が起きた。


「きゃっ! 痛いっ!!」


 杉田の投げた雪玉が顔にあたったヒロミちゃんが、しゃがみこんで泣き始めたのだ。

 

  

(少し氷みたいに硬くなってるところがまざった雪玉だったのかな?)


 そう思い、私は心配して駆け寄る。


「大丈夫? 顔を狙うなんて、ホント意地悪だよね」


 と、その子を助けに行って額を見れば、赤く腫れていた。


「え、これって……」


 見れば、当てられた雪玉は普通のものではなかった。 

 他に、杉田に雪玉をぶつけられた子が口々に怒っていた。


「痛いじゃない! 雪に石を入れるなんてどうかしてるよ!」

 

 そう、杉田はすべての雪玉に石を入れていたのだ。

 

   *


 雪玉に石を入れるなどというのは、いたずらではすまされない。犯罪に等しい。


 私は、完全に頭にきた。


(杉田を野放しにしてはいけない。

 こいつは、痛みを知らないとダメだ。やられたら痛いってことを分からないと、何度でも同じことをする)


「杉田ッ! これは絶対にやっちゃいけないことだろうが! あやまれ!」


 私は、杉田の胸ぐらをつかんで叫んだ。

 そのくらいしないと、杉田の心には響かないと思った。


 杉田は「やかましいわ、ドブス!」と、私の鳩尾みぞおちを蹴った。


 一瞬、息がつけなくなる。


(だから、どうしてこんな蹴りができるのよ! 頭おかしいよ!)


 私はひゅっと細い息しか吸えず、せき込むが、呼吸が整いざま杉田の太ももに力いっぱい蹴りを入れて言い放つ。


「ドブスでも関係ない!

 お前は、もっと、ちゃんと、人の痛みを知れ!」


 人を蹴ると痛いと言うより、足がしびれる。


 だから、蹴りたくなんかない。

 人を傷つけるのは怖いことだ、


 だから普通、顔や頭、脛や腹は狙わない。

 だいたい、兄弟喧嘩の一つや二つすればそこが狙ってはいけない急所であると分かるものだ。


 狙うなら、ももしりだ。

 そこなら、痛みはあるが大怪我はしない。


 杉田は、腹や背を蹴るし、雪玉は顔を狙っていた。


 知らないでやっているなら、誰かが教えてやらなければいけないと私は思った。

 しかし、杉田は「痛てーな、バカは死ね!」といって、少しの悪びれもなく嗤いながらまたしても、私の背を蹴り転ばせた。


(痛ったい。本当に人間を物か何かだと思ってるの?)


 こんな力の蹴り、普通ではないとどうして分からないんだろう。

 私は、ひるまず杉田を睨みつけて怒鳴る。


「バカはお前だ!

 蹴られたら誰でも痛いんだよ!

 顔に怪我したら、いっぱい血が出るんだよ! 

 お前は知らないからそんなことができるんだ。

 お前の方がよっぽど大バカだ!」

 

 私の真剣な言葉も、杉田には届いてはいないようだった。


雑魚ざこが、るっせーよ!」


 杉田は、私の周りに友達や先生がやってくると、さもつまらなそうなふてくされた顔をして逃げて行った。

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