第13話
帰り道は真っ暗だった。遠く空の深い場所に太陽が見え、黒と紫紺のグラデーションが作り出されている。昼間の暑さがほんの少し鳴りを潜め始め、代わりにセミが鳴いた。
三人と別れて最寄り駅から自宅までの道を歩く道中、明音はラブレターの差出人について考える。今日、多くのヒントを得た。そのヒントと持ち合わせる全ての情報を繋ぐ。
「差出人には交際以外の目的があった」
思考を確立するように、思い浮かべた内容を言葉にしながら歩く。
「ラブレターを出すことで、その人に何らかのメリットがあった」
消え入るようなセミの鳴き声が偶発する夜道を、静かな足取りで進む。
「ラブレターに関する私のアクション。それが目的だったことになる」
歩きながら「何をした?」と自分に尋ねる。
「……達子に相談し、三人に犯人か否かを確かめた。その結果を達子と共有して――それくらい? いや、違う。後は……」
明音はそこまで呟いた後、ピタリと口を閉ざして足を止める。
立ち止まって十数秒ほど考え込んだ後、組み立てた推理を壊さないよう丁寧に歩き出す。
「そうだ」と明音は呟いた後、「筋は通る」と続けて目を細める。
それから十分程度、明音は何も喋らずに考え込みながら家まで歩く。遠くに自宅の屋根を見付けた明音は、残り僅かな道を微かも歩調を変えずに歩いて。ふと、止めた。
痺れを切らしたように懐からスマートフォンを取り出し、電話を掛ける。
四コールの後、その人物は着信に応じた。
『もしもし。どうした?』
電話に応じたのは藤友達子だった。明音は夏の潤んだ夜空を見上げて呟く。
「急に掛けてごめん。相談したいことがあるんだけど、今大丈夫?」
『長くならないならね。つまり――手短に用件を言いなさい』
どうやら話を聞いてくれるらしい。感謝しつつ唇を濡らす。
「ラブレターの件。概ね差出人は分かった気がするんだけど、一押しが欲しいの。仮説を確証にできるような何かが欲しいんだけど、その……ヒントを貰えないかな、と」
そう伝えると、彼女は暫く沈黙した。何かを燈子と約束していた訳だが、それを反故にしないか否かなどを確かめているのだろうか。やがて、質問が返ってくる。
『一応、アンタが考える犯人を聞いておく』
聞かれたから、明音は勿体ぶることもなくその人物の名を伝える。
同時、自動車が道端に立つ明音の真横を凄まじい速度で駆け抜けていった。
「――――が出したんだと、私は思ってる」
達子はしばらく考える。間もなく、嘆息の後に了承の意が返ってきた。
『オーケー、諸々考えて、アンタの最後の一手に協力することにした』
「ほ、本当!? 助かるよ」
『で、ヒントだけど。別のアプローチから犯人を特定してみればいい』
間隙を開けずに答えが出され、明音はその意図を汲みかねて口を噤む。だが、明音が全てを理解できていないことは達子にも理解できたのだろう。彼女は丁寧に続けた。
『確証が無いということは、アンタは恐らく動機から推理したんだと思う。犯人の目的を考え、その行動を実行していた人物を犯人と仮定した。5W1Hで言うところのwhyね』
頷く。電話越しだということを思い出して、「うん」と言葉で伝えた。
『だから、それ以外を考えればいい。今回の事件、私達はもっと単純な方法で犯人を特定することができた。私もアンタも、すっかりそれを忘れていた』
「もったいぶるね。ええと、つまり?」
要点を得ない達子の言い回しに質問をすると、率直な答えが返ってきた。
『when――つまり、ラブレターはいつ出されたか』
ラブレターが届いた具体的な日時は覚えていないが、三人との予定を組み立てた日から逆算して思考する。日付を特定し、時間帯を特定した。それが何だというのかと達子に聞き返そうとしたが、それから間もなく、彼女の言いたいことが理解できた。
「……誰が出したかじゃなくて。誰になら出せたか」
呆然と呟く明音の耳に、『そういうこと』という肯定と、通話終了の電子音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます