第10話
東陽高等学校は、公立校にしては珍しく学食がある学校だった。
普段は弁当を買って教室で昼食を取っている明音と達子だが、その日は珍しく、学食に足を運んでいた。昨日の、『明日はラーメンが食べたい気分』という達子の一言が理由だ。明音がそれに付き合う理由は無いが、付き合わない理由は無いので、楽しい方を選んだだけだ。
十二時半の学生食堂。ロールカーテンの隙間から陽光が差し込み、強い冷房と濃厚な出汁の香りが居心地の良さを作り上げている。早くも食べ終えた学生がお冷で席に居座る様は、ファミリーレストランをほうふつとさせる。
左右に合計八脚の椅子が備えられた長机が無数に並ぶ席の中、冷え性の達子は、最も冷房の当たりが弱い端の席を選んだ。必然、彼女のお供である明音はその向かいに座った。どうやら入り口から遠いこの席を選ぶ学生は多くないようで、談笑の声が多く立ち始めたこの学食においても、二人の周囲にはあまり学生が座ってこない。密談には都合が良かった。
達子は『前から気になっていた』と語る学食の素ラーメンを啜り始め、明音も何も言わずにフライ定食に箸を伸ばす。達子の椀から麺が半分ほど消え、明音の皿からフライが二つ消えた頃。ぐい、とお冷を口に流し込んだ達子が一息を吐いた。
「それで」
そう切り出す彼女に、明音は箸を置く。
「どうだった?」
質問の意図は確かめるまでもない。
珍しく学食を選んだのは、教室ではこんな話がしづらいだろうという計らいか。
藤友達子という人間は物事をバッサリと切り捨てて合理的な道を選び続ける女傑だが、誰も彼もがそういう生き方をできる訳でないことは理解してくれている。凡人である明音は彼女の配慮に感謝しながら、口の中の油をお冷で胃に押し込む。
「結論から話すと、全員、自分じゃないって答えた」
単刀直入に答えだけ告げると、達子は唸りながら顎に手を添える。
「ふむ……」
「何か気になる事でもあった?」
「いや、『容疑者全員が自分ではないと答えた』ということであれば、それは議論から導き出した判断ではなく、発生した事実なんだから、『結論』ではなく『結果』じゃないかしら」
「日本語が下手糞で悪ぅござんした。結果から――に修正しといてください」
明音は苦々しい顔でそう返し、達子は鼻で笑いながら思案の素振りを見せる。
無論、彼女も本気でそんな部分が気になったのではない。思考の間、口寂しいから些細な暇潰しをするために明音を茶化したのだ。アイスブレイクには丁度いい小突き合いである。
黙考した達子は、やがて思考を打ち切って話を進めた。
「報告はそれだけ? 他にもラブレターに関する考察が聞いておきたい。彼女達の主張をどう判断したかとか、主張を事実とするならどう考える、とか。何でもいい」
「オーケー、それなら簡潔に」
明音は唇を湿らせる。湿度の高い夏、それはただの癖のようなものだった。
「さっきも言った通り、三人とも揃って『自分は差出人ではない』と主張した。ただ、もう一点共通していたのは、『差出人であれば取らないだろう言動』も取っていたこと」
達子の目が細められる。
「具体的に」
「うん。まず、燈子――佐倉燈子は、その、私から……恋愛感情を伝えた。もしも彼女が差出人であれば、それを前にして嘘を吐き通す理由は無いと考えた。それから辻野紗季と霜鳥千晴は、両者ともに『ラブレターを捨てろ』という旨の発言をした。これも勿論、差出人であればするはずのない言葉だと思う。だから私は、他の容疑者が居ると思ってる」
そこで、達子の言葉が挟まる。
「待った。確かにその論理には整合性があるけど、そもそも、どういう経緯でそう言われたのかを教えて。佐倉燈子との会話はともかく、容疑者探しからラブレターを捨てろという話に移行する意味が分からない」
「……話すと長くなるけど」
「手短に」
「無茶を言ってくれるね。どう話したものかな」
明音は女王様の勅令に応えるべく、口を押さえて思考を整理した。
そもそも非常に話しづらいパーソナルな領域の話なのだが、しかし、彼女に頼った時点で半端な情報だけ提供して答えを求めるのも筋が通らない。二人に不義理を果たさない程度に情報の取捨選択をして、明音は簡潔な言葉を頭で用意する。
「……紗季さんの発言は、容疑者か確かめた後の帰り際、電車の中で。あの人から何となく、好意のようなものを感じたから、その理由について言及した。その延長線上で」
「分かった。それで納得する。次」
「千晴の場合は、三人の中にラブレターの差出人が居たらどうする、って流れになったから、私は誰のものでも受け入れると答えた時。千晴も私のことを好きだと言ってくれて、その後に冗談だって撤回したけど、その会話の最中に、ラブレターなんて捨てろ、と」
達子は「ふむ」と唸って腕を組み、数秒、沈黙した。
「――アンタ、もしかして全員にそれとなく好きだって言ってない?」
「んぐっ⁉」
図星であった。明音は吹き出しそうになり、寸前で止まる。
「……まあ、うん」
「節操無いわね。アンタに惚れた奴らに同情する」
白い目が突き刺さる。酷い言われ様だったが、反論の余地は無かった。
「さて、閑話休題。今の話を基に、先ずは私達の目的を整理する」
「ラブレターの差出人を特定する、だよね?」
「そう。そして、容疑者は三人であることを特定し、アンタはその三人に接触した。結果、三人とも自分ではないと答えた。その時点で可能性は概ね三つに絞られる」
達子は指を三本立て、相違ない明音は頷いた。達子が指折りながら数える。
「一つ、私達が絞り込んだ以外の容疑者が存在する。手紙の記述ミス、再婚による姓の変更なんかもここに含む。二つ、アンタを妬んだ人間による悪戯。それから三つ目、容疑者が嘘を吐いている可能性。――他に、何か可能性は考えてる?」
「ううん、無いかな。私は三つ目を考慮していないってくらい」
「了解。それじゃあ一つずつ考察していくわ」
達子は卓上の胡椒を手に取ると、それを残り半分のラーメンに大量に落とす。
「先ずは一つ目、他の容疑者が居る可能性」
「私はそれを最有力だと思ってるよ。あの三人に嘘を吐く理由が見当たらなかったもん」
「それについては後ほど検討するとして、今は消去法じゃなくてそれ自体を考えなさい。つまり――他の容疑者が居ると判断するに足る証拠、根拠があるか。どう?」
理路整然とした達子の反論に、明音はぐうの音も出せずに感謝する。シャーロック・ホームズが隣に居るような気分だった。自分はジョン・H・ワトスンになどなれないが。
「今のところは心当たりも何も無いけど、ただ――もう一度、今度は自分の目で全生徒の名簿を確認しようと思ってる。できることと言えば、それくらいかな」
「他に意見は?」
「無いかな」
「それなら今度は私の番ね」
「順番式だったんだ」
達子は胡椒を入れたラーメンを箸で軽くかき混ぜ、視線を液面に落としたまま告げる。
「アンタが容疑者に聞き取りをしている間、私の方でもう一度名簿を洗い直した」
先手を打たれていたらしい。掴み直してフライに伸ばした箸を止める。
「早く言ってよ」
「それ以上の情報がアンタから出てくるのを待ってただけよ。出なかったけど」
「期待外れで悪かったね。それで?」
「結果から伝えると、他にイニシャルS.Tの生徒および教員、学校関係者は居なかった」
明音が難しい表情で考え込むと、達子の言葉が続く。
「もちろん、それだけ伝えてもアンタは納得できないと思う。自分で探し直そうと思ったのに、結果だけ伝えられて、はいそうですかとはいかないでしょ」
「まあね。実は面倒くさい性格でして」
「でも、納得しなさい。教員用の名簿を目視で確認して、教員のパソコンに入っている名簿でも確かめたから、間違いはない。あの三人以外の該当者は居なかった」
渋々納得しようとした明音は、ふと、言葉の一点に意識が留まる。
「――先生達のパソコンを借りたの?」
「誤解しないように。勝手にやった訳でも、ラブレターのことを話した訳でもない」
「なら、どうやって」
「簡単な話よ。偽物の落とし物を作った」
合点がいった明音は、達子を白い目で見た。
「なるほど。その手があったか」
「その辺で買ったハンカチに油性ペンでイニシャルを書いて、熱心な新任教師に見せた。んで、落とし物入れの返却割合を理由に、実際に持ち主を見付けてあげたいと説得したら、立会いの下で名簿の確認を許してくれたのよ。だから、他の該当者は居ない」
そう断言されると、これ以上の思考は無意味だということを確信させられる。
それにしても、大胆な作戦を講じるものだった。
「学校内の容疑者は他に居ない。勿論、記載されたイニシャルの間違いなんかも可能性としては考えられるけど、その場合は推理する余地が無いから、この際、考慮しない」
「つまり、容疑者は依然として三人――か」
「それが私の結論。異議は?」
「無いよ。達子がそこまで言い切るなら、文句の付けようもない」
つまり、三つの可能性の内の一つが共通認識として潰えた。
残るは、悪戯か、嘘か。明音と達子は残っている昼食に手も付けずに話し合う。
やはり、切り出したのは達子からだ。
「それじゃあ二つ目の可能性、『誰かの悪戯』。実はこいつの処理に困ってる」
「これを可能性として考え始めると、容疑者が三人から全校生徒にまで膨れ上がるもんね」
「だから、個々人を洗うんじゃなくて、可能性そのものを絞り込んでいく必要がある」
二人で揃って唸った。昼食の開始から十五分、授業の切り上げが遅かった生徒達が、慌てた様子で食堂に入ってくる。席数には十分に余裕があるのを確認すると、歩調を緩めていた。
一人で考え込むのは得意ではなく、明音は悪いと思いつつも達子へと壁打ちを始める。
「悪戯なら、動機が要るんじゃないかな」
「それだと結局、全校生徒を洗う必要があるでしょ」
「じゃあ、私のことを嫌いな人を重点的に調査していく」
「心当たりは?」
「無いね。今のは忘れて――それじゃ……ううむ」
再び沈黙。次にそれを破ったのは達子だ。
「そもそも、悪戯でラブレターなんて出すのかしら。やるにしても手が込んでいる」
「実際に見た訳じゃないけど、漫画とかだと常套手段だよね。呼び出して馬鹿にする」
「馬鹿にされた?」
「いや、どうだろ。別に周囲を気にした訳では――」
呟く頃、何かが引っ掛かって、明音は口を閉ざす。同時に達子も押し黙った。
顎に手を添える明音と、トントン、と手癖のようにテーブルを叩く達子。散発的に上げたアイデアの群れが細く頼りない糸で少しずつ繋がっていくような感覚。その糸を補強するために、そして結論を頼もしい友人に委ねるように、明音は正解の推理を放棄して、可能性の掘り下げに没頭する。深い深い水面に落ちるような、音を忘れる思考の末、呟く。
「――私の知るいじめには、常にそれを見て楽しむ人達が居た」
中学生時代、友人を襲った、そして自分に迫った悪意の行動が今も尚、鮮烈に海馬に刻み付けられている。この世には、人が傷付く様を見て喜ぶ人間が存在するのだ。
テーブルを叩く彼女の指が止まる。
視線が交錯した。お互いの目に映る自分の姿を見て、思考を深掘りし合った。
達子は小さな嘆息と共に背もたれに背を預け直す。綺麗な唇が推論を語りだす。
「嫌がらせの本質は、困っている被害者を見て悦に浸ることだと考える。つまり、これが悪戯である場合、犯人は振り回されるアンタを観察して楽しむと考えるのが自然」
「……個人間でメッセージのやり取りをして、三人と予定を合わせた。場所は聞き耳を立てていたら分かるような、飲食店とか、そもそも家の中だった。学生が見ていたら分かる。誰かに監視されていたっていうのは、正直、考えづらいかな」
お互いに同じ光明が見えたらしい。達子が探るように明音の目を覗き込む。
「完全に疑惑を払拭できたとは思えないけど、差し当たって有力として調査するほどの可能性は無くなったと考える。相違は?」
「無いよ。もしも、他に何か目的があって悪戯をしていたとしても、それらはあまりにも遠回り過ぎる。考えるだけ無駄と判断して可能性から排除するのは、うん、合理的だと思う」
この一点についてお互いの見解に相違は無く、故に残るは彼女が最後に挙げた可能性だけ。
「そうなると必然、残すは三つ目。『誰かが嘘を吐いている』可能性」
「それについてだけど――消去法ではなく、可能性そのものを検討するのなら、私は誰も嘘を吐いていないと考えるのが妥当だと思う」
単刀直入にそう伝えると、「ふむ」と達子は唸りながら同意の姿勢を見せた。
「確かにアンタの話を聞く限りだと、差出人――つまり、アンタに恋心を告白して恋愛関係になりたい、って動機を持った人間としては、皆あり得ない言動をしている。アンタからの告白を取り合わなかったり、ラブレターを捨てろと迫ったり」
「そうなんだよ。だから、私にはこの可能性は考え難い」
そう言い切る明音に対して、しかし達子は否定を返した。
「だけど、私はこの可能性が一番有力だと思ってる」
明音はムッと口を結ぶ。
不機嫌になっている訳ではなく、彼女がそう言い切る理由が分からないのだ。
「そうは言っても、じゃあ皆の言動の矛盾についてはどう説明するの? ラブレターを出して会いに来てください、って言った人が嘘を吐く理由が無いよ」
「アンタにラブレターを出した。しかし、目的は交際じゃなかった。これなら、アンタにラブレターは出すけれども、差出人かと迫られたら嘘を吐く――その矛盾と辻褄が合う」
疑問に間髪を挟まず返された達子の推論は、明音にとっても納得のいくものだった。
「それは」と呟きながら頭の中で推理を組み立てる。確かに、単に目的が交際だと決めつけると矛盾が生じるが、最終的な目的が交際ではない、何かだとすると、筋が通る。「――でも」と明音は残る疑問を熟慮せず口にする。
「それじゃあ、その目的は何?」
「さあ、そこまでは分からない。でも、それで矛盾は生じなくなる」
「確かに矛盾は無いかもしれないけど……疑うに足る強い根拠も無いよ」
「常識的な手紙なら自分の名前をしっかり書く。伏せてイニシャルにしている時点で、あれはマトモじゃない。悪戯か、本物か。本物だとすれば何らかの意図が伏せられていると考えるのが自然――疑うのに、十分な根拠じゃない?」
この議論は『誰かが嘘を吐いている』と考えるのが妥当か否かを決める議論だ。
あの三人の中の誰かが、何らかの意図を持って名前を伏せて、ラブレターを差し出した。仮説に無理が無い以上は、彼女の推論が正しいことを認めなければなるまい。
明音は黙考の後、何度か頷いた。
「確かに……筋は通るし、考察するに足る仮説だとも思う」
だが、それが筋の通る仮説だとして。そうなると、もう一つ疑問が浮かび上がってくる。
明音は表面が冷えつつある定食の白米を見下ろして、呟いた。
「でも、そうだとすると、目的って何なんだろう」
先ほど、彼女が『そこまでは分からない』と答えた疑問。この問題の核心はそこにある。
それをどうやって推理しようか。そう考える中、達子が神妙な顔で明音を見た。
「そのことだけど、私の中に一つ心当たりがあって――」
――と、そこで達子の言葉が途切れる。明音を見ていた彼女の眼差しが、その背後に向いた。
彼女の視線を辿るように明音が後方を見ると、そこには学食のトレイを持った千晴と紗季が居た。こちらを見付けた二人は、意外そうな顔をしながら歩いてくる。
「後で話す」
達子はラーメンを箸で掴みながら、小声でそう語った。「うん」と明音は二人に手を振りながら、口を開かずに返す。それから間もなく、二人が席に寄ってきた。
「珍しいね、明音が学食でご飯食べてるなんて。お弁当を忘れたの?」
「いや、今日は達子が学食にしたいって言うから、付き合いでね」
そう言いながら対面の達子を示すと、彼女は温くなったラーメンを啜りながら顔面だけで会釈する。千晴は持ち前の社交性で不愛想な達子に手を振った。
「や、藤友さん。突然だけど、『友達の友達』ってどう思う?」
「……『他人』。言いたいことは分かる。気にしないから普通に座りなさいよ」
「どもども。話が早くて助かる」
ぞんざいな達子の返答に、千晴は気分を害した素振りも見せず明音の脇に座る。
次いで、紗季は千晴の対面、つまり達子の隣の席を引く。
「席、空けなくて大丈夫か?」
「そう聞かれて『空けてくれ』って答える奴は現代社会でやっていけないでしょう。別に気にしませんが、強いて言うなら汁をこっちに飛ばさないでください」
「そう答えられるなら大丈夫だな。失礼するよ――ちなみに、汁物は頼んでない」
独特な距離感の返答に笑った紗季は、そう返しながら席に座した。
そうして珍しい四人組での昼食が開始する。
先ほどまでは空気と一体化していたこの空間だが、クラスの人気者である千晴や、学外でも名の知れている美形ベーシストの紗季が加わったことで、一気に人目を浴びるようになり始めた。チラチラと二人を窺うような視線と、そんな二人と同席しているよく分からない二人組に対する懐疑の視線。達子は飄々と、明音は少し居心地悪く昼食を進める。
「二人はよく一緒に食べてるの?」
明音はふと、浮かんだ疑問を言葉にする。同じ学年である千晴が昼食時にクラスに居ない様子は何度か見ているが、三年生の紗季が普段、どうしているのかは知らなかった。
千晴と紗季は視線を交え、軽い譲り合いの後に紗季が答えた。
「別に示し合わせている訳じゃないけど、そういう日が多いのは事実だな」
「あ、紗季さん以外に友達が居ない訳じゃないよ?」
要らぬ注釈をにこやかに付け加える千晴を、紗季は微妙な顔で見ていた。
こうして、中学時代からの友人が集まると、どうしても足りないメンバーを考えてしまう。
「燈子は普段、お弁当なのかな」
「あー、あの子は基本コンビニのパンだよ。たまーに遅刻ギリギリの時は学食に来るから、そん時は絡みに行ってる。めちゃくちゃ鬱陶しそうにしてるよ」
ケタケタと笑う千晴を、今度は二対の白い目が飛んだ。明音と達子だ。
達子は、流石に燈子に同情するような表情を浮かべている。
千晴は焼き魚定食に付いてきた小皿入りのサラダを、ドレッシングも掛けずに一口で食べきると、それを見て目を丸くしている達子をよそに、箸を置いて手を叩いた。「ほうは!」と声を上げ、「飲み込んでから話せ」という紗季の呆れた指摘を受け、しっかりと嚥下した。
「そうだ、明音。今日って暇?」
「暇か暇じゃないかと聞かれると、場合によるかな」
「徳川の埋蔵金を探しに――」
「今日は風邪をひく予定があって」
「もちろん冗談です」
「リスケしておく」
あまり好まれない予定の尋ね方に端を発する小競り合いの後、千晴が本題を切り出す。
「冗談はさておき、今日、紗季さんとダーツしに行くつもりなんだ。この辺にネットカフェがあるんだけど、そこで投げられんの。前からたまーに行ってるんだけど、そこそこ教えられるくらいには上達したからさ、よければ君もどう?」
知らぬ間に意外な交流があったことに驚きつつ、明音は興味の視線を返す。
「ダーツ。お洒落だね」
「でしょ。君もお洒落になろうよ」
「いいよ。紗季さんも構わないのであれば、ぜひ行かせてもらおうかな」
傍らで温蕎麦を啜る紗季を見ると、彼女は蕎麦を咀嚼しながら空いた手の指で輪を作る。オーケーサインだ。
「折角だから、ついでに燈子も誘っておくとして」
どうやら明音と全く同じことを考えていたらしい千晴は、まるで確定事項のようにそう言い切ると、そのまま顔を達子の方へと向けた。
「どう? これも何かの縁だし、藤友さんも来てみない?」
残り僅かなラーメンを啜っていた達子は、箸を止めて目を丸くした。
定食に箸を付けようとした明音も、思わぬ方向に矢が飛んで唖然とする。
半開きの眼差しに不愛想な表情、親しくない相手には寡黙。一般的に近寄り難いとされる要素を数多く兼ね備えた達子に、そんな風に声を掛ける者など、久しく見てこなかった。
「え、私?」
「そう、藤友さん。どう?」
「いや、行かない」
達子は度し難いものを見るような目で、眉根を寄せながらそう言い切った。
情け容赦のない拒絶を受けた達子はふてぶてしい笑みを少し歪め、話を聞いていた紗季と明音は声を殺しながら笑う。千晴がどうして彼女に誘いをかけたのか、その理由は明音には理解できたが、わざわざ言うほど無粋じゃない。
紗季が口を押さえながら双方へ軽いフォローを入れた。
「まあ、友達の友達なんて、言ってしまえば他人だからな。無理に誘うべきじゃない」
「そういうこと。気を遣いながら娯楽をしたくはないもの」
「それもそっか」と千晴が肩を竦める傍ら、達子は残り僅かなラーメンを箸で摘まむ。
「まあ、目の前で遊ぶ約束を取り付けてるのに、一人に声を掛けない訳にはいかないって考えてくれたのは分かるし、有り難く思う。この
どうやら胸中を見透かされていたらしいことを察して、千晴は気まずそうな顔を見せる。
だが、藤友達子が面倒な建前を使うべきでない相手だということを理解して、千晴は後ろ髪を掻きながら苦笑を彼女へ向ける。
「それは、いわゆる社交辞令ってやつか?」
隣の紗季が唇を緩めながら尋ねると、達子は鼻で笑う。
「私がそういうことを言うタイプに見えるなら」
少なくとも、歯に衣着せぬタイプであることはこの場に居る全員が確信していた。
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