三章 美少女が駆けてきた

 「篠崎しのざきほだかと言います! あなたの弟子になりに来ました」

 その少女はまことのもとにやってくるなり、そう叫んだ。

 なんの悪ふざけかと思ったが、その表情はあくまでもまっすぐで嘘や偽りがあるようには見えない。キラキラ輝く瞳は純粋そのもので、思わず目を覆ってしまいたくなるぐらいまぶしい。

 『少女』と言っても、高校を卒業したての一八歳だという。いまの時代では選挙権もある立派な成人。しかし、幼さを残したかわいい顔立ちといい、小柄で華奢な体付きといい、『少女』という表現がピッタリくる。

 なにより、その雰囲気。瑞々しいエネルギーに満ちた活発で、活動的な様子はまさに少女と呼ぶにふさわしいものだった。

 そんな少女――それも、かなりの美少女――が、いきなり自分のもとにやってきたことに戸惑いつつ、まことはとにかく必要なことを尋ねた。

 「弟子になりに来たって……どういう意味だい?」

 「そういう意味です」

 「いや、だから……」

 「あたし、カメラマン志望なんです!」

 その意味を説明してくれ!

 そう叫びそうになったまことの機先を制するように、ほだかが叫んだ。まぶしいほどに輝く瞳と、幼さの残るかわいい顔をズイッとばかりに近づけて。美咲みさき以外、女性に対して免疫というものがないまことは思わず照れてしまい、顔を赤くしてのけぞった。

 「だから、昔からあちこちの風景を写真に撮ってきました。そのうちに思ったんです。『どうして、この風景がお金にならないんだろう?』って」

 「風景が金に?」

 「だって、ゴッホの『ひまわり』が五〇億円以上もするんですよ⁉ その他にもすごい値のついている風景画はたくさんあります。おかしいでしょう。絵なんてしょせん、偽物です。作り物です。この世界にあるものを人間の手で描き写したものです。その作り物に何十億という価値がつくのに、そのもととなった風景、生命に満ちた本物には一円の値もつかないなんて。そんなの絶対、おかしいでしょう!」

 おかしいでしょう! と、ほだかは拳を握りしめて力説する。頬は興奮のあまりリンゴのように赤く色づき、大きな目にははっきりと怒りの炎が燃えている。

 本気で理不尽を感じ、義憤に燃えているのがわかる表情だった。

 「だから、あたしは決めたんです。この風景に風景画以上の価値をもたせてやろうって。そのために資料を調べているうちに偶然、まことさんの動画を見たんです」

 「おれの動画を?」

 「そうです。まことさん、自分の畑の様子を毎日、動画配信しているでしょう。それを見て『これだ!』と思ったんです。畑なら自然とちがって自分の望むようにデザインできる。自分でデザインした風景を動画に撮り、短時間にまとめれば、いままでにない新しい芸術が生まれる。あたしはそれをライフ・ウォッチング・オーバーアート、すなわち!」

 「すなわち⁉」

 ほだかの勢いに押されてまことも思わず叫んでしまう。

 「『生命を見る超芸術』と名付けました!」

 「生命を見る超芸術……」

 「そうです。あたしは必ず、畑という名の風景に、ゴッホの『ひまわり』以上の価値をもたせてみせます」

 ほだかは『ふん!』とばかりに鼻を鳴らし、胸に手を当てて宣言する。そんな、どちらかと言うと『ヤンチャな男の子』っぽい態度が幼い顔立ちによく似合い、とてもかわいらしく見える。その姿に、まことは思わず真っ赤になる。

 「と言うわけで、あたしに畑仕事を教えてください。とりあえず、住み込みの弟子として使ってもらいますんで、よろしく」

 「ちょってまてい⁉」

 まことは思わず叫んだ。

 「なんです?」

 ほだかはケロッとして答えた。自分の言葉の意味をまるで自覚していないらしい。

 ――見た目が幼いのはともかく、数多の中身まで子どものままでは困るんだよ!

 その叫びはとりあえず心のなかに収め、息をつく。気を落ち着けたところで『おとならしく』諭すように話しかける。

 「常識で考えろ。若い女性が血縁でもない男の家に住み込むなんて、許されるわけがないだろう」

 「問題ありません。あたしはすでに高校を卒業した一八歳。法的にも立派な成人です。どこに住もうが、誰と住もうが、文句を言われる筋合いはありません」

 「『まだ一八歳』だ。大体、そんなことを親御さんが認めるわけが……」

 「それこそ、だいじょうぶ。あたしに親はいません。あまの育館いくだて出身ですから」

 「あまの育館いくだて? ああ、聞いたことはある。『親が子どもを預けたくなる孤児院』をコンセプトに作られた新しい施設だとか……」

 「そうです。あまの育館いくだての発案者はこう言いました。

 『孤児院出身者が社会に出て苦労するのは『孤児院』という施設そのものが低く見られているからだ。だったら、そのイメージをかえればいい。最新の設備と、最高のスタッフをそろえ、そこにいる子どもたちを最高の教育を受けたエリートとして育成する。子どもをもつ親たちが、

 『自分の子どもも、そこで教育を受けさせたい』

 そう思うような場所にする。

 そうすれば、『孤児院出身』はマイナスではなく、ステータスとなる』

 ですから、あたしもあまの育館いくだてで最高の教育を受けてきました」

 「最高の教育……」

 「そうです。あまの育館いくだてで言う『教育』とは、勉強だけじゃないですよ。家事に芸術、スポーツに至るまで、本人の望みと才能に合わせ、どんな道を選んでも一流になれるようサポートする。それが、あまの育館いくだて

 あたしの場合、小さな頃からカメラマン志望がはっきりしていましたから、そのための教育を選んで、受けてきました」

 なにしろ、あまの育館いくだてには最新の設備と教材の他、あらゆる道の教官が常駐していますからね。どんな教育も受け放題です。

 ほだかは『ふんぬ!』とばかりに胸を張り、自慢してみせた。

 「……最高の設備に教材。おまけにスタッフまでって。どうして、孤児院にそんな金があるんだ?」

 「だいたいは、企業からの寄付です」

 「企業からの寄付? そんな大量の寄付が集まるものなのか?」

 「もちろん、『善意の寄付』なんかじゃないですよ。実体は宣伝及び先行投資です。あまの育館いくだてに寄付すれば『利益を社会に還元する高潔な企業』って言うイメージをもてますからね。会社名を連呼するだけのCMなんかより、よっほど宣伝効果があります。

 それに、あまの育館いくだての子どもは自分の望みに合わせて最高の教育を受けています。その分、優れた人材に育つ可能性が高い。企業にしてみれば普段から関わることで将来、優秀な人材を獲得しやすくなるわけです。

 さらに、あまの育館いくだては集団生活ですからね。何十人、何百人という子どもが共同生活を送っています。それだけの数の子どもがいれば、そのうちのひとりやふたりはすごい出世をする子もいます。あまの育館いくだて出身者を採用すると言うことは、そんな『すごい出世をした』人材とのつながりももてると言うことです。その効果を考えたら日頃の寄付ぐらい安いものですよ」

 「な、なるほど……」

 そうかも知れないな、と、まことは納得してしまった。

 「でも、そうすると君は、親は……」

 「はい、いません。あたしは赤ん坊の頃、あまの育館いくだての前に置かれていたそうです」

 ほだかはあっけらかんとした様子でそう言った。

 めずらしいことではない。あまの育館いくだては『育てられない子どもを我がもとに送れ』というキャッチフレーズで運営されているので、子どもをあまの育館いくだてに置いていく親は多い。あまの育館いくだての門前にはちゃんと、そのための保護ルームも設置されている。

 これに関しては、

 「捨て子を助長している!」

 と言う批判も多いのだが、あまの育館いくだて側は、

 「殺されるよりマシだろ」

 と、涼しい顔である。

 「だからって別に、同情する必要はないですよ」

 まことの表情から同情の気配を感じとったのだろう。ほだかは平気な顔をして片手をパタパタ振って見せた。

 「あまの育館いくだての発案者はこうも言っています。

 『親がいないことは一般的には不幸なこととされている。だが、見方をかえれば最高の幸運ともなる。自分の望みを邪魔する最大の相手がいない上に、親の老後を心配する必要もない。これは、結婚において最大の利点となる。育つための環境さえ整えてやれば『親がいない』ことは人生最大の幸運となる』って」

 「そ、それは確かに……」

 まことは唸るしかなかった。

 『親の老後』を気にしなくてはならない年齢にさしかかったいま、『老後の心配をする必要がない』というのは途方もなく魅力的に聞こえる。

 「だから、あたしは幸運なんです。親がいないおかげで誰にも邪魔されずにやりたいことが出来たし、どこで、なにをやろうと文句は言われない。『娘さんを僕にください』なんて、覚悟を決めて申し込みに行く必要もないですよ」

 「なんで、そうなる⁉」

 まことは真っ赤になって怒鳴った。

 あはは、と、ほだかは屈託なく笑った。その明るい笑顔が二八歳、独身、彼女ナシの心に刺さる、刺さる。

 「と言うわけで、なんの問題もありません。今日から住み込みの弟子になりますので、、よろしくお願いします!」

 ほだかはそう言って体ごと頭をさげた。

 「勝手に決めるなあっ!」

 まことの絶叫が響いたのだった。

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