四章 家族か⁉
「おはようございま~す!」
『元気いっぱい!』という言葉を掛け軸に書いて、床の間に飾ったような声と共に
『カメラマン志望』と言うだけあってジャンパーにジーンズ、ウォーキングシューズという、シンプルだけど実用性抜群の服装。肩にはカメラ機材を入れてあるのだろう。大きめのバッグをかけている。一歩駆けよるごとに短く整えられた髪が元気よく跳ねあがる。
ヒマワリの花のような明るい笑顔が目にまぶしい。まぶしすぎてとてもではないが直視できない。
「また、来たのか。弟子なんかとらないと言っただろう。うちには他人を雇う余裕なんかないんだ」
――えっ?
あっさり無視され、驚きの――少々、傷つきもして――声をあげる
「おはようございます、お父さん、お母さん」
「ああ、おはよう、ほだかちゃん」
「よく来てくれたわね。朝ご飯、食べて行きなさい」
――おれにはそんな表情、向けたことないだろう!
と、
いや、それはまあ、むさ苦しい息子なんぞより一八歳の美少女相手の方が楽しいに決まっているし、それは『よおく』わかるのだが……。
誘われたほだかの方も遠慮の『え』の字も見せはしない。いっそう明るく、愛らしい笑顔を浮かべて返事をする。
「はい、いただきます!」
「うん、良い返事だ。若いものはそうでなくちゃな」
「今日は腕によりをかけて作ったのよ。たくさん、食べていってね」
「はい!」
――い、いつの間に、そんなに仲良くなってたんだ?
その思いに呆然とする
三人はまるで、昔からの家族のように仲むつまじく家のなかに入っていったのだった。
「おかわり、ください!」
ほだかは山盛りご飯を箸でつまむと、大きく開けた口のなかに放り込む。そのおいしそうな様子と言ったら。なるほど、これなら作り手が『どんどん食べてもらいたい』と思うのも無理はない。そう納得させられる姿だった。
――なんでだ? なんで、こいつが当たり前のように、おれの家で朝飯を食ってるんだ?
それぐらい、ほだかは家のなかに馴染んでいたし、
「この
「おう、当たり前だ。江戸時代からコマツナ作りつづけて三百年。そこらのぽっと出農家とはコマツナに懸ける情熱がちがわあっ」
「素敵です、お父さん! お味噌汁も、野菜の煮物も味付けがとってもいいし。お母さん、お料理、お上手なんですね」
「嬉しいこと言ってくれるわあ。もう、うちのボンクラどもは、なにを作ってもそんなこと言ってくれないんだもの。張り合いがないったらないわ」
「ダメですよ、お父さん。毎日、おいしいご飯作ってもらってるんですから。ちゃんと『おいしいよ』と言ってあげないと」
ほだかに『めっ!』とばかりに睨まれて、
「お、おう……」
と、答えるその表情は困りながらもにやけっぱなし。息子から見たら恥ずかしくてたまらない。
――かわいい嫁を前にした義父か⁉ ……いや、そもそも
「でも、やっぱり、女の子がいるっていいわねえ。うちはひとり息子だからむさ苦しいばっかりで。ほだかちゃんみたいな娘がほしかったわあ」
「あはは。あたしで良ければいつでも娘になりますよ」
――どういう意味だ⁉
「わあっ、嬉しいこと言ってくれるわあ。ありがとう、ほだかちゃん」
「おう。ほだかちゃんならいつでも歓迎だぜ」
――だから、どういう意味なんだ、それは
「ちょっと、母さん。なんのつもりだよ。娘だのなんだの……」
「なにムキになってるの。あんなの、ただの社交辞令でしょう」
「社交辞令って……だいたい、なんで、あんなに仲良くなってるんだよ。おれだって昨日、はじめて会ったばかりなのに……」
「あんたに会う前にあたしたちのところに挨拶に来てくれたのよ。『
そう言われて、
――そ、そうだったのか? 勢い任せかと思っていたらちゃんと、順序は踏んでいたのか。意外と礼儀正しいんだな。
『施設の子どもたちに最高の教育を』
という、
「お土産もしっかりもってきてくれたし、若いのに礼儀正しい、いい娘さんじゃない。あんたにはもったいないぐらいよ」
「も、もったいないって……かの
「だから、さっさと弟子にしてあげなさいよ。あんなに熱心なのに無下にするなんて人間じゃないわよ」
「かの
「いまの一八歳は、法的にも立派に成人じゃない」
「そ、それはそうだけど……」
「一八歳の成人が高校を卒業して就職にやってきた。それだけのことでしょう。なにが問題なの?」
確かに、言われてみればその通りなのだが……。
――いや、ちがう! なにかおかしい!
「だ、だけど、ほら! うちは他人を雇うような余裕なんてないだろう」
「そこを稼げるようにしようって、ほだかちゃんは言っているんでしょう。ライフ・ウォッチング・オーバーアートだっけ? 畑の風景を何十億って言うお金にしようって言うんじゃない。それができればひとりどころか、一〇〇人だって雇えるわ」
「いや、そんなの、うまく行くかどうか……」
「うまく行くかどうかはやってみなくちゃわからないでしょう。あんた、まだ三〇前なのにそんな挑戦心もないの?」
「あ、いや……」
五〇代の母親からそう言われては、二八歳の男としてはやはり、
「それにあんた、自分の立場わかってる? 二八歳で、見た目は平凡、資産もない。そんな男と一八歳の美少女。どっちの方が社会的なステータスが高いかぐらい、わかるでしょう」
「そ、それはわかるけど……」
――見た目が平凡なのと資産がないのは、親のせいだろう!
そうは思ったが、さすがに口に出して言えはしない。
「そんなあんたを、一八歳の女の子が慕ってくれてるのよ。このチャンスを逃したらあんたほんとに一生、ひとりものよ。それでもいいの?」
「い、いや、よくはないけど……」
残酷な現実を突きつけられて、思わずたじろぐ
「だったら、なんとしてもモノにしなさい。男一匹、一生に一回ぐらはデカい勝負をしてみなさい」
親の身になってみればけしかけるのも当然だろう。なにしろ、『嫁に来てくれる』と思っていた相手に捨てられ、『零細農家に嫁の来手などない』という現実を突きつけられたばかりなのだ。そこには、
「将来の展望もないのに跡を継がせてしまった」
と言う負い目もあるだろう。
「自分たちが歳をとれば、どんどん重荷になる」
と言う危機感もあるだろう。
そこに、一八歳のかわいい女の子がやってきたのだ。
「あの子が嫁に来てくれれば……!」
そう思うのも無理はない。
それを思えば、無下にも出来ない。とは言え――。
「……一八歳の女の子から見れば、二八歳の男なんてオッサンだろ。それも、元気いっぱいの美少女となんの取り柄もない男の組み合わせだ。そんなことになるわけないじゃないか」
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