第2話 ざる蕎麦好きのナンパ男
土曜日の昼時。とある蕎麦屋。
俺が世界一美味いと思っているその店に入り、カウンター席に座る。
店内は狭く十人しか座れないカウンター席には九人の客が既におり、俺は外で待たずに入れた。蝉が鳴く中、エアコンの効いたここに入れる幸せと言ったら最高だぜ。
「ご注文は?」
「ざる蕎麦とレンコンの天ぷら」
カウンターの前で一人忙しなく動き続ける中年のおじさん店長に告げると、「あいよ!」と元気よく返される。
さっきも言ったがこの店は狭い。入口から左側がカウンター席、右は一人通るのがやっとの通路。その通路の先にトイレがあるのでそこに行くのも一苦労だ。
「あ、すいません」
そこに、身長がやたら高い女性が客一人一人に言いながら向かう。当然、奥に座っている俺に向けても。
二メートルはさすがにないと思うが、そんな事は些細だ。大事なのは……。
すっごい可愛い。
肩まで伸びた黒髪で、柔らかな目が優しげに感じる。本当に優しいのかは知らないけど、大丈夫。
今から告白するから。
トイレは俺の右斜め後ろにあり、その扉から前屈みになりながら出てきたその人物に声を掛ける。
「お姉さん、可愛いね。俺と付き合わない?」
全力の笑み。このキメ顔で数々の女(三人)と付き合う事に成功している。
この伝家の宝刀と呼んでいいい顔に、高身長の彼女は目をぱちくりさせたまま固まっている。俺の顔がイケメン過ぎて、思考が止まっちゃって……。
「はい、ざる蕎麦とレンコンの天ぷらぁ!」
告白を邪魔するかの様に、大声で注文した品を俺の前に置く店長。いや邪魔してなくて、ただ仕事をこなしているだけだと思うが。
それを好機と見たのか、そそくさと可愛い子ちゃんは離れる。目で追うと、入口から三番目の席に座って右の小さい女の子と話す。妹かな?
「はい、
店長に名前を覚えられるほどこの店に来ているけど、人の恋路……ま、いいか。飯食おう。
四角い容器の上に、刻み海苔が添えられ麺とほんのり温かいつゆ。王道な見た目のざる蕎麦だ。だが、それを食べるよりも先に、横に置いてあるレンコンの天ぷらを頂く。つゆに軽く付けて。
美味い。グルメレポーターなら食感やら歯応えがどうだの表現するだろうが、一般人の俺はその三文字しか言い表せない。と言うか、飯の表現なんて美味いか不味いかの二択しかないだろう。
天ぷらを食い終え、メインディッシュに箸を伸ばす。
ずずずっ。
箸でひとすくい分の麺をつゆに入れ、勢いよく
うん、美味い。やっぱこの三文字しか出てこない。
ずずずっ。ずずずっ。
店内は、俺と同じ様にざる蕎麦を頼んだ客が多く、麺を口に運ぶ音が響く。
が、その音の中に少女の声が混ざる。
「ちょ、いろは。髪がつゆに入ってる!」
声の方へ視線を合わせると、長身女性の横に座る女の子が叫んでる。なるほど、あの子の名前はいろはちゃんと言うのか。
「うん? あ、本当だ」
「いつも言ってるけど、ご飯食べる時は髪結びなさいよ」
呆れた様に口を動かすが、いろはちゃんはのんびりとした口調で「ごめんごめん」と返す。
「しっかりしてよ。自分の髪ごと食べるところだったわよ?」
「うん」
「本当だよ。でも、そんな君を俺が支えたい」
蕎麦と天ぷらを食い終え、背後から話しかける俺。その俺に小柄な方が口を開く。
「え? 誰?」
「どうも、
「え? 何でいろはの名前知ってんの? 怖」
「君たちの会話から聞き取れたから」
「余計に怖いわよ! 何? ナンパ?」
「理解が早くて助かるよ。君の姉さんにね」
「……一応訊くけど、あたしといろはのこと姉妹だと思ってる?」
ウィンクした俺に、目を鋭くして言われる。
「え? 違うの?」
「違うわよ! あたしは十六歳でいろはと友達で同い年」
え? マジ? と、俺とその他の客から声が出る。
「まさか、全員に驚かれるなんて……。まぁ、いいわ。いろはを何でナンパしてんの?」
「可愛いと思ったから。ん? もしかして君もナンパしてほしかったかい? でも、前に付き合った子が小さい子で、SNSで一緒に撮った写真載っけたら批判きたんだよなー。外国から変な翻訳で子どもと付き合うのは何事だ! みたいな。同い年だったのによー」
「……」
「ん? どうしたの?」
「……何でもないわよ。その批判した奴等ぶち殺したいと思っただけ」
「お、おぅ……」
過激だなぁ。この子は身長の事を凄い気にしてそうだから、見た目の事は言わないでおこう。
「ごちそうさまでした」
ふと、そんな礼儀正しい挨拶がする。そこに目を向けると、いろはちゃんが空になって器に手を合わせいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。