第14話 死灰と福音

「「飄拾烙形カウンターフェイト」...」


 名を呟き、立ち上がる。拘束を解き駿河にとどめを刺そうとしていた久代が息を呑み、足を止めた。まだ起き上がりはしないようだが、完全に傷が塞がっているようだ。

 もう頭の中で声は聞こえない。突然すぎて理解が追いつかないけど、与えられた感覚だけで全て動かすことができる。

 この力は、使い方を間違えれば世界に甚大な被害をもたらす。なんせ性質を118も選べるんだから。

 そして、もう一つ。


「「エリュシオン」。」


 ようやく劣等感を生んでいた力の差から解放される。体表に小さく開くことしかできなかったポータルを極限まで拡張し、辺りの空間を丸ごと包み込み吸収の対象に変える。

 窓のレール、テーブルの金具、周囲に転がった拳銃の金属パーツ。その他諸々をまとめて融かすと、宙を漂いながら私のもとに向かいリソースの一部となった。

 これが私のメテオクロム。手の届く限り、あまねく一切を我が物とする聖域だ。


「...それは貴女にとって無益な選択だとわかっているでしょう。」


「バカ抜かせ...」

「お前を放って気絶なんかしてられるか。」


「...一体、何をしたんです?」


「人の、愛の力だ。」

「お前ならわかるよな?私の生き方を否定できたお前なら。」


 何をしたか?そんなことは私が聞きたい。少なくとも一つだけ理解できることは、メテオクロムおよび異能の発現、駿河の治癒。それら全てをレイが自らを犠牲にし成したことだけ。

 応えなければならない。既にコイツをブッ倒すビジョンは無数に浮かんでいる。


「合理性を捨てましたか...面白い。」

「面白いですよ...貴女は!!」


 剣を手にこちらへ踏み込もうとする。それも無駄なことだ。膨らみ拡張した巨大なポータルは既にお前自身をも飲み込んでいる。

 剣が融け、こじ開けた久代のポータルから液体金属を引きずり出す。最早手中だ。それを磨り潰した細かな粒子、粉末状に変化させ身の回りに纏っていく。

 呆気に取られた表情。自分でさえこんなに高度な操作ができたのは驚きを感じてる。個体の出力にあたり作り出すイメージを「型」として認識していながら、一つ一つを微細な粒に固めるのは普段なら絶対に不可能な芸当。

 それもこれも、このための一時的なステップアップ。布石にして最大のダメ押し。


「「飄拾烙形カウンターフェイト」、No.12マグネシウム。」


 漂う金属を原子そのものから別物に置換し、マグネシウムの粉に変えて散布する。入り込む光を乱反射し、鈍く、銀色に輝く空間。

 異能とはなんとも恐ろしい。組成の組み替えなんてレベルじゃない。根本からルールを覆し崩す。人類が築き上げてきた摂理をいとも簡単に引っくり返してしまう。

 輪郭のみを知覚した器から魂が、溢れたそばから散り蒸発していく。それでもまだ残ってる。削る魂なら。私の妹が、命を懸けて捧げてくれたから。

 自らの頭を撃ち抜いたとしても復帰できる全能感。その確信。コイツごと吹き飛ばして全部終わりだ。


「貴女たちは...一体どこまで....」


「駿河ぁああぁああ!!!」


 叫び名前を呼ぶ。予感がし、振り返ったとてもう遅い。膝立ちの姿勢で起き上がった駿河が、舞い煌めく金属粉の中でニヤリと笑いライターを握っている。

 狙いは粉塵爆発だ。それに中身は純度100%のマグネシウム、まともに食らえば間違いなくお陀仏だ。防御の手段クロム魔術は奪った、逃げ仰せるかせいぜい神にでも祈ってみるんだな。

 アイコンタクト、とっくに私たちの思惑は一致した。額から角を突き出させながらフリントを指の腹で回す。


「馬鹿なんだ....!!!」


 飛び散る火花。そこから発せられた爆炎は瞬く間に膨張し、目映い白光を放ちながら空間を灼いていく。

 投げ捨てられたライター、フリーになった駿河の両腕へと信じて飛び込む。打破するんだ。二人でこの絶望を、運命を。

 倒れ込むように身を委ねた私の脚と肩に腕を回して抱き抱えた駿河は、支えを失い、倒れ砕け散ったガラス片を踏み越え躊躇なく外へと跳梁する。

 久代も同様。瞬間に踏み出していた。ここから抜け出す最短の距離から。

 計三名は、目を焼かんばかりの閃光、生じた衝撃波を背に受けて地を飛び立った。当然翼など持ち合わせていない。重力に引かれるまま下へと落ちていく。


「うぉおああぁあああ!!」

「踏ん張れ俺ぇえぇえええっ!!!」


 着地は容易なものだった。私を抱えたまま限界まで膝を曲げ吸収した衝撃は地面へ伝わり逃げていき、大きな放射状の亀裂を刻む。

 一方、久代はそうもいかなかった。押し出され速度のついた身体が強かに打ち付けられ、咄嗟の飛び降りで崩れた体勢により疎かになった受け身は、激しい手足の損傷を招く。

 片足は砕けて、突いた腕も逆方向に曲がり使い物にならない有り様。チェックメイトだ。

 それでもなおアスファルトに爪を立て、数秒後とにごく短距離をながら逃げ出そうとあがく。その頭へ、駿河は容赦なくストンプを見舞った。


「ぶがァッ...!?」


「逃がすわけ...ねぇだろうがぁあ!!」


「駿河ストップ!!」

「...それ以上やったら死ぬぞ。」


「こっちは殺すつもりで...!!」


 人外の域に届きつつある膂力で何度も踏みつけ、湧き出した涙と鼻血で濡れた地面に顔を沈める久代。息も絶え絶え、コイツの異能は瞬間的な移動を可能とするが本質はおそらくそこじゃない。

 歩行の可能を前提としている。干渉するのはそれ以外のなにか。そうでなければとうにここから姿を消しているはずだ。


「久代は拘束する。」


「だって...!」


「だってもなにもない。もう無力化は済んだ。身動きさえ封じてしまえばどうとでもなる。」


「許せねぇんだよ!!散々勝手な理由で他人巻き込んで、式杜さんだって...!!」

「こんなクソ野郎、ここで俺が...!!」


 まさに鬼の形相、しかし立てた青筋に走る震えと焦りを私は見逃さなかった。踵を返しまた攻撃しようとする駿河の肩を掴む。

 それだけは。感情に任せた殺しだけは、させたくなかった。悲しくはない。なのに涙が止まらなくて、なにもかもが複雑で。


「勝手なこと、すんじゃねぇよ馬鹿...!」

「私がいいっつってから殺せよ、許可取ってから殺せよ!!」

「忘れたのか...!?お前からついてくるって言ったんだから...」


「そんな約束、した覚えないっすよ。」


 あっさりとバレた出任せ。その通り、二つ返事で連れていくと決めたのは私の判断だ。久代を殺すことを止める権利が私にはない。

 感覚だけで物事を決めるとこういうことが起こる。だからずっと避けてきた。手段がなくなった。全ての責任が私に宿るがゆえに、子供のように泣き現実を否定するしかなかった。

 その怒りに戦慄く髪。音もなく激しい呼吸を示す肩。全部、全部私のために背負おうとした罪の発露で、それがどうしようもなくて。


「まあ、いっか。」

「式杜さんがそう言うなら。やめとくっす。」

「式杜さんに従えば、間違いないっすから。」


 優しい声色が降ってきて、頭を撫でられた。ずるい。コイツは本当に、出会った時からずっとずるいんだよ。

 意味がわからないよ。どれだけ私を振り回して迷惑かけて。たとえ命が残ってたって、人として大事なものは失ってほしくなかったんだ。

 特事課ここにいればいずれ一線を超えてしまう。それは避けられない災厄であり、駿河が望むなら私は手伝うことしかできない。

 汚れてても、泥臭くても生きていればそれでいい。そんな考えは甘ったるすぎる。己の信じる正しさを肯定しながら、もっと、よりまともでいられるところに居たい。


 もう、言い訳しながら人殺しはしたくない。コイツに人殺しはさせたくない。呵責に蝕まれる心傷、声を上げて泣く私を駿河は力強く抱き止める。


「うぁあっ...!あぁああぁ...!!」


「式杜さんでも、泣いたりするんすね。」

「こんな風に。」


「うるさい...っ、うるさい...!」

「馬鹿...ホントに馬鹿なの...!?」


「はいはい、馬鹿でいいっす。」

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