第12話 天下の回りもの

「報酬ですが、雑な形になって申し訳ありません。適当に山分けしてください。」

「お疲れ様でした。」


 しかしその時、男がようやく重い腰を上げた。私達を一瞥すると小さく微笑み、身に付けている白いコートのポケットに手を突っ込む。

 取り出されたのは札束だった。留めている帯を指で引き裂き、わざと散らばるように真上へ放り投げる。

 束がバラバラになり宙を舞う。人々は銃をその場に破棄し、ばらまかれた金に群がり必死にかき集め懐へ突っ込んでいる。

 そしてあっという間になくなってしまった。それに気づいた者から、ビクつきながらドアを通り逃げ出していく。


 最終的に残ったのは、私と駿河。そして久代 鹿伏兎とおぼしき男。

 ファーのついたフードを被った姿はくたびれていて、覗く顔つきにも覇気がない。見てくれはどこにでもいる普通の人間。

 写真と同じだ。自ら有利な状況を捨てているというのに、柔和な微笑みを崩さない。

 今度は逆にこちらが銃を向けながら、作り出した盾越しに問いを投げ掛ける。


「...一応聞く。」

「お前が、久代 鹿伏兎だな。」


「はい。間違いありません。」


「あいつらは...?仲間か?」


「まあ、仮初めですが。ネットで募った即席の殺し屋たちです。」

「ほとんどが本職でない一般人ですよ。この二人を殺せば、100万円を即金で渡すと書き込みました。」


「この野郎...ッ、俺はお前みたいな自分の手を汚さないヤツが一番ムカつくんだよ!!」


「そうムキにならないでくださいよ。人数が多ければその分リスクも分散すると考えたのでしょう、僕もそこには賛成でした。」

「お金の力というのは、見る分にはつくづく嫌なものです。誰か一人が手柄を得たとしても、僕の埒外で奪い合いが起こったでしょう。」


 ペラペラとよく喋る奴だ。自分が追い詰められた状況であるとも知らずに。

 いや待て、その逆だ。久代は追い詰められたと思っていないからこそここまで堂々としてられるんだ。

 口ぶりや殺し屋を雇う行動からして、大人しくお縄につくつもりもないだろう。ここで絶対に無力化しなければ。


「...お前の目的は?」


「強いて言うなら、「やけくそ」ですか。僕は世に憚る賢人たちとは違います。なににも恵まれなかった。底を這いつくばるだけの人生。」

「それが終わってしまう前に、幾度となく恨んだこの世界を終わらせる一翼を担えたのなら、名を残せたなら。どんなに汚れた形だとしても僕が僕として生きた証をどこかに刻みたい。」

「僕は気分屋なところがありまして。つい興が乗ってしまったんですよ。やっぱり一件や二件じゃ足りませんね。」


「...違うな。お前の言うそれは、図に乗ってるって言葉だ。」

「ここでお前を止める。怪我をする前に投降しろ...私達がそんじょそこらの警察みたいに穏健派とは限らないぞ。」


「そんなことは見ればわかりますよ。優しいんですね、貴女は。」


「...はあ?」


「「投降しろ」だなんてベタな文句を。」

「できない相談であることはもうわかっているはずです。違いますか?」


 口の端をわずかに歪め、小馬鹿にしたような鼻から抜ける笑いを浴びせる久代。まったくもってその通り。

 勘違いするな。殺そうと思って追ってきたわけじゃない。超法規的手段が許された組織に属していても、無闇に、気軽に命を奪えるほど人の心は失っちゃいないってことだ。


「どちらに転んだとしても、僕はもう満足なんですよ。勝てばまた続けられる...」

「負けたとしても、貴女のような人に僕を憶えていて貰える...!」


 前傾姿勢を伴った無鉄砲な踏み込み。曲げ伸ばした左腕、手中に現れた液体金属が練られ、延ばされて剣の形を取った。

 鍔と合わせて十字架のようなシルエットを持つ幅広のロングソード。

 お前なんて、忘れるわけがない。ここまでに純粋な悪には出会った試しがないからだ。心を許した相手にこそ見せる笑顔のそれを、これから殺そうとする人間へ晒すなんて。

 切っ先をこちらに向けながら真っ直ぐ突っ込んでくる。クロム魔術に絡めたカラクリか、斬撃を起点としたなにかの異能か。

 いずれにせよ交戦距離のアドバンテージはこちらが取っている。防御を固めたまま射撃で足か腕を潰してから拘束すれば。


「は.....?」


 ほんの刹那、瞬きをした直後。数メートルは離れていたはずの久代の姿が目の前にいて、気づいた時には斜め下からかち上げられる衝撃で左手の盾が剥がれていた。

 一切のモーションもなく振り上げた脚。蹴りだ。一体いつそんな大振りの蹴りを。秒数にしてわずかだが、決定打となる数の弾を叩き込める隙くらいはあったはずだ。

 間髪入れず最小限のステップで身を翻し、鋭く刀身を突き入れてくる久代。盾は左に大きく逸れている。がら空きの胴を刺すつもりだ。


 しかし、刃が私を貫くことはなかった。首の右側をスレスレで通り抜け、微細な傷を作り暖かな鮮血が垂れる。

 同時に、視界の端にある久代が握っている剣に違和感を覚えた。明らかにバランスが悪い。

 幅があったはずの刀身が、中心から縦に割ったようにちょうど半分無くなり、細くなっている。それでいて元の両刃という特性を残し偏った位置から伸びていた。

 この時点で察する。既にコイツは布石を打っていると。消えたもう半分はどこへ行った。初手で殺しに来るなら両刃のまま首を掻っ切った方が早い。


「式杜さん、左ッ!!」


 援護に駆け寄ってくる駿河の叫び。咄嗟に拳銃を持つ腕が動き、それを左側にあてがった。

 間に合った。至近距離を抜けたはずの切っ先に繋がり、しなりながらハサミのように背後から閉じてきたもう一つの刀身を差し込んだ銃身が止め、首の切断を寸前で免れる。

 初太刀はわざと外したんだ。あの時にはもう分裂させた剣が外側へ回り、一周して閉じる準備ができていた。

 だが身動きが取れない。左側の刃がギリギリと締め上げ、火花を散らし銃身に食い込んでいる。遠心力と反動だけじゃない。無理矢理元の形に戻ろうとしてる。


「てンめえぇええぇえッ!!」


 角を出した駿河が刀を振り上げ割って入る。床を叩き砕く一撃に、久代は二つに分かたれた箇所を基点として剣を融かし引っ込めた。

 立て続けに下段からの斬り上げ。久代はそれを受け流しながら悠々とかわすと、軽快な足取りで再び距離を取る。

 なんだったんだ、あの目にも留まらぬ速さは。動体視力がどうとかそんな次元じゃない。摂理そのものを歪めて引き出した速度だ。

 下手に手を出せばカウンターを食らう。それに特異な動きをするクロム魔術、間違いなくメテオクロム。搦め手だ。真っ向から力でねじ伏せる駿河とは相性が最悪。

 無鉄砲なのはこちらも変わらなかった。逆手に持ち替えた剣を背中の裏に隠す妙な動作も無視し、駿河は床を蹴って吶喊する。破損した木っ端を散らして。


「ダメだ、待て駿河ぁああ!!!」


 跳躍のタイミングに合わせ久代も走り出す。振る腕には剣は握られておらず、身体に隠して後ろへ投げ捨てていた。

 代わりに指の隙間から伸びているのは、光の反射でようやく視認できるほど細い金属の糸。それは手放した剣の柄に繋がっている。

 完全に手玉に取られてる。とうに駿河は刀で打ち込むつもりで跳び上がった、足掛かりになりそうなものはどこにもない。もう引き返すことは不可能だ。

 横薙ぎに放った渾身の一振りもスライディングでかわされる。刃ははためいたフードのファーを少し裂くのみにとどまり、体勢を元に戻せないまま二人がすれ違う。


「ナイスファイト。」

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