第7話 ブラッド・スポーツ

「手っ取り早くやろか....」


「わかってる。」


 盾を構えた体勢を崩さないまま、一定の距離を保ち均衡を生む。目線の覗き穴から突き出させた拳銃を向け続けながら。

 こうされれば相手はまずヘタに動けない。投げナイフという得物も割れた、受ければ余裕で弾き落とせる威力。

 こっちは機動力を優先させ中規模に縮小した盾だ、当てないよう牽制射撃を続けて押し倒してしまえば。


「お堅いスタイルやなぁ。張っ倒し甲斐が...」

「───あるってもんやなあ!」


 腕のしなりと遠心力を利用した下投げ。やっぱり足を狙ってきたか。速度はなかなかのものだが、しゃがんでしまえばこっちのもの。

 やや前進しながら同時に引き金を引き、数発を発射。しかしその刹那。手前でナイフの軌道が急激に変化する。

 切っ先がこちらを向き飛翔していたはずが、突然縦に回転し始めた。これなら覗き穴をすり抜けてくることはない。その一瞬の慢心が、裏切りを生んでしまう。


 盾に命中、重い感触を受け止めながらナイフが一気に変形。粘性を伴い広がった液体金属が凝固し覗き穴を塞がれた。

 同時にそこから飛び出していた拳銃まで一緒に固められる。力を込めるトリガーからは硬い感触しか返ってこなかった。

 早速窮地に立たされる。オートマチックの拳銃はスライドを押さえられると発射できない。

 字限は勝ちを確信したのか、矢継ぎ早にナイフを投げまくってくる。決定打を目的としない完全な煽り目的。


「啖呵切った割には、そんなもんかいな!見損なったで~ッ!!」


 下手に出てればつけ上がって。今に見てろ、カラクリは明かせずとも違和感は掴んでいる。

 あのナイフ。十中八九メテオクロムが仕込んである。刃渡りは15センチほど、厚みも大したことはないが、盾から伝わる衝撃が銃弾に匹敵するレベルで重すぎる。

 そしてナイフを受ける度に貼り付けられていく液体金属が増え、盾の重量が増してくる。

 さっき駿河に投げたものを弾いたときはここまでじゃなかった。盾をかざすだけで落とせたほど軽かったというのに。

 金属そのものを変質させ重さを変えたか、投擲直後に重量バランスをいじったか。いずれにせよメテオクロムは取得にあたってパターン化が不可能なランダム性を帯びる。もっと複雑な性質の存在を考えればキリがない。


「名残惜しいけど~、そろそろ終わりにせえへん?いい加減ツラいやろ?」


「ナメんな...こんな、ナイフごときで!!」


「どうやろなぁ?試してみよか。」


「式杜さんッ!!俺も....!!」


「黙ってろ!!」


 今度は品を変えてきた。円形をしたチャクラムを生成し投げつけてくる。だが刃の向かう先は私ではなく、真上の天井。

 突き刺さることなくパラパラと破片を散らすのみに留まったが、落下してくるにつれてスケールが拡大しているのが見えた。

 遠近法のそれではない。明らかに刃がデカくなっている。横幅を持って広がり重力を一身に受けて落ちてきている。

 二択に持ち込まれた。チャクラムを受けたらナイフを投げられる。ナイフの防御に専念したらこのまま首が飛ぶ。しかも攻撃を続けこちらを押さえ込みながら距離を取られた、近づこうにも隙が生まれるだろう。


 しかし気づく。盾にのし掛かっていた重さが消えた。生憎計算する間もないが、ようやく種が割れたらしい。


『移動させてる...?』


「こなくそぉおおッ!!」


 私は腕を振り上げ、降ってくるチャクラムを筋力と剛性で跳ね除けた。そしてそのまま盾も拳銃も捨て、最大限のスピードを発揮できる身一つでの突貫を仕掛ける。

 字限の攻撃は変化に富むが、瞬発力とスケールが反比例している。正体はおそらく、周囲にある液体金属の再結合だ。

 ポータルあたりを繋いで、製作物を対象としノーモーションでの肉付けを行っている。故におまけとして狙っていたガス欠を起こさない。間接的ながら手元へ即座に引き戻すことも容易いだろう。

 言うなれば字限は、撃ったそばから新たな弾が装填され続ける銃を持っているような状態。


 飛び道具同士の時点ではイーブンだった。だが私にもプライドがある。コイツを殺さず、敗北感だけを植え付けてやるという根性だ。

 殺す気で、殺さない。仮に私が殺されたとしても裏切り者として裁かれる。一線を弁えなかったコイツの落ち度だ。


「なに考えとんねや....!?」


 そうだ。焦りに焦ったその顔だ。引っかかるヒールでたたらを踏み、残りわずかなリソースをかき集めた針の束を生み出している。

 予想通り。スピード全振りの現形態を相手にするなら大振りを要する武器はリスクがありすぎるだろう。

 だから規模を縮小せざるを得ない。拡散させる形で投げられた無数の針、しかしそれだけでは済まなかった。

 引き戻された液体金属が縫い針ほどの細さをさらに太く長く変え、真正面から突っ込む私へ躊躇なく飛ばす。


「小賢しいぃッ、んだよぉおあああ!!!」


 目を守るために顔へかざした腕、脇腹へ針が突き刺さり頬の皮膚を切られ血が流れる。鋭い痛みが走って後悔を滲ませるが、こんなものは火に注がれる油に他ならない。

 殺す気になれば、人間なんだってできる。守る人間がいるのといないのとじゃ、背負ったものの重みが違う。

 お前のような快楽殺人者にわかるか。お前のような泥棒狐にわかるか。お前のようなイカれサイコに、まともであろうとした人間の気持ちがわかってたまるか。


 ついに至近距離。その気になれば殴るも蹴るも思うがまま。だがそれじゃ足りない。


「んなッ、この....!!」

はな────」


「歯ァ食い縛れやボケェエエエ!!!」


 ヒラヒラとしたしゃらくさいレースの襟をふん捕まえ、その鼻っ面を狙って全身全霊で頭突きを叩き込む。

 情けない呻き声を上げ、噴き出す鼻血と共に倒れていく字限。これじゃ美人も形無し。狩られる側に成り下がったんだお前は。

 クラクラするが、痛み分けということで許してやる。頭から床に落とさないよう襟を保持したままぐいっと手前へ引き、互いに朦朧とした意識でもよく聞こえるように叫んだ。


「コイツの保護者は、私なんだァ!!」

「憶えて帰りなバカタレがあッ!!」


 頭突きのせいで頭が回らず、気の利いた捨て台詞が浮かばなかったが。まあ良しとしよう。たまには気に食わないヤツをコテンパンにしてやるのも悪くない。

 だが筋は通す。投げ捨てていた盾を融解・再吸収してから、自分の財布から万札を一枚抜き取り力なく半開きになったままの字限の手へねじ込む。

 本気でかました一撃だ、治療代の足しにでもすればいい。勉強代も兼ねてる。たとえ自分にとって価値のある喧嘩でも、命を賭してまで買うものではないという勉強。


 至るところに刺さった針を引っこ抜きながら駿河のもとへ歩いていく。女の力で投げつけただけ、出血は少ない。消毒して包帯でも巻いておけば問題ない。


「...行くぞ駿河...」


「....ッ、いいっすけど、従うっすけど!!」

「流石に言わせてもらっていいっすか!?」


「なによ...」


「馬鹿は、どっちなんすか!?あの人式杜さんのこと殺すつもりでしたよ!!」

「なんであんなことしたんすか...!?心配しなくても俺は迷わず式杜さん選びますから!!」


 得難い疲労と脳の揺れでフラフラの私に肩を貸してくれる駿河。身長差のせいで傷ついた腕が持ち上げられ痛むが、表に出さないよう努力を尽くす。


「ごめんって、悪かったから...」

「は、はは...でもそれこそ愛の告白じゃん。」


「あっ...!いやその、勢い!これも勢いで出ちゃっただけっす!」


「お互い大馬鹿ってことで...早くドラッグストア行って色々買お、スーツがベタベタ...」

「あと私も言っとくけど、感謝はしないで。これは私が私のためにやったことだから...」


「しないっす!俺のために式杜さんが死んでも嬉しくないんで!悲しいだけっす。」


「馬鹿、ホント馬鹿...」


『ひゅーひゅー』


「うるせーよマジで...」

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