第6話 女狐

───────3/13、AM:11:47。


「式杜さ~ん。」

「....暇っす。」


「言ったでしょ、ある時はある、ない時はないって。嫌なら降りる?」


「それ聞いちゃいます~?」


「ダメ元。」


 この体たらくである。銀行立てこもりを解決してから約二日、重点密行に淀みはないが、刺激不足なのか駿河がこれだ。

 暇潰しは車内に流れるラジオくらいなもの。言われなくたって私もとっくに飽きてる。重要なことをしている自覚はあるけど、やりがいは確かにないし。


「事件~っ、事件~っ...」


 嬉々として待つなそんなものを。戦いたいわけじゃないのはわかってる、でも私達への要請は基本的に戦闘の援護。

 それもただ自己のなにかを満たすためにやってるのではなく、人々を守るためだ。通報が偽でも真実でもどこへだって駆けつけなければならない。それが使命だから。

 しかしそんな時に限って嫌な予感は当たる。通信機がブザー音を鳴らし、ノイズ混じりの音声が車内に響いた。


『もしもしぃ~。こちら特事の字限アザキリです~。』

『近い局の方応答お願いします~。』


「...こちらノーマッド013ゼロイチサン。状況は?」


『どうもぉ~。クロム魔術の使用者と遭遇したんやけど、隠れられてもうてなぁ~。』

『まあなんとかなりそうやけど、一応。応援お願いします~。』


 緊張感の欠如した、鼻にかかったようなたおやかな京言葉の女の声。厳戒態勢を敷くため別支部からも応援を呼んだと聞いているが、どうやらこの女もその一人らしい。

 余裕そうだが、これは救援要請だ。自分達の援護がなかった場合その人物を死なせてしまう可能性がほんの少しでもあるなら、向かわない理由はない。

 現在地である工業地帯の建設中ビル、その所在地を伝え、字限アザキリと名乗った女は通信を切った。知らない名だが、武闘派に加えくせ者揃いだという関西系の支部メンバーならある程度は持ちこたえられるはず。


「...行くよ、駿河。念願の仕事。」


「っしゃあ!気合い入れるっす!」


 法定速度を遵守しながら車を飛ばす。少し市街地から道を逸らせばすぐ区画に入れ、白い仮囲いの壁が著しく増える。

 そのうちの一つ、半端に工事が進んだまま錆びた資材が放置され落書きの温床になった廃ビル同然の建物へたどり着く。

 まあ、後ろめたい人間が逃げ込むのは大概こういう場所だ。侵入する以前から戦闘が始まっていたようで、アスファルトや壁面にはまだ新しい抉れたような痕跡が残っている。


 拳銃とクロム魔術の盾、刃を分厚くした刀をそれぞれ構え、下手に目立たないよう足音を殺して慎重に進む。

 しかし、物音が一切しない。戦闘はおそらくもう終わった後だろう。問題はどちらが斃されたかにある。

 ところどころ残された傷と、コントロールの外に出て散らばっている液体金属。階段を通じ上がっていっても同じような残滓ばかりが見つかる。

 そして、最上階にそいつは立っていた。


「あ、来てくれたん?わざわざおおきに~。もう終わってもうたわぁ。」


 返り血のかかった、絵に描いたような狐顔。すらりと高い身長。後ろを長く残した、光を吸収する黒髪のクラゲウルフ。黒いレースをあしらった服にピンヒールまで。

 通信の時点でわかっていたが、百聞は一見に如かず。パッと見だけで自分にとっていけ好かない人物であることを理解した。蠱惑が足を生やし、人の皮を被って歩いてやがる。

 そしてその足下に転がる、とうに飽和した超法規的措置の産物。事切れ亡骸となったストリートファッションの若い男。

 おそらく、一方的な戦いだった。ここまでの余裕を作るほどなら最上階まで上がる必要などなかったはずだ。


「...あなたが字限さんですか?」


字限アザキリ 朔鵺サクヤいいます~。よろしくぅ~。」


「うっわあ...綺麗な人っすね~。」


「口慎め馬鹿...」


「まあ~!嬉しいわぁ。」


『私この人ヤダかも』


「.....同じく。」


 いたぶってから殺したんだ。実力差を理解していながら態々追い詰めるような真似をして、ここまで詰めに詰めて。

 イカれてる。いくら殺人の権利があろうともそれは最終手段であるべきだろ。動機次第じゃ情状酌量の余地だって。

 だが、今となってはもう遅い。ただ一つ言えることは、私達は早急にこの場を後にし、処理を課に任せてしまうことだ。

 駿河の言葉に、頬に手を添えクネクネしながら微笑んでいる。言わんこっちゃない。悪い女の典型じゃないか。


「...行くよ、要請は受けた。そんでもってもう終わった。」


「...はいっす。」


 踵を返し、立ち去ろうとしたその瞬間。真横にあった柱に風を切り突き立つものがあった。

 矢のような形をした流線型の輪郭。クロム魔術で形作られたナイフが、顔面スレスレの位置に刺さっている。

 振り返れば、耳に提げた三角形のイヤリングの揺れ。細目を開けてニタリと笑う字限が腕を振りかぶった体勢のままこちらに値踏みするような視線を向けていた。


「はッ、はあ!?」


「...なんのつもりだ?」


「恐い目ぇしはるなあ。」

「やっと敬語解いてくれたわぁ~。」


「質問に答えろ...なんのつもりだって聞いたんだよ。」


「この人、肩透かしやってん。目眩ましばっかり達者、そんなんおもろないやんなぁ。」


「知るか。無駄足だったらだったで、早く仕事に戻りたいんだけど。」


「うわっ────」


 舌を見せた。挑発のジェスチャー、次の瞬間には次なる刃が飛んだ。駿河の額へ向かうそれを、割り込ませた盾で弾き落とす。

 この女、最初から救援要請なんか目的じゃなかった。戦闘狂は他人を巻き込むタチの私情を挟みたがる。これだから関わりたくなかった。

 尻餅をつき後退りする駿河を見て、唇を舐める字限。昂るバトルジャンキーの性が仕草の節々から漏れ出ている。


「何すんだよお前...!!」


「ナイスッ!!ナイス式杜さん!!」


「この年になると、そない些細な褒め言葉でもキュンときてまうねんなぁ~。」

「連れ歩いてんねんからわかるやろ~?なあ、キミ名前なんて言うん?」


「駿河...駿河 耀っす...」


「アカルくぅん。ウチと来うへん?」

「キミ非正規N-Rやろ?そないな仏頂面とドライブしたかてつまらんのとちゃうん?」

「むさ苦しいやろぉ?見てみぃ、その子。居心地悪いで~?ホンマ息が詰まってまうわぁ。」


 黙って聞いてりゃベラベラとくっちゃべりやがって。この顔は生まれつきだっつの。というかコイツ、お目当ては駿河か。気持ちは大変よくわかるが。

 ろくに色恋を経ず仕事に没頭したアラサーなんて異性に褒められたら誰だってキュンキュンするわ。

 喧嘩は買った。だが課員同士での私闘に持ち込むからには命のやり取りに発展させるわけにはいかない。メチャクチャムカつくけど、細心の注意を払わなければ。


「アンタこそどうなの?人殺しの次は男漁りって、性格の悪い京都人は節操ってもんがないのかよ。」

「セコい真似しないで、行き遅れらしく隅っこ歩いといたらいいでしょ。厚化粧も大概にしなさいよ。」


『いいぞ明菜ー!言ったれ言ったれ!』


「式杜さん...!その辺で!俺もう大丈夫っすから...早く帰りましょ!?」


「式杜さん、やったっけ?ウチはなぁ、大人の色香っちゅうものが欠けとる言うてんねん。」

「せやからいつまでもキッツいスーツで首絞めてる羽目になってんねんで?積極的にならんとあかんよぉ~。」


「誰がコイツと付き合ってるっての。馬鹿だしデリカシーないし。」

「...タバコ吸うし。」


「関係あるっすかそれ!?」


「ええやんかタバコくらい~。ウチも喫煙者やで~、気ぃ合うなぁ。」


「無理矢理共通点作って距離縮めようとしてんじゃねぇよ。あ、そうか~、だからお前のツラシミできてんだ。」

「自慢のお肌が死んで~?」


 字限が手の甲に筋を浮き上がらせる。やや首を傾けて、関節をパキッと鳴らすその様は図星のそれだ。

 引っかかりやがって。悔しいがシミなんかねぇよ、ピチピチだよ気にしいが。しょうもない吹っ掛け方だ。強かさの欠片もないハイエナじゃないか。

 動機を自分に刷り込ませる。「こんな女に駿河を渡したらロクなことにならない」と。だから私が保護しておかなければと。後味の悪い結果を招くくらいならここで退けるまで。

 私情を持ち込みたくないとは思うが、こういう女が一番嫌いだ。それに性格上泣き寝入りだけはしたくない。一発ブッ飛ばして帰る。殺してもいいなら殴るくらい些事だ。


「眉間シワ寄ってるぞ。更年期かよ?それとも寄る年波には勝てないって?」


「......アカルくぅ~ん、ちょお待っといてな?このアマしばき倒してからみっちりキミん事可愛がったげるわ....」


「なんでそうなんだよ!?」

「ハッ、もしかしてこれがモテ期ってやつなんすか!?」


「馬鹿か!!」


『うん、これは普通に馬鹿...』

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