第4話 繋がる輪

 腹ごしらえに立ち寄ったのは、住宅街の近傍にひっそりと佇む中華料理屋。自炊はしないしできない、かといってコンビニでというのもどこか気が引ける。そうして手頃な飲食店を探すうちに見つけたのがここ。

 アラサー手前の私が使うべき表現か怪しいけど、昔ながらの雰囲気が好きでちょくちょくここには食べに来ている。


「中華っすか~!最高っす!」


「美味しいよここ。」


 暖簾をくぐると、そこそこ盛況。しかしごった返しすぎない。そこのところも気に入っているポイントの一つ。食事は誰かと摂るにしても、落ち着いた空気が一番だ。

 テーブル席に座ると、割烹着姿の店員が朗らかな笑顔で注文を取りに駆け寄ってくる。


「タンメンひとつ。」


「えーっと...うわ迷っちゃうなあ...」

「じゃあ俺、チャーハンと中華そばでお願いします!」


 大方予想のついていた、わんぱくなセット。似合うといえば似合う。膝に手を置いて待ちきれないと言った様子で店内をキョロキョロと見渡している。

 テーブルに置かれたお冷やをゆっくりと飲みながら、駿河が嘆願に至った契機を考える。何故あれほど私との同行を望んだのか。

 蠱毒の騒乱はN-R非正規課員たちにも通達がいってる。非正規であることに加え、日の浅さから来る不安が駆り立てたものか。

 それに、私は責務を果たしたまで。その場その場の協力関係を築き事態を収める。特段涙を促すようなことをした覚えはない。


 そして、あの方言。訛りがキツく涙声だったから即座に訳せなかったが、「おい」という一人称、示現流の使い手であることから駿河は、九州、特に鹿児島あたりの出身なのだろうか。

 それからなんと言っていたか。方言には詳しくないけど短い言葉、なんとなくニュアンスで読み取れば。


「すい...い...」

「.....ん?」


「んえ?どうしました?」


ッ...!?」


 水を口に含んだ瞬間に合点がいってしまい、コップの中で大泡を作りながら吹き出す。そこら中へ盛大にぶちまけるのはなんとか阻止できたが、いくらかの量が気管に入りむせ返る。

 コイツ、本気か。己の正義に奔走し行き遅れかけていることを知ってか知らずか、ましてや初対面の相手にあんなことを言ったのか。

 自分の目が見開かれ、頬の紅潮を感じ取る。あの場で意味を理解していたなら、きっと私は駿河をここまで連れてこなかっただろう。


「ちょ、ちょっとさ...さっきなんて言った?」


「えぇ、どれっすか?」


「私の手ぇ握りながら言ったやつ!!」


「...ああ...いやぁー、え~?もっかい言わせちゃうんすか~?」

「俺だって結構あれ、意を決してって感じだったんすよ~?二回目は流石に恥ずかしいっていうか~....」


「...ちなみに聞くけど、あれどういう意味?」

「これはただの確認だから...答えは保留。拒否じゃないってことだけわかって...」


「いやそんな、愛の告白なんて重たい意味じゃないっすよ!?いい人なんだなあって...そんで勢いで出ちゃっただけっす!」


 驚かせやがって、いい人なのはお前だよ。いや、それ以前にバカなのは据え置きとして。

 意味がなんだったとしても異性に、そんなにスラスラ好きって言えちゃうのはどうなのって思っただけで。

 多分モテるなコイツ。そしてそれをまったく自覚していない。ナチュラルに女誑しとは罪深い性格を。

 もう、これ以上掘り下げるのはやめよう。そんでもって放っておかないようにしよう。悪い女に捕まりそうだし。その前に私が~とか別にそんなんじゃないし。


「...っマジでさぁ...せいぜい発言には気をつけなさいね。」


「...?はい、すんません!」


「...ホラ来たよ、食べよ。」


「おっ、やった~!」

「いただきます!」


 目の前に料理が運ばれてくる。感情を押し殺しながらいそいそと割り箸を雑に割った私とは裏腹に、手を合わせ背筋も伸ばして慎ましやかに食べ始める駿河。

 ひとまず食事に集中しよう。箸で、スープの絡んだ中華麺を具材と共に持ち上げレンゲへ乗せながら湯気を息で吹く。

 啜ると、生姜の効き具合が相変わらず良い。具材としても刻んだものが上に乗せてあり、アクセントとして優秀。

 あっさりとした塩味、しかしシャキシャキとしたたっぷりの野菜が満足感をもたらしてくれる。香味油で炒めてあって、これだけで白米が進みそうだ。


『美味しい~。明菜店選びのセンスあるよ』


「.....」


 レイと共に過ごして判明した点。それは私との感覚を共有していることだ。判明してる限りでは触覚以外の全て。

 私は元々双子として生まれる予定だったが、バニシングツインが起こり片方が母体に吸収されている。この現象は原因が解明されておらず、一家離散を機に親戚の家へ移ってからは「妹の分もしっかり食べなさい」と食事の度に湿っぽく言われていた。

 うんざりこそしていたが、事実は事実。言い分には納得し異議は唱えなかった。しかしレイの細かな好みが妙に自分と合うことがずっと不思議でならない。

 たけのこよりきのこ派だし、おでんは関東派だし、ショートケーキの苺も小分けにして最初から最後までちまちま味わい食べるタイプ。


 ふと駿河を一瞥すると、いかにも若者というようなガッツリとしたメニューながら丁寧に食べている。

 砂山を崩すようにチャーハンを頬張り、よく噛んで飲み込んでからスープを飲み、掴んだ一束の麺に手をつける。わかりやすくがっついてはいないが、吊り上がった口角が喜びの享受を確かに表していた。

 早く食べ終わりこの妙な空気を振り切ろうとしていた自分の思考が恥ずかしい。


「美味いっすね~!やっぱ式杜さんのオススメなら間違いないっす!」


「...そう?」


「そうっすよ!自分料理苦手なんで普段は冷食かコンビニっす。結局外食が最高っす!」

「なんて言うんすかね、人が作ってくれた暖かみがあるだけで違うっす。あと式杜さんと食べてますから!」


 なんなんだコイツ。一言一言、一挙手一投足がいちいち誰一人不幸にしない。せっかくだし美味しいものを、などという短絡的な思考で店に足を運んでいたのか私は。

 まったくもっておっしゃる通りだ。味が同じでも環境が違うだけでただの食事が充実する。改めて実感した。

 私はレイの存在を思い出してしまい、食事を純粋に楽しめずにいた。正体を勘繰っては自らそれを否定する思考サイクルが邪魔をして。


 レイをその「誰か」の一人として認めていなかった。明かすべきだろうか、駿河に。気味悪がられることはないと思うが、何故か躊躇いがある。

 コイツの満足そうな顔を見ていると、興が乗るというか、食欲が湧いてくる。もう一品くらいなにか頼めばよかった。


「えっ、え?頼んでないっすよ?」


 困惑する声。目の前に餃子の皿が差し出された。駿河の褒めと食べっぷりに気をよくした店主のサービスだという。

 やはり遠慮などせず、好意を濁さず快く受け取る駿河。しかし駿河は自分で食べようとはせず、皿をそのまま私の方へ寄越した。


「...いいよ、食べな。」


「えー、だって式杜さん、さっきから俺の方食べたそうに見てたじゃないっすか!」

「満腹で帰った方が気持ちが良いっす!せっかくなんで半分こしましょ!」

「...あ、もしかしてダイエット中とか...?」


「違うわ...」

「それ駿河にって...」


『いいじゃん、私も食べたい』


 厚意の分け合い。今までの私じゃ考え付かなかった行為。ただ論理に基づき、意志を持って思うように事を進めるのが信条だと。

 これでいいのかもしれない。たまには肩の力抜いて、流されてみても。これは囲む食卓なんだから。


「...わかった、食べる。」


「はい!」

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