第3話 急場凌ぎ

 見ると、コピー体の足下、接地面から銀色の細い糸のようなものが伸びていた。体重をかけられる圧力の中かろうじて確保された視界から辿っていくと、それは同じく犯人の足下に繋がっている。

 受付窓口のカウンター、その裏を遠回りする形で。見つけた。これが文字通り、窮地を突破する糸口だ。


「駿河...!!足下見ろ!!」


「えっ!?ああ!!」

「了解しましたっっす!!!」


 ハッとした表情でニヤリと笑った駿河は、前蹴りで犯人を遠ざけ、足下にあった金属の糸に分厚くなった刀を振り下ろした。

 タイルと共に破片が飛び散る。その瞬間、私を押さえ込んでいたコピー体は制御を失い、急激に液化を始め銀色の水溜まりと化した。

 大当たりだ。犯人はこの糸をコピー体操作の接続コードとしていた。わざわざ降伏するフリをしていたのは、コードの設置を完了させるための時間稼ぎ。

 再び発動するには無機物と化したこの水溜まりに触れ、身体を経由しなければならない。突如数的不利に持ち込まれた犯人の焦りからそれは間違いないだろう。


「アシストしろよ....!!」


 私は待ち合いのソファー席を踏み越え、盾を構えたまま跳躍する。もう逃がさない。踵を返す背中に盾ごと覆い被さりうつ伏せの下敷きにすると、犯人は情けなく呻き声を上げた。

 すかさず駿河が上に馬乗り。腕を首にかけチョークスリーパーを決める。

 犯人の、床を掌で叩くギブアップのジェスチャー。構わず私は未だ手をこまねく警官隊へ向けて声の限り叫んだ。


「確保ぉぉおおおっ!!!」


 すかさず中へ雪崩れ込んでくる盾を構えた警官隊。犯人の取り押さえと、さっきから人質たちが押し込まれ小さい悲鳴が漏れていた金庫の方へ分かれて突進していく。

 POLICEの文字が刻まれたバリスティックシールドに取り囲まれ、吠えながら身動きを封じられていく犯人。

 往生際の悪いことに隙間から腕を突き出しなにやら喚いているが、人間味のある銀行強盗にしては発言がスピリチュアル寄りだ。

 自由意思や、力の解放と。道を違えなければその願いは叶ったろう。もっとも、正義の名の下に振りかざすのを快く思えるのなら。


「...あとは刑事課たちがやってくれる。」

「出るよ、駿河。」


「はいっす!」


 取り押さえられる騒乱、盾を融かして吸収し体内に収める。魔術的なプロセスを経る不信感も相まって、異物が入り込んでくるこの感覚だけは未だに慣れない。

 駿河も同じように鍔に空いた穴から金属を融かしている。1.5センチほど幅があった刀身が両側から液体になり、振り下ろした時に見せた分厚さを失いようやく納刀が可能となった。

 よく見れば刀も普通と少し違う。根本にかけて刀身の幅が広くなっているようだ。反りも浅く、柄は太く長い。


「駿河、ちょっと聞きたいんだけど...」


「なんすか?」


「さっきの叫び声なに?」


「あ、出てたっすか?俺、示現流使うんでつい出ちゃうんですよ~。」


「...その刀も?」


「っす!薩摩拵え!そこにクロムの金属を付け足して、重~くして振るんすよ!」

「ほら、自分不器用なんで!こういう雑なのが向いてるっす!」


「まあ、勝手だけど...なんというか...」

「無理しすぎないで。課員と共同で動くのが当たり前のN-R非正規課員だからいいけど、変に功績認められて単身派遣とかなったら...」

「...それじゃ。私密行戻らなきゃ───」


 運転席のドアを開けようとしたその時、別れようとした駿河はいきなり私の両腕を力強く掴んだ。顔こそうつむかせているが肩を小刻みに震わせている。

 そして、勢いよく頭を振り上げ面を上げた。下唇を噛み締めながらぼろぼろと涙を流し、目下のアスファルトに点々と染みを作っている。


「...おい、式杜どんが好いちょい。」


「なんて?」


「あぁっ違った、あの...!」

「こんな優しい人、初めて逢ったっす...!」


 手を握りながらキラキラとした目を輝かせ、崇拝するような表情でこちらを見つめてくる。

 私なんかした?正規の課員として前衛を務め、当然の労いを贈っただけでここまで感謝されるものなのだろうか。

 確かに命は張ったし、相応の危機もあった。非正規とはいえ課員であることには変わりない。それにしたって泣くほどか?


「俺、ちょっとした異常物品オブジェクトに触れたことあって、その寄贈の関係で特事課を知ってN-R非正規課員に登録したんすよ...」

「人を感動させるミュージシャンに憧れて、上京してきて...でも、貧乏だったし手っ取り早く金も稼ぎたかったし...」


「...そんな気軽に?現場によっては死んじゃうかもしれないんだよ。」

「今回だってかなり危なかった。」


「...っす。後悔してます、正直...」

「でも目を背けたくないんです!誰も知らないし、法律でどうにもならないものをなんとかできるって...!」

「すごく、良いことだなって...!そんなことが俺にも出来るんだって思ったんです!」


 バカ。真っ先に出てきた私の感想。でも考え方に通ずるものがあって、即座に否定の言葉を出せなかった。

 稚拙で向こう見ずな主張だ。命を奪う覚悟や自らの死に対する恐れを棚に上げて、ただ理想だけを語っている。

 論理的な思考に基づいて行動する私には理解しかねるものだ。


「初対面ですけど...下っ端ですけど!式杜さんの優しさに、つけこんでもいいっすか。」

「ダメだったら断って下さいっす!」

「俺も、一緒に.....」


 しかし、心を打つものがそこにあって、非情になりきれない自分は、つい流れで動いてしまった。

 心配、だったのかもしれない。バイト感覚で首を突っ込んでたらいつか地獄を見る。そこらの求人に比べれば格段に給料良いけど、お金じゃ割に合わないものを投じているからそんなのは当たり前だ。

 あーあ、今日は本当に面倒臭い現場だ。終わったら即解散のドライな人が多いと思ってたら、まさかこんなのとかち合うなんて。


「いいよ。」


「いいんすか!?」


「でも何から何までお世話はしないから。それに蠱毒が終わったら、私はまた元の持ち場に戻されちゃうと思うし。」

「逆にいいの?長くて三ヶ月だけど。」


「どれだけ短くても大丈夫っす!一緒に頑張りましょう!」


「...そ。じゃ乗って。」

「そんでもって駿河ん家まで案内して。これからずっと車乗りっぱなしになるから、着替えとか荷物いるでしょ。」


「はい!!」


 駿河を助手席に乗せ、銀行を出発する。道案内に沿った運転の最中、私は機動支援係ノーマッドの車両同伴に際して発生するデメリットについてを説明した。

 蠱毒の情勢は判然とせず、いつ大規模な戦闘が起こるかわからないため明確な休日が設けられていないこと。従って、人員の不足する課員メインの現場支援に当たった場合、命を落とすリスクが増大すること。

 それでも駿河は笑顔で相槌を打ち、キャンピングカーは初めてだのとウキウキだ。勢いに押されて承諾してしまったが、本当に良かったのか。若い命を預けられた責任がのし掛かる。


『明菜~、ホントにいいの?』


 いいの。突っ走りそうな感じだけど、素直だから私がセーブすれば言うこと聞くだろうし、積極的に前に出れば盾役になれる。

 足手まといになれば引っ込ませればいい。射撃で撤退のカバーもできる。私が頑張ればいいんだから。


『そっちこそ無理してるんじゃない?』


 してない。投入するしないの判断は私に一任されたようなものなんだから、マズそうなら車で大人しくさせておくだけ。

 そもそもファーストコンタクトは民間人で、次に現場に遭遇した課員。その段階で援護の要請をされても、より有力な人員が到着するまでの繋ぎにしかならない。

 もちろんパトロールみたいなこともするけど、私達はただの支援、伝令役に徹するべき。発生した案件を処理できるとは限らない程度の戦力なんだから弁えないと。


『ふーん』



「あ、そこっす!」


 駿河が身を乗り出し指差したのは、どこにでもある寂れたアパート。茶色に枯れた雑草に囲まれ壁にはところどころヒビが入っていた。

 背負っていた刀を置いて車を降り、軋む錆びたトタン板の階段を駆け上がっていく。

 中に入っていってからしばらくすると、ギターケースとパンパンに張ったボストンバッグをそれぞれ両肩に提げ戻ってくる。

 躓き体勢を崩しかけ、私は背中をビクッと跳ねさせた。そそっかしいやつだ。


「よいしょ~っ...これで全部っす!」


「なんでギター持ってきたの...」


「いいじゃないっすか~!練習しておかないと鈍っちゃいます!」

「迷惑かけませんから!」


「まあいっか...」

「何か食べに行こっか。ちょっと早いけど。」


「はいっす!お供します!」

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