第2話 即席チーム

 急いで車を走らせ、群衆のすぐ横を運転の圧力で突っ切って駐車場に横付けする。膠着状態が作り出した緊張を振り切って。

 機動支援係ノーマッドの車両についての情報はすでに刑事課に通達してある。機動隊を呼ぶよりも先にクロム魔術の存在が知られてしまったがゆえの召集だ。

 拳銃を取り、そして飛び降りるようにアスファルトの地面を踏み締めながら閉扉。規制テープなどなんのその。元より冷遇されているのなら配慮も必要ない。

 しかし、その背中に声をかけてくる人物が。


『あ、来たよ』


「ちょっともう~!なにも置いてくことないじゃないっすか!」


 案の定だ。さっきの若い男が、息を切らしながら追いついてきた。そして私の顔を見るなり鳩が豆鉄砲を食ったように口を開ける。


「あっ、さっきのカッコイイお姉さん!?」


「カッ...お姉っ...えぇ~?」


『照れんなよ~』


「うっさい!!」


「え...?すんません...」

「あの、機動支援係ノーマッドの人っすよね...?」


「そうだよ!!」


 予感が当たってしまった。人員不足、寄せ集めにしても先が思いやられる相手だ。不覚にも彼が抱いた第一印象に気をよくしてしまった自分が本当に恥ずかしい。


「自分、駿河スルガ 耀アカルっす!ヨロシクです!」

「自分のが下っ端なんで、お姉さんの指示には全面的従いますんで!」


「...式杜 明菜。いい?次お姉さんっつったらケツ蹴り上げるからね...」


「ハイっす!お姉っ、あ...明菜さん!」


「下の名前もダメだッ!」


『照れんなよ~』


「うっさい!!」


「っ!?すんませんッ!!」


 逐一立場に合わない敬礼をしながら受け答えをする駿河。なんなんだこいつ。母性くすぐる性格しやがって。

 身長もやたら高いし。180くらいあるぞ。しかしほっそいなあ身体。戦えんのかホントに。


「....行くよ。」


 いけない。私情を挟んだら動きがブレる。ただでさえ支給された拳銃にとどまらない武器の携行を許されるなど異常な立場にある特事課、それも機動支援係ノーマッドは実働部隊なんだから。

 駿河は歩きながら肩にかけた筒を下ろし、ファスナーを一周させ中身を取り出す。取り出されたのは優美な黒漆塗りの鞘に刀身が包まれた一振りの日本刀だった。

 かなり使い込まれているようで、柄に巻かれた糸はところどころほつれている。


「刀使うのね....駿河は。」


「ハイっす!自分不器用なんで、近接勝負のが向いてるって訓練監督に言われて!」


「呆れられてるだけじゃないの...?」

「...無責任な監督ね。命を守るための戦闘訓練なのに。」


「ん...?そうなんすかね~...」


 とりあえず、近接と中距離援護でバランスは一見良好。チームワークが要だけど、しかしこの性格なら無鉄砲に突撃されそうで一抹の不安がよぎる。

 誤射だけは気をつけないと。恨まれたくないし、変に元を正そうとして犯人のせいにしようとするマインドを持ちそうで恐ろしい。

 真っ直ぐ構えた姿勢のまま、自動ドアの向こうに見える犯人と目が合う。よく見ればギザギザとした刃を持つナイフを持っている。


「早速っすね...っし、俺が先に...!」


「待って。私が引き付ける。」


「いやだって、女性を先に行かせるのは男の恥って爺ちゃんが言ってたっす!」

「俺もその、アレ...えすかれーと?する時以外は女の人の前に立ってたいっすもん!」


「それを言うならエスコートね...そもそもエスコートっていうのは.....」

「っあぁ~もう!私のクロム魔術は前出るのに向いてんの!従え駿河!」


「おぉ...!これが噂に聞く上官命令ってヤツっすね!?了解っす!」


 勝手に舞い上がってる駿河は置いといて、頭の中に浮かべたビジョンを基に形を液体金属として出力、そこへ流し込んでいく。

 見た感じ犯人は一人。得意の手で片付けよう。

 左手で掴んだ取っ手を起点に、全身を覆えるサイズのライオットシールドの形状を固める。

 攻撃を受け流せるやや反りのある表面、そして視線を通せる穴。しかし私は横に長いT字に穴を空けた。

 これが私のスタイルを支える。私の拳銃、ルガー57のアンダーレイルにはL字型に曲がった特殊パーツを装着している。


 フォアグリップではない。これを穴に引っ掻けることで、防御と射撃の両立、反動抑制も兼ねた攻守一体の動きが可能となる。

 バックアップのグロックにも同じカスタムを施しているが、クロム魔術を使うのなら防御策も取ってくるだろう。9ミリよりも貫通力の高いこちらを選択した。

 ただし致命的な弱点は、私自身のクロム魔術が抱える操作精度の低さ。直接的な攻撃を行うにおいて必ず行動が一種類に限定されるため、その弱点も相まって長期戦には不向きだ。

 故に、短時間のみの展開に絞って強度を引き上げる攻勢的なガードスタイルを強いられる。今回においてはこれ以上なく噛み合っている、好都合だ。


「突入するよ...!」


「いつでもいいっす!」


 センサーが私達の姿を拾い、ガラスドアが壁に吸い込まれたその瞬間。スカルマスクで顔を隠した男目掛けて突貫、銃口を見せつけて威嚇する。

 向こうはどうやらクロム魔術一本で犯行に踏み切ったらしい。なら説得の余地はある。出来る限り犠牲は抑えたい。


「投降しろッ!!この建物は既に包囲済みだ、逃げ場はないぞ!!」


「クソが...!!警察の連中も俺と同じモン使いやがるのかよ...!!」


「黙って武器を捨てて、両手を頭の後ろに組むんだ!従わなければ発砲する!」


「わかったよ、わかった...投降するって...」


 一晩粘ったんだ、大人しく言うことを聞くタマとは思えないが、男はナイフを床に放り投げゆっくり両手を頭の後ろに回す。

 一瞬の隙をついて武器を生成、投擲することもできるだろうがこちらには盾がある。防御は容易い。

 しかし、なんだあの不敵な笑みは。まだなにかを企んでいるような表情だ。

 じりじりと犯人との距離を詰める。警戒を解かないよう慎重に。駿河も背後にぴったりくっついてきている。

 だがなにかがおかしい。妙に素直すぎる。


「....なーんてな。」


『明菜っ、後ろ!!』


 レイの叫びに思わず振り向く。そこには、全身がのっぺりとした金属で形作られたマネキンのような人形が、拳を振り上げ今にもこちらを殴り付けようとしているところだった。

 とっさに身体を捻り、腕ごと盾を背後に向けると、鈍い音と衝撃が全身に伝播する。

 恐れていた事態だ。メテオクロム。自身のコピーを作り出し操るなんて、いくら鍛練していても習得は不可能に等しい。


「駿河行け!!」


「キェエエァアアアッ!!」


 刀を八相の構えに、空気がビリビリと振動する特異な叫びと共に勢いよく振り上げられた刀身だが、犯人は後方に飛び退いて回避。衝突した切っ先がタイルの床を砕いた。

 それと同時に、私と対峙する金属のコピー体も同様に。そして右手から刃を作り出し、犯人自身もナイフを生み出し握った。

 早速種が割れたな。コピーはコピーでも、操作者本人の動きをトレースしている。別々なら数をイーブンに持ち込まれ面倒だったが、不意打ちが外れた今、どちらか一方をどうにかして落とせば押し切れる。


 だが、向こうも慣れている。初撃を防御した際に発砲したが、金属の塊であるコピーには当然ダメージがない。

 それをヤツは知っているんだ。私と駿河に、同時かつある程度防御行動を強いる方向から攻撃を仕掛けてくるため、片方の反撃が通用しない分手数では向こうが勝ってしまう。

 重たい刃を打ち付けられ、銃撃も意味なし。下手に動けば背中を切り裂かれる。金属同士がぶつかり合い火花が散り、ついにはT字の隙間に刃を差し込まれ頬を掠めた。


「警察の切り札もォ、大したことねえんじゃねえのかァア!?」

「やっぱこういう力はァ、首輪ブッ千切ってなきゃ味気ねえってモンだぜェエエ!!」


 振り返ると、駿河も防戦一方。いつの間に伸ばしたのか、手にした角張った形状の両刃剣をギリギリと押し付けられ鍔迫り合い状態。

 この状況はまずい。液体金属の操作に動きのリソースを少し傾ければ、顔面スレスレのこの刃を変形、盾の裏側に追い込まれた私の頭を穿つことなど造作もないことだ。

 なにか、なにか糸口を。嘆願のこもった視線を周囲に巡らせ、私はついに落胆を込めて下を向いた。

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