第2話
異世界に召喚されてから最初の朝が来た。
やたらに大きいテーブルに人数分の食事が用意されていて、後ろには壁に沿って侍女が並んでいる。
誰も喋らず、黙々た朝ごはんを食べ、自分達用に用意された部屋に戻る。
そんな作業的な時間に退屈していた……
すると突然、コンコンと、ドアをノックする音が聞こえる
ドアを開けるとそこには神官が気まずい表情をして立っていた。
神官を部屋に通し、話を聞くとあり得ない話が耳の中に飛び込む。
しかし、長すぎる前置きは割愛させていただきたい。
「〜〜〜こう言う理由なので、この中からどなたか、性別を問わず夜伽の相手をしてもらいたいのです」
神官が暗い顔で抑揚のなくなった声を駆使しながら説明をする。
夜伽、つまりはこの国のお偉い方と夜の運動会をしてくださいと言うこと。
急に召喚された挙句にこの対応。この国は本当に腐っている
少なくともこの国に来てからまともな奴は神官以外見たことがない。
ちなみに神官は一様、人の情を持っているみたいで、公爵に私が殺されそうになった時も庇ってくれたし、夜伽の相手を私達の中から1人だけ、となったのも神官が色々根回ししてくれたかららしい。
神官のおかげで犠牲者は1人で済むが、それでもその1人のことを思うと心がいたたまれなくなるの事実。
クラスメイト達は夜伽という意味を理解していない者と理解できている者で2つに分かれた。
正直私のクラスの女子達は突然こんなことになってかなりまいっている。
こんな状態の女子を夜伽の相手に差し出せば自殺やらリストカットやらドラックやらに血走って死ぬのがオチだろう。
かといって、男子達を夜伽に差し出すかという問いに対しても答えはNOだ。
流石に男としてのプライドが傷つくのではないだろうか…
「私がやります」
私は手を挙げながらそういった。
神官は目を見開き、口をパクパクさせた。私が立候補するなんて思っていなかったのだろう。
ようやく事態を飲み込み わかりました。ありがとうございます と一言残してカチコチしながら部屋から出ていった。
女子を差し出して妊娠でもさせられればその女子は逃げること叶わず一生この地に縛られなければいけなくなる。
男子を差し出せば一生心の傷として残り、元の世界に帰れた後も結婚などができなくなるかもしれない。
ここは、私なら上手く立ち回れると自負したいところだが、生憎そんな自信はこれっぽっちもない。
でも、クラスメイトを汚されるよりはこっちの方が遥かにマシだと思っていた。
「天夏……」
自分の名前を呼ばれ後ろを振り返ると友達の三橋奏がいた。
目のふちに涙を溜めてこちらを見つめている。
唇は震え、顔は硬直して……まるでこれからひき肉にされると怯えている家畜のようだ。
「天夏。なんで…」
奏はもう一度私の名前を呼び、服の裾をギュッと握り締める。
私はできる限りの笑顔を向けた。
「別に大丈夫だって、取って食われるわけじゃないし」
いや、食われるというのは本当のことかもしれない……
そのまま私は奏と背中合わせに座り込んで、夜が来るのを静かに待った。
すっかり外が暗くなったころ、1人の騎士が部屋に来た。
「夜伽を担当する異界人様、部屋へご案内します」
どうやら夜伽用の部屋への案内人を務めているようだ。
ピンクがかった髪に肌色の眼の色。
体は随分たくましく。鍛え上げられてある。
腰には公爵と同じように剣をぶら下げていた。
これまた顔の整ったお方だ……
私はピンク髪方は行こうと立ち上がると奏が手を引っ張って離してくれない。
「やっぱりやだよ。天夏が行く必要ないよぉ…」
泣きながら懇願されてしまっては無下には扱えない。
私はそっと奏の手を外して、膝に置いた。
大丈夫という意思表現だ。
そのまま部屋を出て、ピンク髪についていった。
長すぎる廊下をどんどん進み、派手な装飾ばかりが見られるようになる。
しばらく歩いた時、ピンク髪がいきなりこちらを振り向き、怒りに満ちた眼で私を睨みつけた。
「被害者ぶれて満足か?」
彼は確かにこう言った。
私は言葉の意味を受け止めきれずに呆然とピンク髪を見つめている。
「まるで自分は被害者ですと言いふらしてるように振る舞って、公爵にも無礼を働いたらしいじゃないか。お前らを召喚するために何人の魔法使いが命を張ったと思っている。その中には俺の親友もいた!」
なるほど、私達を呼び出すには魔法使いの力が必要だった。
だから何人もの魔法使いが文字通り命をかけて召喚魔法やらなんやらを使ったのだろう。
その中にはピンク髪の友達もいた。
ピンク髪の言い方によると召喚魔法を使った後その友達は大怪我が病気にかかってしまったのだろう。……または死んだか
しかし、彼らの思考は変に偏っている。まるで私達が喜んで召喚されたと思っているようだ。
何を言っているんだ期が終わると私の頭は怒りで埋め尽くされた。
あまりにも八つ当たりする相手が違うだろう。
「私達は好きで召喚されたわけではない、お前らが私達を召喚しなければ、今頃家族と暖かい部屋で食事を囲んでいた、夜伽の相手なんかせずにすんだ」
自分でも信じられないほど冷徹な声。
「召喚により被害を受けたのはこっちも同じだ。怒りをぶつける相手を間違えるなよ、この愚図が」
今すぐにでも殴りたい衝動を抑えながら、私は彼を睨みつける。
ピンク髪はまだ意味を理解し切っていないらしい。
私をまだ睨みつけて、自分の中の正義は間違ってないと言い聞かせているようだ。
こういう奴には話をしても意味がない、行動で解らせないと。
私は近くにあった掃除用に使われているバケツを手に取って、中に入っていた水を頭から被せた。
ピンク髪は口をあんぐりと開けてこちらを凝視する。
「ちょっと、私にも水がかかったんだけど。どうしてくれんの?」
「"あんたのせい"で服が汚れたんだけど」
彼はすぐにお前が水をかけたからだろうと反論した。
「お前が私に言ったことを忠実に表現してあげただけだよ」
私はそういうと、ピンク髪を置いて部屋に向かった。
もうどの部屋に行けばいいのかぐらいは覚えている。
怒りにまかせ乱暴にドアを開けると、そこには神官が不安そうな顔をして立っていた。
夜伽の相手は神官なのだろうか?
そんなことを思いながら部屋の中に入りベットに腰をかける。
「何故ですか?」
唐突に神官に話しかけられた。
こいつは私が何故夜伽の相手に立候補したのかを聞いているのか?
「クラスメイトから1人を夜伽として差し出さなければいけない……クラスメイトを汚されるより、私が犠牲になった方がマシなんです」
そうですか……と神官は呟き、まるで懺悔をするように過去の話を始めた。
「実は貴方達の前にも異界人を召喚したことがあります。その異界人の1人はアメと言う名前で、異世界に急に呼び出されても動じない、強い信念を持った人でした」
神官は話を続ける。
「彼女なら、この狂った世界を変えられるんじゃないかと思いました。だからお願いしたんです。どうかこの世界を本当の意味で救ってくれと」
神官もこの世界が狂っているとわかっていたらしい。
助けを求めるために呼んだはずの異界人が加害者と言われる世界……いつも正しいのはこの国の住人。
その様子を、私はいまさっきピンク髪で見た。
「彼女は頑張ってくれました。本当に……でもやっぱり荷が重かったみたいです。自ら命を……」
神官は顔を上げる。
「貴方達には、そうなってほしくない…どうかこの国から逃げて………」
「随分と楽しそうな話をしているな」
バッと声をした方を見るとそこには公爵が壁にもたれかかり、腕を組んでこちらを見ていた。
「神官よ、お前の仕事は夜伽の仕込みではなかったのか?」
上から目線で公爵に凄まれては、神官も何も言えなくなる。
公爵は私をチラッと見て口角を上げた。
どうせこの前の仕返しをできることに喜びを感じているのだろう。
「こ、公爵様!彼女はまだ女として未熟です。どうか夜伽はまた後日としませんか?」
女として未熟………ねぇ……
それはともかく神官は必死に私を庇ってくれた。
だが、神官の努力虚しく、公爵は大股で私が座っているベットに近づき、私の顔を覗き込む。
そして私にキスをした。
実際はギリギリのところで私が少し顔を動かした為、唇からズレた顎に標準がいったのだが…
公爵は人喰いのような笑みを浮かべ私に顔を向けたまま神官に呼びかけた。
「見学がしたいのなら、まだこの部屋にいてもらって構わないが?」
神官には部屋を出ていく選択肢しかなかった。
神官が部屋を出ていったのを確認して、公爵は服を脱ぎ出す。
私はその手を止めて思いっきり棘のある声で言った。
「まさか、本当に夜伽を実現させるつもり?」
「まさか夜伽の役目を放棄するつもりか?」
私は髪を改めて結い上げ、ベットから離れる。
「取引をしよう」
他のお偉い方はともかく、公爵に初めてを奪われるつもりはない。
とにかく何か公爵の気を引ける話をしなければ…
「公爵の望みはなに?」
公爵は少し考え込んだかと思うと信じられない発言をした。
「この国を俺のものにする。少なくとも今の国王にアホ面かかせてやりたいな」
「その願い、叶えてあげる。その代わり、公爵は私に協力して」
ただのガキがそんなこと言ったって信憑性のかけらもない。
でも、今の私の今の立場は"異界人"だ。
異界人の私が叶えると言ったのだから何か策があるのだろうか、と深読みしてもらえると助かるのだが……
「強力とは具体的に何をすればいいんだ?」
公爵がノってくれた。
「別に、名前を貸してくれるだけでいい」
公爵はまぁまぁ位の高い立場だ。
公爵の名前を出せば色々有利になるのではないかと思っただけだが…
「いいだろう、取引成立だ」
固い握手を結びはしなかったものの、私と公爵は取引仲間という新しい関係に変化した。
続く
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