第1話

 …周りから雑音が聞こえる。

顔を上げるとそこは豪華な装飾を施された一室だった。

一室といっても広さは教室の5倍くらい、壁沿いには鎧を纏った兵士が並んでいて、正面に王様と思われる男が王冠を被り玉座に収まっている。


「い、異界から来た勇者一同様方。よくぞ我々の呼びかけに答えてくれました。どうか魔王討伐の為に力をお貸しください」

 

 神官?のような見た目をした老人が私たちに喋りかけた。

喋り方は丁寧で、少し震えている。

まるで私達を貴族か何かだと勘違いしているような言い方だ。


 神官は言葉を続けた。

「あなた方は異界から魔王討伐のために召喚された異世界人です。異世界人は一人約魔導士何百人もの力を持つと聞いております、どうかその力で我々をお救いください」


 はて、これは俗に言う異世界転移というものだろうか。


 神官はまだ御託を並べまくっている。

召喚されたことはとても名誉なことで、あなた方は幸運で……


 私達がまだ小学校低学年ぐらいの年齢だったら自分は特別で凄いんだと勘違いして喜んでいただろうが、今は中学生。そんな言葉に惑わされるはずもない。


「私達が帰る方法は?」

私は神官の言葉を遮って今一番聞きたいことについて聞くと神官は目を伏せ、震えた声で言った。

「ありません」


 さっさとそう言ってくれればいいものを。


「別にそんなことはどうでもいいだろう」

話に割り込んできたのは銀髪銀眼をした二十代前半くらいの男だ、高身長で顔は整っている方。

もう少し愛想を覚えればとてつもなくモテるだろう。


 彼は王様の右隣を陣取って腰には剣をぶら下げている。

王族ではないだろうけど、さぞかし身分の高いお偉方みたいだ


「お前らの役目は我が国タザールを魔王から守り抜くことだけだ。それ以外のことはどうでもいい、気にしようとするな」


 低音の入り混じった美しい声で凄まれては、相手によってはご褒美だな…なんて今考えることでは絶対ないことを考えながら話を聞き流す。


「この国を救って私達に何か利益がありますか?」

私はまだ呆然と口をパクパクさせているクラスメイトを代表して質問した。


 一気に役者たちの顔が渋くなる。 

役者とは、その場にいる全員のことだ。

王様は何も喋らず、代わりに神官がこの問いに答えた。


「衣食住を保証します。そのほかにも専属侍女をつけて、宝石やアクセサリーなども用意しましょう」

  

「勝手に呼び出したんだから衣食住保証は当たり前でしょう。宝石やアクセサリーといった石っころもいりません。元の世界に帰ることだけを所望したい」


 どこからこんなことを言う勇気が出ているんだろうと自分でも不思議に思うくらい遠慮のない言葉、声色…


「神官よ、この者は殺していいのではないか?」

銀髪野郎からとんでもない発言が聞こえた。

どうやら話を聞かないなら殺すことも厭わない連中らしい。


 とんでもないな


「忠誠がみられなかったら殺していいと言ったのは神官だ」

神官はオロオロとこちらと銀髪野郎を見比べている。

こんなことになるとは思わなかったかのように。


「し、しかし。相手はまだ子供です。そうお怒りにならずとも、よろしいのではないのでしょうか?公爵様」


 銀髪野郎の名前は……少なくとも呼び名は公爵らしい。

公爵はじろっと私たちの方を見回したあと、教祖に面と向かって言った。


「彼女達が反乱でも起こせば、我が国は信じられないほどの被害を被ることになる。悪の芽は今のうちに積んでおくべきだとは思わないか?」


 これには教祖は何も反論しない。 できなかった。


「別に全員を殺すわけではない。こいつだけ殺せばいいだけだ。そうすれば、残された奴らも逆らおうという気にはならないだろう」


 王座に座っている王様も、教祖も何も言わなくなった。

確かに私だけならあまり損害もないし逆にクラスメイトも従順になるかもしれない。

公爵は今すぐにでも私を殺そうと腰につけた剣を引き抜かんとしている。


 公爵に殺される運命は逃れられそうにない。 

私はいち早く動き、公爵の剣を引き抜き奪い取った。

公爵が私がただの子供だと油断していたのが返って好都合だったようだ。


 公爵は目を大きく見開いて、驚いて見せたかと思うとすぐに体制を整え、私を捕まえようと手を伸ばしてくる。


 私はギリギリのところで手をかわし、数歩下がって公爵と向き合った。


 数秒、両者の睨み合いが始まった。

公爵は両手を頭の上にあげ、ブツブツと何かを呟き始めた。

公爵の手が霜で覆われる。


 まずい、直感でそう思った時、痺れを切らしたかのように王様が喋った。


「まて……公爵が手を汚す必要はない。兵士よ」


 王様の一声で壁にずらっと並んでいた兵士が動き出した。


 まず、一番私と至近距離でいた兵士が剣を引き抜き振り下ろす。


 私は剣を受け止め、そのまま押し返そうとしたが相手の体重が剣に乗っていて、うまく押し返せない。


 仕方なく剣をスライドさせ受け流す。

すると後ろから1人の兵士が剣を振り下ろしてきた。

私は剣の心得など全くないのでとりあえず振り回して牽制する


 そんなやりとりが数回続いただろうか。


 すると突然、煩わしく思ったのか、兵士が捨て身で私に飛びかかって来た。


 私は兵士の特攻を避けることができずに受け身を取る間もないまま地面に倒れ込み、腰を打ちつける、


 兵士のでかい図体で遮られなかった左目で、他の兵士が私を床ごと叩き切ろうとしていたのが見えた。

私は兵士もろとも転がりながら避け、立ちあがろうと床に手をつく。


 前を向くと公爵がどこかから拝借したであろう剣を私に振り上げているところだった。


 スローモーションのように映像が流れる。

後ろからクラスメイトの悲鳴が聞こえた。


 しばらくは助かる方法があるはずだと思い知恵を巡らせていたが、私の脳みそではそんな高度な戦略を思いつくはずもなく

 

 私は体にこめていた力を全て抜いた。

もしかすると、死んだら元の世界に帰れるかもという小さな希望だけを持って。


 走馬灯が私の脳内を駆け巡る。

5歳の時の誕生日、小学校に入学した時、仲のいい友達と喧嘩した瞬間……いろんな過去の出来事を思い出して懐かしいなと思い見ていると今朝のお母さんの言葉が頭の中に蘇って来た。


「行ってらっしゃい。怪我せず帰ってくるのよ」

今朝は喧嘩して家を出ちゃったっけ、でもお母さんの声には優しさが含まれていた。我が子を思う愛情も。




(帰ってくる……)




 私は剣を握りしめ、精一杯今だせる力を込めて剣を振った。ギリギリのところで公爵の一振りを食い止めらことに成功し、弾いた。


 そのまま勢いを殺さず床から飛び起き、公爵の喉元目掛けて剣を振る。


「そこまでだ!」

王様の轟くような声が響き渡るのを無視して私は公爵の喉元を掻き切った。


 実際は公爵が私の剣を避けていたので、剣先が喉に掠る程度で済んだのだが、首元からは血が少しだけ滴っている。


 私はそのまま攻撃を続けるべく、公爵に飛び掛かる。

足、腕、胸の順で攻撃を仕掛けるが公爵は颯爽に全ての攻撃を避けていく。


「そこまでと言っているのが聞こえないか!」

王様が激怒して王座から身を乗り出す。


 両者とも攻撃を一旦やめ、王様の方を向いた。

公爵は攻撃体制を解いたが、私は変わらず剣を握りしめ、周りをチラッと見ては剣を手で弄ぶのを繰り返している。


「お前の実力はわかった、このまま両者争いあっていてはキリがない。これで終わりにしよう」


 王様にとっては最大限の慈悲なのだろうが、負けず嫌いの私にとってはただの戯言だ。


「嫌です」

私は面と向かってハッキリと言い切った。


 王様は顔を上げ、怪訝そうな顔をしている。

「……なに?」


 少し考えるような仕草をする。

「つまりお前は私の慈悲を無駄にして、このまま公爵に殺されてもいいと?」


「王様の慈悲で助かった哀れな異界人と思われるくらいなら死んだ方が私にとってはマシなんです」


 それに、ここで引かずに少ない勝率に賭けたほうが、後々の王宮生活何かとうまくいくかもしれない。

 

 私はうんざりしながら公爵に向き直る。

公爵はもう剣を引き抜きかまえていた。


「王よ、私は別に構いません」

そうして公爵VS私の第二回戦が始まった。


 クラスメイトの方をさっきチラッと見たが、顔に心配と恐怖の感情が見えた。


 こんな戦い早いとか終わらせるのが得策だ。


 引くところを見せずに攻め続ける。

隙を見つけられれば終わりだ。すぐに首が飛ぶ。

公爵は私の攻撃の合間をぬっては首筋を狙って来る。


 首に切り傷を入れたことをまだ恨んでいるらしい。


 相手の隙を、型を見出さなければ勝つことは難しい。


 実は、今さっき気づいたが、公爵は五回目の攻撃で大振りを見せる。

その時、脇腹がガードされてない。つまり脇腹を狙ってうまく攻撃が入りさえすれば勝率は一気に跳ね上がる。


 そうとわかればすぐに実践だ。


 一回目の攻撃を床に這いつくばってよけ、二回目の攻撃は受け流す。三回目の攻撃の時に反撃して喉を狙い、4回目の攻撃は後ろに逃げる。


 来た。五回目の攻撃だ。

公爵の大振りに私は一歩左によけ、脇腹を突いた。

ガクンと公爵がよろける。


 そのまま公爵の背中を蹴り飛ばし、床に突き倒した。

公爵はすぐに体制を立て直そうとしたが、その前に私の剣先が彼の喉仏に触れた。


 公爵はそのまま動かない。


 どこからどう見てもこれは…


「私の勝ち」

私は短く勝利を告げた。


続く。

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