第11話 ただいま
「ただいま」
事件が起きた。なんの前触れもなく、突然。
私の目の前に、クマのような、ふさふさでへんてこな生き物が、ぬぅっと、あらわれたのだ。
玄関のドアを開けたまま、私はその生き物に言った。
「ジロー? の、幽霊だ」
「ちがう。いきてるので、いきジローです」
言葉が詰まる。喉からうまく声が出てくれない。
「なんで? 出ていったの? どうして? 帰ってきたの?」
ジローは、にぃっと白い歯をみせた。
あの時みたい。
あの時って、いつだっけ?
「おこめつぶ、そだてたのです。こめだわら、つくったのです。これで、うえじにしない。よかったですね」
ジローがくるりと背中を見せた。
誇らしげにぴしっと背筋を伸ばして。
そこには、大きな、大きな、米俵。
「あ」
『米俵。米俵がないとね、私たち飢え死にしちゃうかも』
あの日の私のいじわるに、長いまつげを瞬かせたジローがよみがえる。
あの冗談を、ジローは信じて。
ぽとり。と、涙が一粒こぼれ、どんどん溢れ出す。
生暖かい、しょっぱい水。
私の気まぐれないじわるに、ジローは。
「ごめんね。ごめんね、ジロー」
ジローは、大きな瞳をパチクリさせて、ちょっと首をかしげた。
それから、はっと気がついたように、ゆっくりと、大きく頷いたのだった。
「だいじょうぶですよ。こめだわら、まだいっぱいあるよ」
……ちょっぴりズレてるところが、大好きだ。
私は、ジローのふかふかのお腹に顔をうずめた。懐かしい、ちょっと……そこそこ汗臭い匂いをめいっぱい吸い込む。
土の匂いと稲わらの匂いもする。
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