第9話 綾ちゃんの優しさ

「前から思っててんけど、あんた、なんかあったん?」


 ある日の昼休みのカフェテリアで、綾ちゃんが心配そうに私を覗き込んできた。

 普通に振るまっていたつもりだったのに、鋭い綾ちゃんは気づいていた。


 私は、ジローのことを話そうかと口を開きかけ、戸惑った。

 ジローのことを、なんて伝えればいいんだろう。

 私だって、ジローが何者か知らないのに。


「……うちのアパート動物禁止なんだけどね、秘密で飼ってたんだ……ネコ、を。そのネコが家出して帰ってこないんだよね」

 もうすぐ、冬になるのに。

「……そうなんや。それは、辛いなぁ」


 綾ちゃんはそれっきり、口をつぐんだ。

 それ以上、私も何も話さなかった。

 綾ちゃんを信じていないからじゃなくて、ジローのことを話したら、私はきっと、泣き崩れてしまうから。

 それが怖かったのだ。


 服装も、喋り方もゴテゴテの関西人の綾ちゃんは、思ったことをそのまま言ってしまうので、人から誤解されやすいけれど、実は誰よりも優しい子だ。

 今だって。


「あんな。えと。今週末、映画行かへん?」

「映画?」

「そう! 映画! ちょっとは気晴らしになるかな、思て。別に無理はせんでいいからな」

「ありがとう。行ってみようかな。オススメの映画とかある?」

 ぱあっと、綾ちゃんの顔が嬉しそうに輝いた。

「あるで! とっておきのが!! ミニシアター系なんやけどな、めっちゃ笑えると思うで」

「どんな映画なの?」

「めっちゃへんてこな宇宙人が、宇宙船に乗って旅しててんけど、その宇宙船が故障してん。そんで地球に不時着する話なんやけど、これが、監督の実話を元にしてるんやて。ほら、ウチ、そういうんちょっと見えるからさー、めっちゃ興味あんねん。面白そうやろ?」

 綾ちゃんが鼻息荒く語る。

 その姿にちょっと元気が出てきて「面白そう」と私も頷いた。

「せやろ? しかも何がウケるって、その宇宙人の名前がジローやねんて。宇宙人がジローて、日本人か! て、ネット見ながら一人ツッコミしたわ」

(ジロー)

 ドクンっと、心が沈む。


「ごめん、綾ちゃん。実は……家出したネコにジローって名前つけてて。だから、私……」

 はっと、綾ちゃんが手を合わせた。

「そやったんや。ウチこそごめん! 今のは無し、無し! 違う面白いのもあるで。ええとなー」

 綾ちゃんが明るく話しかけてくれる。

 謝らなければならないのは私の方なのに。

 本当に、綾ちゃんは優しい。

「本当に、ごめんね」

 申し訳なくて何度も謝ったら、綾ちゃんは「ならさ、売店でスイーツ買わへん? お互いごめん記念で」と笑った。

 どんな記念? と思いながら「いいね」と私も笑った。

 

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