大事なふたり
夜が明けて、目が覚めた。学校が始まるまで、まだまだ時間があることを確認する。
クローゼットでは、前よりも少し小さくなってしまった制服が埃を被っている。
そろそろ、行こうか。
でも、これまでの記憶がそれを邪魔する。
殴られ、蹴られ、公衆の面前で嗤われ――考えるだけで胃が痛んで、胃液が逆流する。わたしはパジャマのままベッドに倒れ込む。
「霊くんと一緒ならなあ」
呟いてみても、霊くんは姿を現さない。
わたしは諦めて、ベッドに潜り込む。
今日の夜も、また霊くんはやってくるはずだから、その時に今日は学校に行こうとしたけど、結局行けなかったって話をしよう。そうしたら、霊くんはきっと、無理はしなくていいって慰めてくれて、行こうとして偉いって褒めてくれる。
頼んでみたら、もしかしたら昼間にも姿を現して、一緒に学校に行ってくれるかもしれない。その時、霊くんは他の人たちからも見えるんだろうか。
あ、でも、学校には行けなかったけど、今日は家族と食卓を囲むくらいは挑戦してみようかな。
わたしは重くなる身体を引きずりながら、喜ぶ両親の顔と、わたしのことを褒めてくれる霊くんを想像して自室のドアを開いた。
母は台所にいて、母と父とわたし、三人分の朝食を用意してくれていた。
普段はこんなに母に苦労をさせているのに一緒に食卓を囲めなかったことで再び自責するが、今日こそ一緒に食べるんだと、勇気を引き絞る。
わたしが台所へ足を運ぶと、母は少し驚いたような目でわたしを見て、次に涙を流した。
「広海……。大丈夫? 無理してない?」
「うん、大丈夫だよ」
わたしの前では泣き崩れまいと母は嗚咽を堪える。
わたしは、母の背に手を添えた。
母は料理も放り出して、ぼろぼろと大粒の涙を流す。
「ありがとう、ありがとう。もしかして、一緒に食べてくれるの?」
「うん。これまでずっと、顔を合わせないで、ごめん」
「いいのよ、広海は広海のやりたいようにやっていいの……」
言ってから、母はまた涙を流す。
わたしはなにを言えばいいからわからなくて、ただその場に立ち竦む。
母はしばらく泣き続けて、泣き止んだころには母が作ろうとしていた目玉焼きは真っ黒に焦げている。
「お母さん、卵焦げてるよ」
そう言ってから、感じ悪かっただろうか、と思う。
「ごめんね、今作り直すから、ちょっと待ってね……」
母は泣き止んでこそいたが、いつも通りとまではいかず、少し自分を落ち着ける時間が必要みたいだった。
わたしが母を見守っていると、父も起きてきたのか、足音がする。
父は台所を覗き込む。
「広海?」
信じられないような声のトーンで言った。
「広海、顔を出してくれたのか」
「うん。ごめん、これまで顔も合わせなくて」
「いや、いいんだ。父さんは、広海が顔を見せてくれただけで嬉しいから」
父は母のように泣き崩れはしなかったが、目尻に涙を光らせていた。
家から出られないわたしでも、部屋から出られないわたしでも、二人は愛してくれてるんだと実感して、わたし自身も涙が溢れる。
わたしに泣く資格は無いのに。泣く資格があるのは、父と母だけだ。
父は、わたしの顔を見て頷く。
わたしは堰を切ったように泣き出した。
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