広い世界
「広海ちゃん、本当に大丈夫?」
「大丈夫」
言いながらも、全身が震える。
霊くんが来てくれるから大丈夫なんて言ったけど、霊くんと出会ってからまだまだ日は浅いし、完全に心を許せているわけじゃない。
それに、霊くんがいたからといっても、もしかしたら役に立たないかも……。
そこまで考えて、霊くんに失礼だと考えて思考を中断し、自分を奮い立たせようとする。
「手、掴んでみる?」
幽霊の手はすり抜けるんじゃないかと思う。
「透けてるところは結構すり抜けるけど、今ははっきり輪郭つけてるしすり抜けないと思うよ」
じゃあ心配ないか、と促されたままに霊くんの手を取る。
霊くんの言う通り、その手がすり抜けることはなく、幽霊なのにやけにリアルな質感と、男の子の頼りがいがある大きな手の感触が伝わり、少しだけ安心感を感じる。
「幽霊、結構便利だね」
「ん、まあそうだね。生前の記憶は曖昧なところがあるから、それが気になるくらいかも」
「どのくらい覚えてないの?」
「強く印象に残ってることを、十にも届かないだけ覚えてるくらい。僕の名前すら覚えてない」
初対面の時に本名を名乗らなかったのは、名乗らなかったのではなく名乗れなかったということみたいだった。
「強く印象に残ってることって?」
「他人の感情がよくわからなくて、強い言葉を浴びせられたこととか」
わたしの想像よりも壮絶な過去に、わたしは唖然とした。
無神経だ無遠慮だと霊くんに対して騒ぎ立てておきながら、実のところ一番無神経で無遠慮だったのはわたしだった。
「……ごめん」
「なんで広海ちゃんが謝るの?」
「わたし、霊くんに酷いこといっぱい言った」
「大丈夫だよ。ほら、僕は感情があんまり無いし。それに、広海ちゃんがどれだけ辛くて苦しいかはわからないけど、でも広海ちゃんが厳しい状況にあるってことは理解してるから」
霊くんは、どこまでも寛容で、気遣いをしてくれた。
「許して、くれる……?」
少し傲慢か、とわが身を省みながら尋ねる。
「もちろん」
やはり霊くんは寛容で、だからこそわたしのデリカシーの無さが光る。
「それじゃあ、外、出られる?」
霊くんはわたしに尋ねた。
「うん、大丈夫」
霊くんと話すうちに、先ほどまでの恐怖や不安は薄まっていて、まだまだ完全にゼロというわけではないけれど、今なら外に出られそうだった。
「じゃあ、出ようか」
時間は深夜。わたしは冬の夜の寒さに備えて厚着をし、母が与えてくれた使い道のないお小遣いがいくらか入った財布と家の鍵だけ持って、玄関へ移動した。
いざ外に出ようとすると、見慣れたはずの玄関がわたしを敵視しているように思えて、少し躊躇ってしまう。
ふと隣を見ると、そこには変わらず真剣な表情の霊くんがいて、わたしはやっと勇気をもらって、扉の鍵に手をかける。
がちゃり。
さほど大きくはないけど、深夜の家の中にやけに響く音が鳴って、わたしは心臓をどきりと揺らした。
ゆっくりと、扉が開く。
外は、街灯やまだ明かりのついている家の光で溢れ、家の中より何倍も明るかった。でも周りを見渡すと人は一人もいなくて、わたしは安心して外に出て、おもむろに扉を閉め、ポケットから家の鍵を取り出して鍵を閉める。
鍵を閉め終わり、家の扉を背にして街を見ると、ほっと息を吐く。なんだか、一仕事終えたみたいな気分で、清々しくなる。
久しぶりに感じた冬の夜の空気はわたしの想像より幾許か冷たく、厚着をすり抜けて体の芯からわたしを冷やしているみたいだ。
そこで気になって隣を見てみると、平然とした顔の霊くんが立っていて、わたしが霊くんを見ているのに気づくと、不思議そうにこちらを見る。
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