本当の自分

 本当は大丈夫じゃない。


 霊くんと出会って、少しは良くなったように思ったけど、全然違う。


 不安も恐怖も焦燥も、なにもかも消えることはなく、霊くんと話すごとに膨らんでいく。どうして霊くんはこんなに優しいのに、わたしは変われないんだろう。


 それでも嘘をついてしまう。自分の深いところを見せるのは、たとえ霊くんにでも抵抗がある。


「……」


 霊くんはなにも言わない。やっぱり、信用されてないってわかって、不快になったのだろうか。


「……霊くん?」


「広海ちゃん。辛いことは辛いって言うべきだし、苦しいことは苦しいって言うべきだと思う」


「……ごめん」


 どれだけ霊くんがそう言っても、わたしはどうしても心を完全には開けない。


 ――ああ、人間不信に陥ってしまったわたしはきっと、社会に不要な存在なんだ。


「駄目、かな……」


「……ごめん」


 曖昧で明確な拒絶。


 霊くんは酷く傷ついたような顔をした。


 でも、すぐそれを覆い隠す。


「霊くんだって」


 わたしは、無意識に言っていた。


「霊くんだって、隠してるじゃん」


 霊くんは、なにも答えない。


「わたし、霊くんの本音は一回も聞いたことない」


「そんなこと」


「ある。霊くん、全然感情を見せてくれない」


 いつだって霊くんはわたしの感情を優先してくれて、初対面の時以外、いつだって霊くんはわたしが求めることばかり言った。そこには霊くんの感情はない。


「実のところ、僕は感情が無いんだ」


 感情が無いなんて言い出して、もしかして中二病なのかと思ったけど、そういうわけではなさそうだった。


「感情が無いというより、感情が見つからないっていうのかな。希薄なんだ」


 今度はわたしが、ただ話を聞く側だった。


「僕が死んでしまった原因の一つでもあるんだけど。どうしても、感情がわからない」


 わたしはてっきり霊くんが感情を隠しているのだと思っていたけれど、まさかそもそも感情が無いとは。


「ごめん、言いづらいことを訊いちゃったね」


「いや、大丈夫。特になにも思ってないから」


 一通りやり取りを終えてから、疑問に思う。初対面の時の霊くんは、一体どんな顔をしていたか。


 彼は、悲しそうな顔をしていた。それに対してわたしが理不尽に怒ったことが強く印象に残っている。そこに違和感を感じたが、大したことではないか、と受け流す。


「ああ、でも一つだけ」


「なに?」


 無神経なことを言ってしまった自覚はあるから、霊くんが言おうとすることを聞かざるを得ない。


「広海ちゃんと、外に出たい。希薄な感情の中で、その望みだけが強く脈を打ってる」


 詩的な表現によって紡がれた言葉に、わたしはむっとした。


「いや、ごめん。忘れて」


 霊くん本人に敵意を抱くことはなかったが、しかし外に出ようなんて言葉はわたしにとっては未だ禁句だ。少し、心が揺らいだ。


 その様子を見た霊くんは、すぐにわたしに謝った。


「わたしも、そろそろ変わらないといけないよね……」


 渋々ではあった。だけど、ずっと心にあった変わりたいという願いと、霊くんの、わたしと一緒に外に出たいという願いが合わさって、わたしを外に出ようという気にさせた。


「明日、一緒に外に行こう」

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